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十八章

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「まったく、あなたはなにをなさっているのかしら」
 
 一応、事情を理解してくれたガーラ様はあきれ顔。依頼したことそっちのけで個人の恋愛沙汰を優先していたことについて、どうコメントしていいか困っている。

「恋は人を盲目にしてしまうのね。ある意味呪いよりも厄介だわ」
「でも、それで幸せになれるんだからかかりたい呪いじゃありません?」
「公私混同してやるべきことを後回しにする呪いなんて私はいやです」

 おっしゃるとおりです。はい。


「……通常、獣人は愛情表現として顔を舐めることもありますよ。あの子はウェアウルフなのだから家族間でそういう癖があったとかではないかしら」
「え?」

 ガーラ様が突然そんなことを話すもんだから軽く驚いてしまった。けど、このままじゃ進められないって冷静で合理的な判断力を発揮したアドバイスだと、ゆっくり把握できた。

「癖、ですか?」
「ええ。風習とでもいえばいいのかしら。私も母によくされていました。
「あ。魔物と動物も、そういう傾向がありますね。特に信頼している相手に」
「信頼!?」
「毛づくろい的意味合いが強いですけど。特にペットとかは主のことが好きだから――」
「好きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!??」

 それって、それってつまり。つまり!? 俺を主として認めてくれたってことか!? 家族と同じくらいの愛情を俺に対してくれたってことか!?

 つまり、今までとは違う。ルウの中で俺はもう一段回上に上がったってことじゃないか!

 なんてこと。どんな新しい魔法を創っても、どんな古代の遺物を発見したときよりもテンション上がるぅ!!

「えへへ、えへへへへへへ………」
「この人はよほどあの奴隷の子がお好きなのね」
「好きって言葉で片付けちゃいけないとおもいます。病気です病気。頭か心の」
「この人の言葉に感銘を受けた自分が馬鹿みたいだわ。この人みたいになってしまう危険性があるのね」
「………参考にしちゃだめです。考え直してください」

 はっ。いかんいかん。ついうっかり脳内トリップで幸せ状態になっていた。そのせいでルナとガーラ様を置き去りにしていた。

「はい。じゃあこれでこの話はおしまい。それでよろしいわね? 二人とも」

 ガーラ様はやれやれしょうがないってかんじで、でもどこか微笑ましさがある。以前とは違って険のない緊張感がない親しみやすさがあるのは気のせいだろうか。

 ガーラ様の一声で、遅々としていた準備がてきぱきと進んでいる。俺が『逆探知』の魔法陣を発動させるために魔力操作と呪文詠唱、ルナはその間呪具を押さえるための処置とそれぞれ役割分担を。

 二人で発動しなければいけないから手間がかかるけど、呪いと魔法の、それも今までにないという前提で考えればこれで精いっぱいだ。もっと時間をかければ、手順も省いたり簡単にできるけど。

 魔法陣のを確認する。魔力が流れ込んで、淡い光を帯びてそのまま強くなっていく。伴って呪具に光が集中していく。ここまでは完璧。想定したとおりだ。ルナと頷きあって、次の手順へ。

 ルナが普段とは違った真剣さで呪具に手を置いている。こんな顔もできるんだなって感心ているとガーラ様がひそひそと耳打ちをしてきた。なにをしているのか、はた目にはわらかないのだろう。

「今ルナさんはどうなっているのかしら?」
「呪具を使った物の情報が流れ込んできています。エルフの。エルフの魔力や呪いの残滓を元にエルフの今いる場所を探っているのですよ。
「探っている……。それは匂いや音で探すのと違うのですか?」
「似ているかもしれません。でも魔力も呪いの残滓も普通の人の目には見えません。獣人族なら違うかもしれませんけど。でも匂いもしませんから、こうしないとわからないのです」
「ごめんなさい。一つ気になったのだけど。獣人、ならとは?」
「ええ。獣人族って普通の人間には見えないものが見えるんでしょ? 魔力とか魔法とか。それともウェアウルフだけなんですかね」
 
 モーガンと戦ったとき、ルウはあいつの重力障壁の隙を見つけた。普通の魔法士の目には見えない物を可視化できていた。

 おっと、もう少しで『逆探知』が終わるな。
 
「獣人族にはそんなことできませんよ?」
「え?」

 あらかじめルナと決めていた、魔法陣への処置。そのために動こうとしたけどガーラ様の言葉にはたと止まってしまった。
 
「いえ、今あなたがおっしゃっていたみたいに。目で見えない魔法を可視化できたりなんてどの獣人にもできません。そもそもそんなことができる種族も生物も存在していないはずです」
「え? でも」
「私は、母が獣人でしたし。自分の産まれや体のことをなんとかしたくて調べていたのです。そのおかげで獣人族の生態とか他の魔物の生態にも詳しくなったのだけれど」

 同じ研究者として、ルナの言葉を疑うことはできない。とくに呪いに関してルナが嘘をつくわけがないという変な信頼と共感性がある。

 自然と、ガーラ様の反応を窺ってしまった。ガーラ様は母親が獣人だったからか、おもいあたる節があったんだろう。ルナの話に同意している。

 え? じゃあ。それって。

 つまりルウが特別で素晴らしいってことか。流石はルウ。

 うんうんと納得して、魔法陣の処置に動いた。きちんと魔法陣の明滅が小さくなっていき、呪具も反応がない。成功だ。

「お疲れさん。それでどうだった? エルフの居場所はわかったか?」

 何気なしに聞いたけど、上手くいったことと諸悪の根源を突き止められる期待値で内心は興奮している。ガーラ様も同じなのか、うずうずとした様子でルナの返答を待っている。

「………」

 しかし、ルナは沈痛な面持ちでしゃがみこんでしまった。

「すいません先輩。想定外です。やらかしちゃいました」

 想定外。やらかした。まさかどこかに欠陥があったのか?

「いえ。『逆探知』はきちんと発動していました。エルフの居場所はわかりました。私もなんの影響を受けておりません。このとおりピンピンです」

 両腕に力こぶを作っているものの、痛々しいまでの表情とテンションの低さ。少しの間を空けてからははは、という乾いた笑い声がむなしい。

「私は、エルフを捕まえられればこの街の問題はすべて解決するとおもっていました。けど、重大なことを見落としていたんです。エルフを捕まえても終わりません」
「どういうことだ?」

 前提が、全部崩れてしまう。また一からやり直し。ルナへの反応が重々しいものへと変わってしまう。

「エルフはまず、すべての起点となる呪いを遺していたのです。それからこれらの呪具をあちこちに仕込みました。起点となる呪いが……例えるなら呪詛、怨念。元となる力を送っていたのです。それぞれの呪いへとです。さきほどの『逆探知』で、居場所だけじゃなくて起点が判明したのです。こちらの魔法陣と呪具との繋がりが干渉してきました」

 それは、ある意味想定外の性能を発揮したってことか。どこかにある呪い、ないしは起点の干渉がない前提で創ってはいない。だとしたら改良する余地があるけど、逆によかった。喜ばしい誤算だ。それだったらエルフと起点と二手に別れればいい。

 けど、事はそう簡単じゃない。それだけだったらこれほど深刻にならない。その起点が厄介なんだろう。簡単に手を出せないとか壊せないものとか。

「そして、起点はこの屋敷にあります」
「なんだと!?」
「そんな!」

 だとしたら、とんでもないことじゃないか。一体いつの間に。けど、どうして。

 はっ。エルフがこの屋敷に忍びこんだのか。それともエルフに協力している使用人がいるのか?

「それも、この部屋にあります」 
「「ええええ!?!?」

 もう俺もガーラ様もパニックだ。次々と明らかになる新事実に驚倒するしかない。

「おい、どこにあるんだ! その呪いは!」
「いますよ。それも、私達の、目の前に」
「「え?」」

 ある、ではない。いる、という言葉に引っ掛かりながらもす、とルナがさした指の方向を、おそるおそる視線で追った。俺の隣にいる人を示していているようで、

「あなたです。ガーラ様。あなたが呪いとなっていて、起点になっています」
 
 そして、言葉を失った。

 さっきまでの動揺が、しんと消えた。誰もなにも発することができない。呼吸さえ止まっているんじゃないだろうか。ルナの放った言葉を、ゆっくり理解していく。それでも、信じられない。なにかの冗談か。悪ふざけかって怒りたいけど、ルナはにこりともしていない。

 そんなルナに、本当のことなんだとおもいしらされる。

「私でも、軽いパニックになっています。まさか生きた生き物が呪いになっているなんて。さすがはエルフです」
「わ、私? そんな。一体」
「それも、私達だけではどうにもなりません。ガーラ様と亡くなったお母上にも――」
「大変ですガーラ様!」

 焦った様子の衛兵隊長が、額に汗しながら駆け込んできた。息を切らしていても整える余裕さえないのか、膝を折りながら倒れ伏す。

「は、反乱です!」


「住民達の! 反乱です! 武装した住人達が押し寄せてきています!」

「「「…………」」」
  
 それどころじゃないのに、更にとんでもない事態。誰もが言葉を失った。
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