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十六章
Ⅰ
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「あ! 先輩! おつとめご苦労様です! 遅かったですね!」
ガーラの元へ戻ったのは、予定よりだいぶ遅くなってからだ。呪いの調査どころじゃなく、疲弊してズタボロの状態の俺達を出迎えたルナは、お菓子を貪りながら優雅にティータイムをきめこんでいやがった。
「ありゃりゃ? どうされたのですか? 先輩。怪我してますね」
ルウに肩を借りながら、ルナに近づく。ルウと目線で意思疎通をはかる。許可が下りたので、ルナに渾身の拳骨を与えた。
「い、いった~~~~いいいい!! なにするんですか! 訴えますよ!?」
ガシ! と頭を掴んで口を捻る。俺達が苦労している間、こいつはぬくぬくとしてやがった憂さ晴らしだ。
「お前ええええええ・・・・・・・・・・! 呪具の解析は徹底的にできてるんだろうなああああ・・・・・・・・・? もし少しでもできてないところがあったらこのまま唇破裂させんぞおおお・・・・・・・・・!」
「も、もごぉ!?」
「あの、なにかあったのですか?」
「申し訳ございません。主に代わり、私がご説明させていただいても?」
「ええ。いいけれど」
「では僭越ながら。私達が調査に向かった場所に、流民がいました」
泣きながら謝罪をしだしたルナから離れて、体の痛む箇所を休めるために座った。ちらり、とガーラは、とてもじゃなく話せる状態じゃないってわかってくれたんだろう。
俺も、そしてルウも衛兵隊長もそれほど傷を負っている。
「流民達と私達は、争ってしまいました。呪いの影響も鑑みて、こちらはできるだけ手荒なことは避けたのですが。裏目にでてしまいました」
どこに呪いの発生源があるか不明で、しかもどんな形でどんな効果があるのか。下手すれば周囲に被害がでただろう。こちらの人数が少なかったこともあって、魔法も剣も体術もできるだけ使えなかった。
「え。でも流民達が普段いるところは、たしか?」
「はい。別のところです」
俺達が辿りついた場所にいた流民達には、収入がない。細々と暮している。だから定期的に盗みをしたり、食べ物か物を探しにきたんだろう。衛兵隊長が一緒だったから罰せられると早合点して、襲いかかってきた。
「結果的に逃げましたが」
「そう。まったく困ったものね。ユーグさんは大丈夫なのかしら?」
「ええ。心配いりません。ある意味ご主人様の自業自得なので」
「自業自得?」
「はい」
「ええ~~? なになに? 先輩なにやらかしたんですか?」
この女。まだ折檻が足りないのか。喜色ばみやがって。
「ご主人様は最後のほう怒り狂いました。魔法が使えなければへなちょこ。すみません。役立たずなもやしやろうなみじんこなので返り討ちにあいました」
「まぁ」
「あらあらあら~~。先輩だめですよ~~? 身の丈にあったことをしないと。プークスクスクス」
だってしょうがないだろ。あいつら木の棒でルウを殴ろうとしたんだし。頭に血が上ってついカッとなってやっちまったんだ。けど、最後まで魔法を使わなかったのは褒めてほしい。恋をしたことがないやつには理解できまい。
恋・・・・・・・・・・・・・・・・・・恋か。
「あれ? なんか先輩落ちこんでますね。今更後悔しているんですか?」
「これはしばし放置しましょう。それよりも、私は流民もなんとかしなければいけないと身に沁みました」
「そう。そうね。いっそのこと追放したほうがよいのかしら」
流民を放置しておけば、今後も調査の妨げになる可能性が高い。ありといっちゃあありだ。
「でも、それだとかえってけど、追放なんて乱暴な方法をとったらそれこそ暴動がおきる可能性もあるわね。下手をすれば、悪化するかも。ハァ」
しん、と静まりかえった気まずい室内。ムムムム、と難しいながらも面白い表情で腕を組んでいたルナは、「そうだ!」といきなり立ち上がった。
「じゃあ流民の人達をいっそのことこの街の住民にするのはどうですか? 正式な」
「「え?」」
ルナに二人の注目が集まる。
「ほら。さっきガーラ様仰ってたでしょう? この街はどんどん寂れているって」
「ええ。そうだけれど?」
「流民の人達の戸籍を作成して、住む場所を提供するんです。あと、以前どんな仕事をしていたかを調べて斡旋したり。人がいなくなった農地を与えるのもありかもしれません。もしくは開墾させるとか。あ、あと街の工事にも人手が足りないと聞いたんですけど?」
「・・・・・・・・・ええ。そうね。そうすれば経済も立て直せるし、税収も上がるわ。治安も元に戻せるかもしれない。読み書きと計算ができるのがいれば、私の負担が減るかも」
「どうですどうです!? 私の父の友人の主の遠縁の領主様が同じ問題に直面したときに閃いたんですけど!」
「ええ。悪くないわね。でも、住民との軋轢が」
「流民の被害を身を持って体験した側としては、同意せざるをえません。奴隷ですが」
「あ~~~。ですよね~~。ふぅ~~む」
この街に住んでいる家族も、流民を快くおもってはいない。領主が決めたこととなれば従わざるをえないが。
「でしたら住む場所も考えなおさないといけませんね~~。あと、元の住民の税金をあえて下げるとかなにか道具や仕事の面で一時的に優遇するとか。どこの人でも流民を余所者と嫌う傾向にありますし」
「そうなのですか?」
「ほえ? そうですよ? 誰だって自分の住んでいる場所にいきなり知らない人がやってきて住み始めたらいやでしょう~~。それも領主様が決めたこと、となったら従うしかないけど不満をためる原因になるでしょうねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・種族に関係なく、ですか?」
「ほえ? う~~ん。状況によりけりですかね」
「なるほど。耳が痛いです」
「え? 怪我したんです?」
ルウは、お袋と自分、流民達と重ねたのか。けど、人ごとじゃない。明日は我が身。俺だって無職なのだから。
「ですが、長期的に考えればありでしょう。一年、二年ではなく十年、百年もすればよりよい方向に進みますよ」
「ルナ、お前がそう言える根拠は?」
「ん? ん~~~~~~~・・・・・・・・・・・・・。経験と観察眼と私の実力ですかね」
えへへへ、と照れ調子に笑うルナに、心底羨ましくなる。脳天気だなって。けど、なんでだろう。気が楽になる。
「俺もお前みたいになれればな」
「え? 先輩女の子になりたいんですか?」
「そうじゃねぇよ」
「ですが、もし失敗したら?」
ルウがルナに食い下がってくる。目をぱちくりと瞬かせた。
「もし、百年後も二百年後もこの街がよくならなかったら? 悪化しているかもしれません。ルナ様もガーラ様も、恨まれるかもしれません」
どこか、切羽詰まっている。詰問じみた問いかけは、望んだ返答以外の答えを求めているのか。ルウとの話を連想づけずにはいられない。
「仮に百年後、二百年後の誰に恨まれてもかまわないのよ。私は別に好かれたくて父の仕事を受け継いだのではないのだから。覚悟のうえよ」
「覚悟、ですか?」
「ええ。あなた達も知ってるでしょう? 私の出自のこと」
固まってしまった。全員どう反応してよいか戸惑ってるのに、ガーラは逆に俺達に小さく笑いかけた。その笑いはどこか自嘲めいていて、儚げだった。よく見ると、目の下に隈がある。
「ガーラ様。それは――――」
ルナに対して、手で制した。ルウをチラ見したことから察するに、一介の奴隷に、決して親しくない俺に自ら教えることをとめようとしたのか。
「私はただ、自分が今なすべきだと信じたことをやるだけ。元より血筋と事情のせいで周囲から避けられていたのだから慣れているわ。自分が死んだあとのことにまで責任は負えない。勿論、問題が残らないよう努力はするつもりだけれど。だって、それはその世代の人達に解決すべきことなのだから」
「次の世代に、恨まれても致し方なしと?」
「ええ。だって私だってそうだったのだから」
父を? それとも母を? 世の中すべてを? 恨んだことがあるのだろうか。今はどうなのだろうか。この人の話をもう少し聞きたいと願ってしまった。
「ま、まぁなにかを為すには恨まれる覚悟も必要ですよね~~! あはははは~~! ね、先輩もそうおもったでしょ!? ね!?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「ねぇ!? そうですよね!?」
「ああ。そうだな」
俺には、ルウを愛する覚悟があるだろうか? 今後、愛する者に恨まれながらも生きる覚悟ができるだろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、できるな。
「じゃあ早速制札を作りましょう! あとガーラ様もお役所の人達と打ち合わせをなさって!」
妙な空気になったのを敏感に悟ったかのようなルナは、焦った様子で急かす。
「ええ。そうね。あと衛兵隊長にも話がしたいのだけれど。衛兵達にも手伝ってほしいし」
「あ、隊長さんなら怪我したのでお医者様の元ですよ」
「え!? あ、そうだったの。じゃあ私、少し離れるわね」
きちんと礼を尽くしたあと、ガーラは部屋を後にする。平静を装いたいのだろうか、それでもせかせかとした早く走りたい! というじれったさをかんじた。
「ふぅ、やれやれ。これで呪いについて集中できますね」
結果的に、この街が全体的に良い方向に進む道が見えてきた。
「失礼なことを、尋ねすぎました。申し訳ございません」
「ルウが謝ることなんてないよ」
「あ、あはははは。まぁガーラ様もご自分のことをこの子に重ねてしまったんでしょうかね。それ以外の問題もあるというのに」
けど、ガーラ様も大変だ。呪いだけじゃなくて流民のことで動くことになった。その忙しさは、推し量るしかないけど。というか、ルナはどうしてこんなにガーラ様のことに詳しいんだろう。ただ依頼されたにしては、事情を知りすぎているような?
「さぁ、先輩。早速呪具の解析をしちゃいましょう!」
たしかに。俺の義眼を使えば呪いの制御のために普通より解析ができる。そうすれば早く終わらせられる。でもその前に怪我の治療を――――
「ってお前解析進んでなかったんかい!」
「あ! しまったぁ!」
「このお! 俺が奮闘している間に呑気にお茶して駄弁っただけかよ!」
「失礼な! お風呂と散歩とお昼寝もして準備をばっちりしておいたんですよ!」
「フルコースでてんこ盛りじゃねぇかああ!!」
「ぎゃああああ!!」
「落ち着いてくださいご主人様。日が暮れてしまいます。ルナ様への罰は仕事を終えてからなさってください」
「罰ってなんですか!? こわいんですけど! まぁいいです! 今夜は満月なので、夜になる前に終わらせましょう! さぁハリー、ハリー、ハリーアップ!」
う、うぜぇ。本格的に殴りたい。なんとか耐えて移動をする。そのとき、ルウがローブの端を掴んできた。
「どうした?」
「いえ、あの」
ルウもどうしてこうなってしまったのか自分でわからないのか。戸惑っている。優しく諭そうとしたけど、ここへ来る前のことを想起してしまった。
なんとなくルウを好きでいる資格があるのかってことについて。
「なにかお手伝いできることはあるでしょうか?」
「あ? あ~、どう・・・・・・・・・・・かな・・・・・・・・・・・」
「ルナ様とご主人様がお二人だとなにをなさるか。ご主人様の性的嗜好を刺激されて過ちを犯すのではないか、と不安なので」
「あ、うん・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな・・・・・・・・・・・」
「はい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ツッコまないのですね」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
結局、「なにやってんですか?」とルナに呼ばれるまで二人揃って動けなかった。
ガーラの元へ戻ったのは、予定よりだいぶ遅くなってからだ。呪いの調査どころじゃなく、疲弊してズタボロの状態の俺達を出迎えたルナは、お菓子を貪りながら優雅にティータイムをきめこんでいやがった。
「ありゃりゃ? どうされたのですか? 先輩。怪我してますね」
ルウに肩を借りながら、ルナに近づく。ルウと目線で意思疎通をはかる。許可が下りたので、ルナに渾身の拳骨を与えた。
「い、いった~~~~いいいい!! なにするんですか! 訴えますよ!?」
ガシ! と頭を掴んで口を捻る。俺達が苦労している間、こいつはぬくぬくとしてやがった憂さ晴らしだ。
「お前ええええええ・・・・・・・・・・! 呪具の解析は徹底的にできてるんだろうなああああ・・・・・・・・・? もし少しでもできてないところがあったらこのまま唇破裂させんぞおおお・・・・・・・・・!」
「も、もごぉ!?」
「あの、なにかあったのですか?」
「申し訳ございません。主に代わり、私がご説明させていただいても?」
「ええ。いいけれど」
「では僭越ながら。私達が調査に向かった場所に、流民がいました」
泣きながら謝罪をしだしたルナから離れて、体の痛む箇所を休めるために座った。ちらり、とガーラは、とてもじゃなく話せる状態じゃないってわかってくれたんだろう。
俺も、そしてルウも衛兵隊長もそれほど傷を負っている。
「流民達と私達は、争ってしまいました。呪いの影響も鑑みて、こちらはできるだけ手荒なことは避けたのですが。裏目にでてしまいました」
どこに呪いの発生源があるか不明で、しかもどんな形でどんな効果があるのか。下手すれば周囲に被害がでただろう。こちらの人数が少なかったこともあって、魔法も剣も体術もできるだけ使えなかった。
「え。でも流民達が普段いるところは、たしか?」
「はい。別のところです」
俺達が辿りついた場所にいた流民達には、収入がない。細々と暮している。だから定期的に盗みをしたり、食べ物か物を探しにきたんだろう。衛兵隊長が一緒だったから罰せられると早合点して、襲いかかってきた。
「結果的に逃げましたが」
「そう。まったく困ったものね。ユーグさんは大丈夫なのかしら?」
「ええ。心配いりません。ある意味ご主人様の自業自得なので」
「自業自得?」
「はい」
「ええ~~? なになに? 先輩なにやらかしたんですか?」
この女。まだ折檻が足りないのか。喜色ばみやがって。
「ご主人様は最後のほう怒り狂いました。魔法が使えなければへなちょこ。すみません。役立たずなもやしやろうなみじんこなので返り討ちにあいました」
「まぁ」
「あらあらあら~~。先輩だめですよ~~? 身の丈にあったことをしないと。プークスクスクス」
だってしょうがないだろ。あいつら木の棒でルウを殴ろうとしたんだし。頭に血が上ってついカッとなってやっちまったんだ。けど、最後まで魔法を使わなかったのは褒めてほしい。恋をしたことがないやつには理解できまい。
恋・・・・・・・・・・・・・・・・・・恋か。
「あれ? なんか先輩落ちこんでますね。今更後悔しているんですか?」
「これはしばし放置しましょう。それよりも、私は流民もなんとかしなければいけないと身に沁みました」
「そう。そうね。いっそのこと追放したほうがよいのかしら」
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「でも、それだとかえってけど、追放なんて乱暴な方法をとったらそれこそ暴動がおきる可能性もあるわね。下手をすれば、悪化するかも。ハァ」
しん、と静まりかえった気まずい室内。ムムムム、と難しいながらも面白い表情で腕を組んでいたルナは、「そうだ!」といきなり立ち上がった。
「じゃあ流民の人達をいっそのことこの街の住民にするのはどうですか? 正式な」
「「え?」」
ルナに二人の注目が集まる。
「ほら。さっきガーラ様仰ってたでしょう? この街はどんどん寂れているって」
「ええ。そうだけれど?」
「流民の人達の戸籍を作成して、住む場所を提供するんです。あと、以前どんな仕事をしていたかを調べて斡旋したり。人がいなくなった農地を与えるのもありかもしれません。もしくは開墾させるとか。あ、あと街の工事にも人手が足りないと聞いたんですけど?」
「・・・・・・・・・ええ。そうね。そうすれば経済も立て直せるし、税収も上がるわ。治安も元に戻せるかもしれない。読み書きと計算ができるのがいれば、私の負担が減るかも」
「どうですどうです!? 私の父の友人の主の遠縁の領主様が同じ問題に直面したときに閃いたんですけど!」
「ええ。悪くないわね。でも、住民との軋轢が」
「流民の被害を身を持って体験した側としては、同意せざるをえません。奴隷ですが」
「あ~~~。ですよね~~。ふぅ~~む」
この街に住んでいる家族も、流民を快くおもってはいない。領主が決めたこととなれば従わざるをえないが。
「でしたら住む場所も考えなおさないといけませんね~~。あと、元の住民の税金をあえて下げるとかなにか道具や仕事の面で一時的に優遇するとか。どこの人でも流民を余所者と嫌う傾向にありますし」
「そうなのですか?」
「ほえ? そうですよ? 誰だって自分の住んでいる場所にいきなり知らない人がやってきて住み始めたらいやでしょう~~。それも領主様が決めたこと、となったら従うしかないけど不満をためる原因になるでしょうねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・種族に関係なく、ですか?」
「ほえ? う~~ん。状況によりけりですかね」
「なるほど。耳が痛いです」
「え? 怪我したんです?」
ルウは、お袋と自分、流民達と重ねたのか。けど、人ごとじゃない。明日は我が身。俺だって無職なのだから。
「ですが、長期的に考えればありでしょう。一年、二年ではなく十年、百年もすればよりよい方向に進みますよ」
「ルナ、お前がそう言える根拠は?」
「ん? ん~~~~~~~・・・・・・・・・・・・・。経験と観察眼と私の実力ですかね」
えへへへ、と照れ調子に笑うルナに、心底羨ましくなる。脳天気だなって。けど、なんでだろう。気が楽になる。
「俺もお前みたいになれればな」
「え? 先輩女の子になりたいんですか?」
「そうじゃねぇよ」
「ですが、もし失敗したら?」
ルウがルナに食い下がってくる。目をぱちくりと瞬かせた。
「もし、百年後も二百年後もこの街がよくならなかったら? 悪化しているかもしれません。ルナ様もガーラ様も、恨まれるかもしれません」
どこか、切羽詰まっている。詰問じみた問いかけは、望んだ返答以外の答えを求めているのか。ルウとの話を連想づけずにはいられない。
「仮に百年後、二百年後の誰に恨まれてもかまわないのよ。私は別に好かれたくて父の仕事を受け継いだのではないのだから。覚悟のうえよ」
「覚悟、ですか?」
「ええ。あなた達も知ってるでしょう? 私の出自のこと」
固まってしまった。全員どう反応してよいか戸惑ってるのに、ガーラは逆に俺達に小さく笑いかけた。その笑いはどこか自嘲めいていて、儚げだった。よく見ると、目の下に隈がある。
「ガーラ様。それは――――」
ルナに対して、手で制した。ルウをチラ見したことから察するに、一介の奴隷に、決して親しくない俺に自ら教えることをとめようとしたのか。
「私はただ、自分が今なすべきだと信じたことをやるだけ。元より血筋と事情のせいで周囲から避けられていたのだから慣れているわ。自分が死んだあとのことにまで責任は負えない。勿論、問題が残らないよう努力はするつもりだけれど。だって、それはその世代の人達に解決すべきことなのだから」
「次の世代に、恨まれても致し方なしと?」
「ええ。だって私だってそうだったのだから」
父を? それとも母を? 世の中すべてを? 恨んだことがあるのだろうか。今はどうなのだろうか。この人の話をもう少し聞きたいと願ってしまった。
「ま、まぁなにかを為すには恨まれる覚悟も必要ですよね~~! あはははは~~! ね、先輩もそうおもったでしょ!? ね!?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「ねぇ!? そうですよね!?」
「ああ。そうだな」
俺には、ルウを愛する覚悟があるだろうか? 今後、愛する者に恨まれながらも生きる覚悟ができるだろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、できるな。
「じゃあ早速制札を作りましょう! あとガーラ様もお役所の人達と打ち合わせをなさって!」
妙な空気になったのを敏感に悟ったかのようなルナは、焦った様子で急かす。
「ええ。そうね。あと衛兵隊長にも話がしたいのだけれど。衛兵達にも手伝ってほしいし」
「あ、隊長さんなら怪我したのでお医者様の元ですよ」
「え!? あ、そうだったの。じゃあ私、少し離れるわね」
きちんと礼を尽くしたあと、ガーラは部屋を後にする。平静を装いたいのだろうか、それでもせかせかとした早く走りたい! というじれったさをかんじた。
「ふぅ、やれやれ。これで呪いについて集中できますね」
結果的に、この街が全体的に良い方向に進む道が見えてきた。
「失礼なことを、尋ねすぎました。申し訳ございません」
「ルウが謝ることなんてないよ」
「あ、あはははは。まぁガーラ様もご自分のことをこの子に重ねてしまったんでしょうかね。それ以外の問題もあるというのに」
けど、ガーラ様も大変だ。呪いだけじゃなくて流民のことで動くことになった。その忙しさは、推し量るしかないけど。というか、ルナはどうしてこんなにガーラ様のことに詳しいんだろう。ただ依頼されたにしては、事情を知りすぎているような?
「さぁ、先輩。早速呪具の解析をしちゃいましょう!」
たしかに。俺の義眼を使えば呪いの制御のために普通より解析ができる。そうすれば早く終わらせられる。でもその前に怪我の治療を――――
「ってお前解析進んでなかったんかい!」
「あ! しまったぁ!」
「このお! 俺が奮闘している間に呑気にお茶して駄弁っただけかよ!」
「失礼な! お風呂と散歩とお昼寝もして準備をばっちりしておいたんですよ!」
「フルコースでてんこ盛りじゃねぇかああ!!」
「ぎゃああああ!!」
「落ち着いてくださいご主人様。日が暮れてしまいます。ルナ様への罰は仕事を終えてからなさってください」
「罰ってなんですか!? こわいんですけど! まぁいいです! 今夜は満月なので、夜になる前に終わらせましょう! さぁハリー、ハリー、ハリーアップ!」
う、うぜぇ。本格的に殴りたい。なんとか耐えて移動をする。そのとき、ルウがローブの端を掴んできた。
「どうした?」
「いえ、あの」
ルウもどうしてこうなってしまったのか自分でわからないのか。戸惑っている。優しく諭そうとしたけど、ここへ来る前のことを想起してしまった。
なんとなくルウを好きでいる資格があるのかってことについて。
「なにかお手伝いできることはあるでしょうか?」
「あ? あ~、どう・・・・・・・・・・・かな・・・・・・・・・・・」
「ルナ様とご主人様がお二人だとなにをなさるか。ご主人様の性的嗜好を刺激されて過ちを犯すのではないか、と不安なので」
「あ、うん・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな・・・・・・・・・・・」
「はい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ツッコまないのですね」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
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