魔道士(予定)と奴隷ちゃん

マサタカ

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十四章

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  ルウと最後にやってきたのは、鍛冶屋だった。古くなった包丁と燭台の修理を頼まれたそうだ。声をかけたが、誰かがやってくる気配はない。おそるおそる入ってみると、中はほの暗くて外からの日光によりおぼろにわかる程度。炉の中でこじんまりとした火が熾っている。

 にしても、とてつもなく熱い。室内が密封でもされているのだろうか。咽せそうな熱気に汗まで蒸発しそうだ。もう一度声を大にすると、二回から人の気配がのっしのっしと近づいてきた。

「はぁ~い、どちらさんで?」

 顔に痘痕と火傷が無数にある、いかにも職人風の男が寝惚け眼を隠しもしないで椅子に腰掛けた。

「こちらで包丁と燭台を直せると伺ったもので」
「どれ、貸してみな」

 ルウから渡された包丁を、具に観察しだす。次いで燭台はすぐに置いてしまった。

「燭台は、すぐに直せる。けどこの包丁はもうだめだね。研いで整えられるけど、芯がだめになってる」
「「芯?」」
「要するに寿命さ。遠からずぽっきりと折れちまう」
「そうですか・・・・・・・・・」

 しゅん、としたルウは耳まで伏せてしまった。その仕草だけでキュンっっっっっ!!! としたけどそれどころじゃない。

「寿命ってのは本当なのか?」
「無理だね。これでも十年以上鍛冶職人をやってる。新しく作ったもんを注文してもらうか、こいつを利用して溶かして――――って、ん?」

 鍛冶職人はおもむろに身を乗りだして俺を注目しはじめた。顔だけじゃなく、頭の先から爪先まで。ちょっと気持ち悪い。

「お前、もしかしてユーグか?」
「え?」
「やっぱりユーグだろ。ん? ダルマスさんとこの」

 ダグマスというのは、俺の親父の名前だ。だとすると親父の知り合いか?

「俺だよ俺! 昔この街の学校で一緒だったダグだよ!」

 ほんわかとしたイメージが浮かんで、職人風の男の顔が幼すぎる学友のと重なった。

「お前、ダグか!? おい! なにやってるんだよ!」
「それはこっちのセリフだよ! お前魔法学院行ったんだろ!?」
「ああ、帝都の研究所で働いていたんだけど――――」

 あっと説明を途中でやめる。無職で実家に戻っていることまで知られたくはない。

「そうかそうか。いやぁ懐かしいなおい。時間あるか? ちょっと上で話そうぜ」
「え? でもよ」
「いいじゃないか。どうせお前のもすぐに直せるし他には仕事なんてないし」

 世知辛い事情を笑いながら話すダグは、すぐさま階段を上っていく。ルウと顔を見合わせて、そして納得して後に従った。

「あれ、親方。どうかされたので?」

 背が極端に低い子供にしかみえない少女が道具の手入れを行っていた。

「さっさと片づけろ。これから酒だ」
「ええ~~? また飲むんですか~~?」
「いいからさっさとやれい!」
 
 渋々と従った少女を尻目に、そのまま酒盛りがはじまる。昼間からお酒を飲むなんて、そんなに経験はない。けどなるほど。悪くない。

「ん?」

 ダグが、隣に腰掛けたルウに目を丸くした。

「おい、その子奴隷だろ」
「ああ、そうだけど」
「じゃあなんで座るんだ?」
「じゃあどこに座れって?」

 なんだろう。話が噛合っていない。

「まぁいいさ。それより、すっかり鍛冶屋の親方だな」

 そうだ、ダグの家は代々鍛冶屋だった。小さい頃から手伝わされていて、時折それを嘆いていたっけ。帝都でもそうだけど、農村部の鍛冶屋と違って、都市部では鍛冶というのは一つじゃない。金属、刃物、貨幣鋳造と特化した職人がいて、それぞれ別れて仕事をしている。けど、ダグの家は少し特殊で、あらゆる仕事を一手に引き受けていたから繁盛していた。

 そのおかげで街の外にいる農民の農具だけじゃなくて家具、食器と手広くやっていたからいつも忙しくて遊ぶ暇がない! って。

「そういえば昔、領主様の剣を直したことがあったんだっけ?」
「直したんじゃなくて新しく作ったんだ。それも剣じゃなくて馬の蹄鉄をな」
「あ~~。そうだったか」
「まぁ、そのおかげで俺も職人の仕事のやりがいを知れたから、いい経験になったさ」

 それから、思い出話に花が咲いた。

「覚えてるか? ジェシーとジョン。あいつら夫婦になったぞ」
「ジェシーとジョンって・・・・・・・・・・・・鼠狩りのジェシーと水槽爆弾のジョンか!?」
「ああ、去年式を挙げた」
「はぁ~~~~。じゃあキャプテンゴリラのマックスとマンドレイク番長のレイラは?」
「ああ。レイラはこの街を出たよ。年に何回かは帰ってきてるけど。マックスは行商人になった」
「そうか。そうか」

 もう遠い存在だった学友達の近況を知れるのは、なんだかんだで嬉しい。一気にお酒を飲み干してしまうほど。

「ご主人様。マンドレイク番長とは? キャプテンゴリラとは?」
「ああ、当時のあだ名だよ」
「ユーグ。いつからこの街にいたんだ?」
「数日前からだよ。いつまでいるかは決めてないけど」
「なんだ、魔法研究所っていうのは暇なのか? 俺と変わらんな! ははは!」

 聞いていいのかどうか、憚られる。

「なぁ、ダグ。仕事のほうはどうなんだ?」
「それが・・・・・・・・・・・・なぁ。厳しいさ。けどうちだけじゃない」
「そうか・・・・・・・・・この街にきてからいろいろ見て回ったけど戦争の影響なんだな」
「ああ。領主様に徴兵されて、何人も戦争にいったさ。生きて帰ってきたとしても、怪我や動けないやつらもいる。そうして店じまいをしたところが多いのさ」

 それから、しんみりとしながらぽつぽつと語ってくれた。鍛冶職人ならではだろうか。以前の兄貴とは違った視点だった。農民が少なくなった。税が上がったり下がったりしている。様々な商人との取引も再開されていない。だから客商売をしている住民はどこか別の場所に移り住んだ。

「そうか、戦争って戦って終わりじゃなかったんだな」
「さいわい、俺はまだ細々とだけどやっていけてるさ。だけど、他の鍛冶屋はなぁ。弟子とか親方がいなくなって技術を受け継がせることも難しくなってやがる。おまけに流民さ」

「流民?」
「街の外れに、集まっているよそ者だ。戦争で行く当てがなくてこの街にやってきてる。そいつらも住む場所も仕事もなくなってきてるんだけど、ただでさえ経済がボロボロなのになぁ。それに、そいつらのせいで街の治安も悪くなったし」
「なにか流民がしたのか?」
「治安が悪くなっている。盗みが頻繁にあって。それから、池あるだろ? こことは反対方向に」

 水源となっている、河から道を引いて流れこんでいるだけだから、厳密には違う。けど、俺達は幼い頃池と呼んでいた場所。よく遊んで怒られたっけ。

「最近そこで死体が発見されたそうだ。あと墓地でも」
「・・・・・・・・・・本当に流民がやったのか?」
「領主代理と衛兵が調べて、そうだと結論づけた。制札もな」
「そうか・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まったく、戦争なんてろくなもんじゃねぇや」

 戦争の爪痕は、こんなところにも残っている。至るところに。きっと、完全に無くなる日なんてこないんじゃないか。俺が体験したあんな地獄とは違う、日に日に痩せ衰えていく恐怖と不安に似ている、身近すぎる問題。

「ご主人様」

 いつの間にか後ろに立って控えていたルウが、耳元で囁いた。ぞくぞくして、悶えそうになる。

「そろそろお帰りになられては?」

 どれだけかはわからないが、いつの間にか日が暮れている。すっかり夢中になってしまってたのか。

「じゃあダグ。俺らそろそろお暇するわ。また今度な」
「おう、お前が持ってきたのは明日には直して届けるぜ」

 軽く挨拶を交したあと、鍛冶屋を後にする。さっさと歩きだしたルウに慌てて追いついて並ぼうとするけど、何故だかルウが一歩下がってしまう。

「あ、申し訳ありません」

 なんだかルウの様子がおかしい。
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