魔道士(予定)と奴隷ちゃん

マサタカ

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過去編

シエナの出会い

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 僕はシエナ。わけあって偽名を名乗っている騎士だ。自画自賛だけど、女の子たちからモテる。小さい頃から憧れていた騎士になれてもう一年。毎日頑張ってお仕事しているけど、正直メンタルボロボロ。限界に近い。騎士団は三つあって皇族の身辺警護を務める親衛隊のペガサス隊、帝都の治安維持を役目にしているマンコティア隊、そして諜報活動・特殊な活動をするグリフォン隊。

 僕が所属しているのはマンコティア隊。警邏活動や見回りを主な役割にしているけど、なにかと活動が多い他の二隊と違って厄介ごとを押しつけられることが多い。最初はやりがいをかんじていた。けど、命を何度も落としかけたし貴族や人の醜さを垣間見てきた。だからだろう。最近はめんどうくさい、一日中寝ていたい、やめたい。そう悩むことが増えた。

朝一から出掛けなければいけない用事があっても、燦々と輝く陽気なお日様を浴びるだけで億劫になる。窓から差し込んでかんじる暖かさが煩わしいけど、遮る元気さえない。末期かもしれない。

「さっさと起きてくれると助かるんだが」

 ぎゅううう、と体全体で抱き締めていると、我が愛しの使い魔が悲鳴をあげる。抗議のつもりか、ペシペシと三つある尻尾を頭顔お尻に当ててくる。

「いいじゃないか。主の元気を補充するのも使い魔の役割だろう」

 見た目に関わらずもちもちとした感触がたまらない。頬ずりしてザラザラとした感触を味わうけど、攻撃が強まった。背中に生えている羽も動かして脱出を図っている。

 すぽん、と勢いよく拘束から脱出して服を無造作に投げつけてくる。ぶ~ん、という音を発しながら飛んでいる彼は鼻を鳴らしてベルト、靴といった固い装束を顔に当ててくる。

「あ~もう!」
「さっさと起きちまえ。それとも着替えさせてほしいのか? 主様」

 卵を少し大きくしたような外観。胡麻みたいに小さくつぶらなお目々。爬虫類をおもわせるごつごつとした体表。長く伸びた鼻に猫みたいな口。頭には牛と竜の角が混じった独特なシルエットが生えている。虫みたいに薄く、コウモリのような邪悪な羽根。短い手足。そして長く細い鼠と馬の鬣をミックスさせた尻尾。あらゆる生物をごちゃ混ぜにしてどの分類にも属さない異形。けれど産まれたときからこんな見た目だってはっきりわかる不自然さがない奇妙な愛らしさ。

 名をネフェシュ。使い魔で、僕の愛しい存在。

「食事の用意をしてくる。また来るまでに整ってなかったら殺すぞ」

 小さく愛らしい見た目にふさわしくないクールな少年の声は、彼のかつての姿と過去を想起させる。後ろめたさと後悔がでかけるけど、とにかく不機嫌さが勝った。

「やれるものならやってみなよ。そうしたら君がどうなるか知ってるよね?」
「・・・・・・・・・・・・」
 
 もう毎日のことだけど、やってしまったあと自分の正当さをかきたてる。どうして素直になれないんだ、あいつが悪い、ネフェシュは立場がわかってないと。ほとんど暴論だけどそうじゃないともうごまかせない。身勝手で横暴な主で、彼の一生を歪めてしまった存在を演じようとすればするほど苦悩が増す。ただでさえ限界なのに。こうなんじゃ仕事にも差し障る。

「ああああ~、もう・・・・・・・・・」
 
 ぼさぼさの髪の毛を乱暴にガジガジと掻いて、立ち上がる。騎士の服とマントを纏って顔を洗ったときには気分が少しましになっていた。鏡と櫛を使って髪の毛を整えて、いつものように朗らかで人当たりのいい少年騎士となる。

 帝都に出る頃には、もうすっかり気分が戻っている。仲の良い花屋の娘、定食屋の若女将、商人のご令嬢。老婦人。出会う女性全員に甘い言葉を囁いて挨拶を。好きでやっていることだけど、女性に優しく接するのはもう本能みたいなものになっている。

「きゃああ、ネフェシュちゃんこんにちわ~」
「ねぇねぇ抱っこさせて~」

 僕との挨拶を終えた後、女の子たちはネフェシュにも恒例のやりとりをする。ペットか愛玩道具みたいにもみくちゃにされている彼はされるがまま。シルエットが伸びたり縮んだりへこんだり。筋肉が特殊な素材でできているのかってくらい柔らかい体幹が魅力だけど、少しは抗えよってイライラする。

「やめろ馴れ馴れしい。暑苦しいんだよ」
「こら。女性にそんな言葉遣いはいけないよ?」

 ・・・・・・・・・もやもやとした苛立ちが多分に含まれながらも、頭を掴んで優しく窘める。本当は頭蓋骨をこのまま粉砕したいけれど。女の子に抱っこされたり大きい胸に挟まれているネフェシュを見ると、どうしてもこうなる。嫉妬深い性格なんだなって苦笑いが出る。

 そんな風にしながら歩いていると、目当ての研究所が見えてきた。ある犯人を追っているときに手に入れた魔導具の解析を依頼するためだ。出入り口で目的を告げると、すぐに通された。研究所って初めて来るけど、神殿とも王宮とも違う独特な張りつめた空気が全体にある。案内をしてくれる人も含めて研究員は皆それぞれだけど、どこか芯が一致している風がある。

「どうおもう?」
「好きじゃない。産まれた場所に似てるから、おもいだしちまう」

 まずい話題を振った。気まずさをなんとかしようと間をあけないで話だそうとしたけど。

「だが、ここはだいぶ清潔だ。俺が産まれた場所は、洞窟みたいなとこで暗かったしジメジメしていた」
「そうかい。まぁ、ここは貴重な資料がたくさんあるし、たくさん実験してるみたいだから清潔にしていないとだめなのかな」

 なんと彼のほうから話を続けてくれた。ちらっと確認するけど、嫌なかんじじゃない。ほっと胸をなでおろして、研究所の所長室に。軽い雑談をしながら、世間話を終えるとタイミングよく研究員がやってきた。どこにでもいる青年。目の下に隈があって、顔の右半分を布で覆っている。挨拶もそこそこに、魔導具を抱えて彼の研究室に。

「ユーグさんは、もうここに勤めて何年になるんですか?」
「忘れました」
「魔法の研究って大変ですか?」
「仕事だから」
「へぇ。すごいなぁ。どうして研究員になろうと?」
「魔法が好きだから」

 一問一答。ユーグという研究員は、こちらと必要最低限なコミュニケーションをとることを放棄しているらしい。たまにいる。仕事だから仕方なしに一緒に行動するけど、それ以外どうでもいいめんどくさいってパターン。けど、今後も会う機会があるし、研究所と騎士団は密接な関係にある。愛想をよくしないといけないってだけじゃなくてせっかくだったら仲良く仕事をしたいって気持ちから話しかけ続ける。

「これが、依頼した魔導具です」

 箱の中に入れられた杖。所々曲がりくねった木の先端に丸い緑の石がはめられている。手袋をつけたユーグは杖を慎重に取り出し、つぶさに観察する。途端に、目が輝きだす。さっきまでとは別人な楽しげなユーグにあれ? と頭を捻る。

「強盗が使っていたものです。我々騎士団が駆けつけたとき、犯人は大体捕まえましたけど頭目と二人ほどは逃走しました。捕まえたうちの一人が所持していたものです」

 説明を聞いているのかいないのか。返事もしないでいろいろな角度に傾けて、時折指で叩いている。

「風か」
「え?」
「この魔導具、一つだけですか? 他に持っていたものは?」
「これのみです」
「そうですか。じゃあ解析をします。明日には終わっていますので」

 明日? 異様に早いな。団長や同輩の騎士たちは一週間は覚悟しておけって言ってたけど。ともかくそう言い捨てるとユーグは移動して机に載っている書類をまさぐって、本を捲ってなにか書き写している。優先したいものがあるのか、とはいえここまであからさまにされると少し腹立たしい。

「おい、あんた。こっちは解析しないのか?」
「おい、ネフェシュ」

 し~ん、と沈黙が支配する。舌打ちをした彼を止める間もなく、ぶ~んという音とともに飛んでユーグのもとへ。

「こっちだって暇じゃないんだ」

 机の、というか羊皮紙の上に仁王立ちになって睨み上げている。頑張って怒っているというのをアピールしたいのかもしれないけど、ただかわいいだけ。

「シエナ殿でしたっけ?」

 けど、ユーグはネフェシュのよさがわからないらしい。視線すらこちらにやらず、声だけで尋ねてくる。ユーグが年上だけど騎士で貴族だってことを慮ったのか、敬称呼びする常識はあるのに。

「これは、あなたの使い魔ですか?」
「ええ、一応」

 使い魔の無礼を窘めるつもりかとおもったけど、どうやら違うらしい。

「これを調べさせてくれるならあの魔導具優先して解体しますよ」
「え?」
「これ、なんの生き物ですか? 合成獣ですか? それにしてはどこにも繋ぎ目や他の魔物と似通っている点がない」
「おい貴様――」
「おお、なんですかこの弾力。水でもないしスライムとも違う。筋肉と骨は。歯は何本あるんですか?」
「ほいひひふぁふぇんに――」
「鮫と似ている? 舌の長さは――」
「いたたたたたたた!?」

 持ちあげて両手で圧縮・引っ張りを繰り返し、それから好き放題やり始めた。目が異常な輝きを放ち、鼻息が荒くなっている。子供の無邪気さと大人の真剣みが混じった顔。仲のよい女の子たちがネフェシュを好んでいるのとは違う。今まで多くあってきた魔法士、魔道士。ある種拘りと美学を持っていたがために騒動を起こす人たちの姿がリンクして、ああこの人も頭おかしい人だって理解する。

「残念ですけど、こいつは僕の大切な存在なので」

 ひょい、と取り上げる。ネフェシュはユーグをよほど警戒しているのか。胸の中でブルブル震えていたけど、ビク! と大きく痙攣してかさかさかさと虫みたいに肩を通って背中に移動した。

「だめですか?」
「ええ」
「ちょっとだけでも?」
「はい」
「・・・・・・・・・角だけでも? さきっちょだけでも?」
「全部僕のものなんで」
 
 すっかり意気消沈したユーグは、目の光を失った。

「ところで、さっき解体って言ってましたけどそんなことしたら元通りにできないんじゃ?」
「する必要ありませんよ。もうどんな効果かはわかりましたし、それに素材も見当がついています」

 え?

「けど、これ改造したやつ大したことありませんね。雑です。あれじゃあ風が暴発する。単純に風をおこすことしかできない。まぁ素人のやったことだから仕方ないにしても」
「ちょ、ちょっと待ってください」

 いきなりの情報過多に、混乱する。額を押さえて鎮めようと試みる。

「あの、どうして風だって? それに暴発したとか見当がついているって?」

「刻まれている魔法陣の種類が風系統のものです。それに魔導具って接合部が緩かったり隙間があると暴発しやすいんですよ。中に入ってる素材を変えてしまうと顕著です。使われている素材だって見ただけでわかります。きっと乾燥させた状態のまま使ったんでしょうけど色と音の反響具合から――」

 慌てて羊皮紙を取りだしてメモをする。素材。それはまさに僕たちが一番知りたかったこと。素材さえ知れば入手経路が判明して足どりを掴めるかもしれない。期待と裏腹に、目の前にいるユーグが疑わしくなる。風系統の単純な魔法しか使えないってことは騎士団しか知らない。それをすぐに見抜いた。まだきちんと調べてもいないのに。
 それにもう一つ。聞き捨てならないことを。

「改造されたものだって見抜けたのは?」
「これ、皇族お抱えの魔道士が設計・開発した魔導具でしょう。普通の店で売っている防犯用の。前に買ったことがあるから覚えてます」

 ずばりそのとおり。騎士団でもそんな意見があった。既存の魔導具を改造したのでは? と。店に行ってきて、その魔導具を買ってきて、比べるとなるほどたしかにそっくりだった。けど、本当に改造されたものなのか? どこがどう変わっているのか? 騎士である僕たちにはわからない。ユーグが言っていた接合部が甘いとか隙間があったとかもわからなかったくらい。


 だから犯人たちが持っていた魔導具を先に調べてもらい、それで既存のものと比べようという話になった。

 羊皮紙から顔をあげようとしないユーグは、興味なさそうなかんじで話を続けているけどとんでもない衝撃を与えてくれちゃったってことに気づいていないのかな?

「重要なのは中身ですね。外側の素材は変わっていません。少しこのへんの片付いたら解体して調べます。簡単なので後回しにしますけど」

 外側のものは変わっていない。これも貴重な情報なので書き留める。

「ありがとうございました。いやぁ、ユーグさんはすごい研究員ですね」
「・・・・・・・・・」
「今日だけでだいぶ情報が揃いました」

 素直に感服してしまう。いろいろな人たちに出会ってきたけど、これほど心から感動したのは初めてかもしれない。

「ユーグさんだったら簡単に魔道士にもなれるんでしょうね」

 本心だった。これほど優秀な魔法士だったら。けど、その言葉がなぜか琴線に触れたらしいユーグは、ピク、と反応を示した。そして、睨んできた。

「え、え?」
「もう帰っていただいてよろしいですか? 忙しいので」

 急に怒気に満ちた彼に逆らうこともできず、すごすごと退室するしかなかった。

「どうしたんだろうか」
「さぁな。魔法士なんてやつはどこかおかしい奴らだってのはご存じだろ。現にあいつも俺を・・・・・・・・・」

 彼にされたことをおもいだしたのか、ゾゾゾゾゾ、と身の毛がよだつくらいに恐怖に包まれている。使い魔に同情しながら、さっきの自分の言葉をおもいだす。けど、どうしても彼を怒らせてしまった理由がわからない。

「明日も来るから、なにか御菓子でも買ってったほうがいいのかな」

 まさか解析をわざと終えていないなんてそんなことをする人物とはおもえない。今後もなにかと会う機会が増えるだろうし、なにかと仲良くしていたほうが都合にいい。

「随分とあのやろうを気にしてるじゃないか」

 ん? なんかネフェシュの様子がおかしいような? 棘のある言い方だし、不機嫌っぽい?

「まぁどうでもいいけどな。シエナがどこの誰とどうなろうと使い魔の俺には関係ないし」

 あ、ふ~ん。

「別に彼のことを異性として気にしているわけじゃないよ。知ってるだろ?」

 嫉妬か。嫉妬しているんだ。いやぁ嬉しいなぁ。ネフェシュのほうが嫉妬してくるなんて。普段は僕が嫉妬してるけど。それでもネフェシュの機嫌はなおらないようで、僕を通り越していってしまう。急な悪戯心が芽生えて、きょろきょろと辺りを見回して誰もいないことを確認。

走ってそのまま抱きしめて、唇を重ねる。ネフェシュはジタバタともがくけど、渾身の力で逃がさない。もっとほしい。途端に口を無理やりこじ開けて舌をねじ込み、二人のを絡ませる。吸って口内を蹂躙し、徹底的に弄んで、荒くなる息そのままに続ける。
 満足して口を離す。繋がった唾液の線が延びて、ぷつんと途切れた。

「お、おまおまおまおまえ・・・・・・!」

 動揺しているネフェシュに、つられて僕も恥ずかしくなってしまう。我慢できずにやってしまったけど。でもざまぁみろと。決して主導権は譲らない僕が上なんだってアピールの余裕がある笑顔を見せる。

「それとも、人の姿のときがいいかい?」
「この馬鹿騎士! いつか殺す! 今夜覚えてやがれ!」

 決して結ばれてはいけない僕たち。見た目、お互いの立場、種族、うまれ。そして過去。負い目。しがらみから素直に感情をぶつけられない自分がもどかしい。加えてネフェシュに対する贖罪の意識。彼の見た目を、生き方を縛ることになった僕の我が儘。使い魔と主という関係を持ち出してしか行為に至る理由を用意できない、情けない僕。

「怒るなよ」
 
 そして仕事の疲れをこんな風にしてごまかす汚い僕。

「怒っちゃいねぇよ。呆れてるだけだ慎みを覚えろこの淫乱」

 ネフェシュの都合なんておかまいなし。最低な僕。

「淫乱って・・・・・・・・・。ひどいなぁ。彼に対しては本当になんの感情も抱いていないよ」

 あとどらくらいこのやりとりを続けていられるか心配する必要はない。僕の寿命が終えるそのときまで、ネフェシュは僕の愛しい使い魔で居続けるだろう。呪いのせいで。ただ、日増しに罪悪感が強くなる。それをごまかすために彼への態度がひどくなる。悪循環だ。憎まれてもいい。それで納得している。

「・・・・・・・・・まぁ昔のお前にそっくりだからな。自然と親しみを覚えたんじゃねぇのか」

 え、と思考が停止する。結論づけようとした問題が霧散して、使い魔の言葉の意味についての疑問で埋め尽くされていく。

「なに? どういうこと?」

「なんだ、気づいてなかったのか? あのユーグってやつ騎士になりたて、俺と出会った頃のお前とそっくりだったぜ」

 ・・・・・・・・・・・・は?

「あのぶっきらぼうで? お前がおかしいっていったユーグさんと僕がそっくり? は?」
 
 は? どこが?

「ちょうど明日また会うんだろ。そのときじっくり考えてみろよ」
「あ、おい」

 さっきのキスの仕返しのつもりか。具体的に説明を放棄し、飛んで先を行く。少し早足で追いつく。僕が聞くのを待っているのかなにも喋ろうとしない。僕のキスの仕返しのつもりか。きっと尋ねられたら笑って馬鹿にするに決まってるんだそうに違いない。

 とりあえず寝るとき、抱き枕状態&キス地獄で立場と僕の気持ちをいやってほどわからせてやろう。時折ユーグの顔をおもいだしたけどそうやって頭から追い出した。
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