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その後~特別編~

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 消毒液と医薬品が多分に混じったなんともいえない匂いには、いつまで経っても慣れません。生き死にが密接に関わっている特異な空気は、働いている人も利用する人もかんじとっているのでしょうか。それとも病院なんて今まで見たことも聞いたこともない私が勝手に重く受取っているのでしょうか。

 病院の真ん中には広く用意された庭のようなスペースがあって、患者さんとお見舞い人が話し合ったりリハビリ? 
 ができるそうです。青々と伸びる草木と花は、定期的に手入れする庭師の人の努力で景観的にも美しく、病院にいることを忘れてしまいそうで、心が癒やされていきます。

「じゃあ今日はフライね。食材によって温度も調味料も違うから大変なのよ」

 ここに入院している商人様の元に訪れているのは、今後ご主人様とよりよい関係を保っていただけるようにと配慮したためです。商人と親しい関係を築けていれば他の方々を紹介してもらえるかもしれませんし、魔道士になったとき便利ですからね。そのついでに、奴隷であるハーピィ、ミオ様と語らって家事についてアドバイスをいただいています。
 
 それに、まだ家事や料理のレパートリーが少ない私からすれば、ご教示していただける機会なんてそうそうありません。我ながら、涙ぐましい努力だなぁって自画自賛できす。

 ミオ様だけでなく、何人もの奴隷が交代でお世話しているので、こうやって話をしてもらえるのは負担になりませんし。

「ご主人様が、お肉が食べたいってしきりに言ってるの」
「私のほうは隠れて研究をしています」
「退院はもうすぐできるんだけど、お仕事のほうはいつ戻れるのかってお医者様を困らせていて」
「うちのほうは、まだ大分先ですけど。研究所の人たちが来て仕事の話をするものですから早く復帰したいって困らせています」

 二人の溜息が不思議と重なってしみました。ミオ様はなにがおかしかったのか、クスクスと笑っています。

「それに、この前病室でしていたときお医者様に見つかりそうになって・・・・・・年齢を考えていただきたいわ」
 
 困ったものだって顔に書かれていますが、それでも嬉しいのでしょうか。口元が緩んでいます。私はまだその境地に至っていませんが、ミオは商人様のことを慕っているようです。恋愛感情か奴隷としての奉仕の精神か・・・・・・いずれにせよ私には無縁の話すぎて反応に困ります。

「ご主人様はわざと見つかってしまうのもいいじゃないかって笑ってたし。他の子も楽しんでいるし」
「はぁ」
「それに・・・・・・・・・」

 興がのってきたんでしょうか。それからミオ様は頻りに主との夜の奉仕について話を続けます。次第に熱が入って喜色ばんできて、ノリノリで楽しそうに。

 淫乱ハーピィ・・・・・・。内心毒づきます。

「それで、ルウちゃんのほうは? どう?」
「どうと言われましても、以前と変わりません」
「え? じゃあそういうえっちなことは?」
「はい」

 私は蘇生して、またご主人様の奴隷に自ら望んでなりました。今度は正しい奴隷となれることを目標にしているため、そんなご奉仕するよりもまずは前できなかったことをするのが先。だからこそこうしてミオ様に――

「ふっ」

 え? 今ミオ様鼻で笑いました? 

「ねぇ、ルウちゃん。奴隷ってなにかしら」

 急に義手に顎を載せて上から話してきてますが、なんなんでしょうか。

「ご主人様を満足させることじゃないかしら。だとしたら、あなたは今本当に奴隷かしら?」
「いえ、けどご主人様もそういうのは以前のように避けてる節がありますし」
 
 好きだと好意をはっきりと言葉で示してくれるようになりましたが。
「まだまだ子供ねルウちゃん」

 いえ。ですからその謎の上から目線な話し方はなんなんですか。イラッとします。

「男っていうのは誰しも性欲がある。大なり小なり。女と暮らしているのだからそれは強くなっているはず。なのにその性欲を発散させられなければどうなるかイメージできる?」
「・・・・・・・・・どうなるのでしょうか」
「仕事に影響が出るわ。よくない影響が。ムラムラしすぎて集中できなかったり、睡眠時間も確保できなくて疲労は蓄積してストレスも溜まっていって・・・・・・・・・。最後には騎士団のお世話になりそうな事件をおこしてしまう。男ってそういうものよ。でも、ルウちゃんにはまだわからないかしら」
 
 なにを大仰な、と切り捨てかけますが、ミオ様は私よりも豊富すぎる人生を送っていますから成程、説得力があります。性欲のせいで仕事、睡眠、ストレス。魔道士を志しているご主人様はただでさえそれらを後回しにしがちです。今は『もふもふタイム』でなんとかできていますが。

「いいなぁ。じゃあルウちゃんにはまだわからないか。夜の手練手管を学んでご主人様を飽きさせない努力とか他の子たちとの取り合いとか。いいなぁ。単純に家のことで悩んでいられて」
「・・・・・・そうですね」
「ああ、でも焦って無理しなくてもいいのよ? 誰にでもペースってあるし。合う合わないってあるし」
「・・・・・・・・・アドバイスありがとうございます。ミオ様まじぱねっすわ~です」

 むかつきます。ミオ様はそれからも上から目線で、夜の奉仕について話を続けます。周囲に人はいますが、声がさほど大きくないからか注目されずにいます。とはいえ、まっ昼間から猥談を嬉々として話すハーピィがいるなんて、誰が想像できるでしょう。痴女め。

「まぁでも、私のご主人様は若いですし。志も高いですし。魔法使えますし。私の料理を美味しいって言ってくれてますし。好きだって定期的に言ってもらえますし」
 
 ピク。眉の端が一瞬蠢きました。ここだ、と私はすかさず攻撃を続けます。

「そもそも私を奴隷にしたのも一目惚れしたからだって言われましたし。いつもありがとうって三回は言われましたし。私の気持ちを優先してくれてますし」
「へ、へぇ。好きって言ってもらってるんだぁ。お礼言われてるんだぁ」
「はい。ミオ様も当然言われてますよね?」
「え?! え、ええ。もちろん」

 嘘でしょう。きっと。動揺が羽根にも出ています。ぶるぶると頻りに震え続けています。

「けど、若ければいいってものじゃないでしょ? ちょっと年齢上のほうが豊富だし落ち着いているし包容力があるし」
「お互い初めてのほうが初々しさと嬉しさがあって満足感が得られるとおもいます」
「へぇ。私の好みと違うなぁ。まぁルウちゃんは奴隷になったばかりだからそのへんの善し悪しがわからないんだろうね」
「ミオ様は今まで経験豊富すぎましたから、私のような成り立ての気持ちを忘れているのでは?」
 
 それから私たちは人知れず、お互いのご主人様の良いところを話し続けます。私は別にご主人様が好きだとか慕っているとかはありませんが、それでも奴隷として主で負けることは矜持が許しませんでした。

 いつしか、日は少し傾き庭全体が影で黒く覆われています。話し疲れてしまったのか、どちらからともなく立ち上がります。ここに来ると、毎回こうです。時間を忘れて話してしまいます。

 けど、これもいい時間かもしれません。同じ奴隷と愚痴を吐きだしあえる、主の話ができる。共通の立場と話題が持てる人っていうのは中々いません。奴隷であったら尚更です。

「ねぇ、ルウちゃん。今幸せ?」

 別れ際、ミオ様はそんなことを尋ねてきます。

「どうでしょうか。けど、毎日充実しています」
「そう」

 それだけ交すと、私は病院を後にします。これからの予定をざっと頭の中で組み立てていきます。一旦帰ってお昼ご飯を用意して包帯を変えて洗濯物を取りこんで。それから買い物に行って。毎日繰り返していることですが、ふと考えてしまいます。

 ご主人様を裏切ったままだったら、私は今頃どこでなにをしていたのでしょうか。考えても答えはでませんが、きっと今よりよくない生き方になっていたと断言できます。ですから、きっとそうですね。今のユーグ様と一緒にいるこの生活は、幸せといえるのでしょうか。

 口が裂けても誰にも言えませんが。特にユーグ様には。だってどうせ気持ちの悪い反応するに決まっていますから。

 なにはともあれ。今頃また無茶をしているであろうわが主の役に立つため、一路家を目指します。
 
 

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