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三章

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 魔法学院への入学が決まったときのことは、今でもはっきり覚えている。最初は意味がわからなかった。授業で教わった魔法を発動させられなかったときは、悔しかった。友達と練習してなんとか小さい種火のような魔法初めて魔法を発動させたとき、嬉しかった。

 魔道士を目指したときのことを、今でも覚えている。きっかけも。感情も。

 毎日楽しかった。夢が叶うって信じきっていた。失敗してもへこたれず、前だけみて研究を繰り返していた

 研究所に就職して、過去の魔道士の偉業を調べていくうちに、驚いた。こんな魔法を同じ人間が創れるのかって。知ればしるほど楽しくて、研究にも一層身が入った。

 けど、日に日に漠然とした恐怖と不安に襲われるのだ。寝る前。食事しているとき。浴場にいるとき。仕事をしているとき。強くなっていく恐怖と不安は誰にも打ち明けられないでいた。シエナにさえも。

 「ユーグは? なにか悩みとかないのか?」

 焚火を囲んで暖をとりながら、小休止をしている。食事も終わったが眠ることはできない。いつまた出撃命令が下されても迅速に動けるため、待機していなければいけないのだ。

 疲労困憊で、それでも、こうやって指がかじかんで必死に揉んで息を吐きかけ、他愛ない話をする。帰ったらプロポーズをする。子供が自分を忘れていないか。勘当した親に会いに行きたい。皆ごまかしたいのだ。罪悪感。恐怖。

 普段は部隊の人たちと話しこんだりしない。俺もごまかしたいのだ。戦争だけじゃない恐怖と不安を。それを打ち明けられる空気が、戦場にはあった。

「敵襲! 敵襲!」

 話し始めようとした矢先、緊張が走った。和やかな笑いに満ちた空気が消え去り、兵士に戻っていく。それぞれの武器を持って最早慣れた動きでそれぞれの行動をとっていく。

 夜襲をしてきた敵の雄叫びが聞こえる。指揮官の命令を忠実に、しかし本能で戦っていく。

 『紫炎』で、敵の武器を破壊して丸腰の敵に突貫する。押し倒してそのまま首を焼き切る。飛来する矢は上空に炎の壁を作って防御する。そのまま向きを変えて前方に突進。靴屋の店主だというジョニーに敵が二人覆い被さっている。狙いを定めて魔法を放ち、断末魔をあげている敵を突き飛ばして助けようと試みたが、事切れていた。

 漁師だったコム、鍛冶屋のケンウェイが風の刃でバラバラになった。兵士を父に持つジムと二人で戦った。風魔法で『紫炎』の起動が逸らされ、ジムの槍が折られた。拳に『紫炎』を纏って殴打するが風の鎧を包まれているのか、なかなかダメージが通らない。敵の身体から凄まじい烈風が吹いた。脇腹に鋭い痛みが走って堪らず仰向けに倒れる。ジムが後ろから羽交い締めにかかるが頭を掴まれて血と脳漿が飛び散った。『紫炎』で敵を囲み、周囲の酸素を消しにかかる。

 そいつだけに構ってはいられなかった。次々とおそろしい形相の敵兵士が襲いかかってくる。

「ははは。お前は変わりもんだな。魔法なんてなにが楽しんだか」
「そうそう。俺は田舎に帰って女房に三日間突撃するね」
「酒浴びるほど飲んで美味い飯たらふく食いてぇなぁ」
「飯か。いいなぁ。もう兵糧は食い飽きたよ。肉が食べてぇ」
「明日には補給部隊が到着するらしいぞ。肉があるらしい」
「まじか!」
「指揮官とか将軍とかお偉いさんが一番いいとこ最初に食うんだろ? 俺達は余り物さ」
「敵の大将の首とって出世して、貴族になりてぇなぁ」
「お前には無理だろ。びびりだし」
「昨日なんて隊長に無理矢理突撃させられてたじゃねぇか。泣きながら」
「う、うるせぇ!」

 他愛ない会話ばかりが頭に流れてくる。

「ユーグ。お前も結婚までいかなくても恋でもしてみたらいいんじゃねぇか? その年齢で研究一筋ってさみしいだろ」
「しようとしてできるもんじゃないだろ」
「ははは。たしかに。でもな、好きな子がいるっていいもんだぜ。それだけで死んでたまるかって、生きてやるってな。そいつのためならなんでもできるんだぜ」
「魔道士になるなら、なんでもできるけど」
「じゃあ魔法が恋人かよ。はは」

 死んでいった戦友達との会話。つい先程まで生きていた人達との記憶が急に頭の中で流れてくる。良い奴らだった。話題なんて魔法と研究のことしかない俺の話を聞いて、最後には面白がってちゃかす。そういえば、皆に悩みを聞いてもらえてなかった。この戦闘が終わって生き残れたら、誰か聞いてくれるだろうか。

 顔を斧が掠めた途端に、その記憶一つ一つが消えていく。敵を殺すことだけを考えなければ生き残れない現実に戻っていく。

「うわあああああああああああああ!」

 どうして俺は戦っているんだろう。どうして生きたいんだろう。夢だ。夢を叶える。魔道士。魔法。魔導書。そうだ、帰ったらあの魔法を作ろう。戦場で皆がアイディアをもらったとき閃いたんだ。俺に作れるだろうか。他にも創りたい魔法がたくさんある。

 なのに、帰ってきたときは、途方にくれた。
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