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第二章 オオカミ少女は信じない

大人の階段

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「一回集合しろー。マネージャーも」

 汐海しおみ先生の声で、体育館前方のホワイトボードに全員が集合した。俺も手に持っていた二個のボールをその場に置いて集まりに向かう。

「お前らちょっと、気ぃ抜きすぎ。なめとんのか」

 水ヶ原みずがはらのジジイ顧問がそう言うと、選手の顔からすっと笑顔が消えた。なんだよお説教タイムかよ。若者の笑顔なくすのすげー。
 
「特におめぇ、やる気ねぇならけぇれ。士気しきが下がる。空気が悪くなる」

 そう言って水ヶ原顧問が指差したのは、俺だった。説教の相手、俺かい。

「なんだジジイ! やんのk――」

「よつぎち、どーどー」

 若き体の機動力を見せつけてやろうと指を鳴らして近づこうとしたのだが、隣の小桜こざくらに口をふさがれ、戸張とばりに体を押さえつけられた。

 お説教でピリピリしているのに、星宮ほしみや奏太かなたはそれを見ておもっきし噴き出しやがった。

「そうだよ。ぷぷっ……。小鳥遊たかなしくんまじめにやりな? ……ぶっ!」

「なんか怒られてて草」

 お前ら覚えとけ。

 こっちは休日返上で仕方なくやってるんだぞ。やる気なんてあるわけないじゃん。そもそも、バレー部の都合で呼び出されて、言われた通りの仕事しているのに、業績が悪いからってクビにするとかブラックすぎ。
 お前らの士気が勝手にさがってるだけだろ。部員すらまとめられていないのを俺のせいにされても困る。そういう風にすぐ責任を部外者に押し付けるから、士気が下がるんじゃなくて?

 とか言ってやろうと思ったが、狼原かみはらの顔を見て一度頭を冷やす。ムダナコトハシテハイケナイ。

「…………さーせん」

 俺の謝罪の念を聞いて、水ヶ原の顧問は小さく舌打ちをする。納得はしていないようだが、お説教はこれで終わりらしい。

 俺をつるし上げることで気が引き締まった部員たちを見て、ジジイの横にいた青髭あおひげコーチがノートを開いて説明を始める。

「今日の午前中はボールを使った基礎錬で終わらせる。気張っていけよー」

「午後は『月峰つきみねダッシュ』を行うから昼飯は食べ過ぎないようにな―。食べ過ぎると口から出るぞー」
 
 コーチに続いて汐海先生が午後のメニューを述べると、少々チーム月峰がざわついた。
 俺には聞き覚えのない単語がだったので、右隣にいた小桜の脇腹を肘でつついた。

「小桜、月峰ダッシュって何」

 小声で聞いたつもりなのだが、そのやり取りを聞き取ったのか、汐海先生が。

「ああ、部外者の小鳥遊が知らないのも無理はなかろう。水ヶ原の面々も知らないだろうから、そうだな……。狐火きつねび、説明を頼む」

 汐海先生に名指しされた奏太がホワイトボードの前へ。
 
「おけーっす。頼まれました、元サッカー部の僕から『月峰ダッシュ』について説明しまーす」

 奏太はホワイトボードにマグネットで張り付けられていた黒マーカーを持つと、四角や丸、線を書き足して何かを描いていく。最初は統一感のない記号となっていたが、それらが合わさることによって地図になる。
 一年以上同じ学校に登校していると、これだけでもどこがどの道であるかを把握することができた。

「これは月峰高校を中心とした、周辺地図です。この大きい四角形が月峰高校になります」

 ホワイトボードのど真ん中にある四角をペンで示し、枠の中に「月峰」と書いた。
 
「で、正門スタートで、この道を直進。道なりに進んで左折して坂を上がります。で、ここのスーパーで左折して裏道を通り、スタート地点に戻ってきます。これを一周とカウントするのがスタンダードな『月峰ダッシュ』でーす。ちーなーみーにー、死んだ方がマシに感じるくらい地獄」

 奏太は自身が描いた地図に、赤マーカーで道をなぞってルートを説明した。

 月峰女バレや、小桜、戸張は経験しているからか、渋い顔を浮かべていた。水ヶ原女バレはいまいちピンときていないようで、まだ顔に絶望がなかった。まきなんて余裕の笑みを浮かべている。

「汐海せんせ、私も! 私も走っていい⁉」

 星宮が小さく跳ねながら手を挙げた。お前はなぜすぐに食いつく。人間に生まれてよかったな。魚だったら即釣られるぞ。

「ん、別に星宮が走る必要はないんだが……」

「ほら、水ヶ原の皆さんはルートとかわからないかもじゃないですかー? それを私が誘導します!」

「あ、それなら俺もやります。バスケ部で走り慣れてるので役に立てると思います」

 星宮の言葉に、戸張が手を挙げて手伝いを名乗り出た。

「そうか、なら星宮と戸張。……あと小鳥遊。お前らにルート案内を任せよう」

「なんで俺も巻き込まれてるんだよ……」

 俺、月峰ダッシュは未経験だけど、地図見ただけでキツいのわかっちゃった。坂道えぐいよ……。

「なんだ、不満か?」

 汐海先生がギロリと睨みつけてくる。怖い。あずっちゃん怖い。怖いよ。

「わかりました。やります」

 少しずつ自分を騙して、社会の圧力に負けて、遊び心を忘れていく。人って、こうやって大人になっていくんだろうなぁ。

 大人の階段を上った瞬間を感じ取ってしまった。
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