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第二章 オオカミ少女は信じない

垣根を越えて、檄は飛ぶ

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 俺が体育館に入ると、既に練習はスタートしていた。二人ペアになって、アンダーハンドやオーバーハンドでパスし合う対面練習。バレーにおいて、ボールを相手に渡す行為をなんというのだろうか。奏太かなたのサッカーの影響が強すぎて、パスとしか表現ができない。

 二人一組ということは、ペアを作る必要があるのは自明じめい月峰つきみね女バレが五人で、水ヶ原みずがはら女バレが確か十七人。

 …………奇数?
 
 お互い一人あまるということは、つまりそういうこと。どういうこと。一ペアだけ学校の垣根かきねを超えているということ。大体想像はついているが、その仮定の真偽を確認するためにそのペアを探してみることにした。探すと言っても、ジャージの違いですぐに見分けがつくが。

 体育館前方、右端にいたのはやはり狼原かみはら&まきペアだった。
 
 暇だったのでしばらくその様子を見ていると、二人のボールさばきは正確無比なのがわかった。まるでプログラミングされたロボットのように、ボールを打ち合う。お互い体は乱れることなく、動くとしても足一歩分程度。

「狼原? だっけ。あんたボールブレブレ。私の相手してるんだから、しっかり集中してよ」

「はい!」

 素人の俺からしたらパーフェクトなボールの受け渡しに見えたのだが、当事者からしたら全く違うようで、牧から狼原へげきが飛ぶ。

 しばらくぽーんぽーんとオーバーハンドでのパスが続いていたが、急に牧がボールをキャッチした。そして、小さく舌打ちをする。

小桜こざくらー! ちょっと来てー!」

 他のペアの様子を見ていた小桜に、牧が声をかけた。それを聞いて小桜がちょこちょことこちらに向かってくる。

「牧先輩、どうかしましたー?」

 小桜がノート片手に尋ねると、牧が狼原を指差す。

「ちょっとこいつ使えないから、私の相手やって。狼原は外で休んでな」

「え、えっとー……」

 小桜は牧と狼原を交互に見て、最後に俺に視線を向けた。やめろ、俺に助けを求めるな。

「……それじゃ私、ちょっとトイレ行ってきます」

 狼原が言って、最寄もよりの出口から駆けていく。小桜はそれを追おうとしたのか、一歩目を歩き出す。

「小桜、早くして」

 だが、牧が小桜の二歩目を許さなかった。

「は、はいっ!」

 選手交代して始まる対面練習。

 誰も、狼原のことを追う人間はいなかった。

 
 ◆◇◆◇◆

 
 小桜こざくらまき、どっちが先にミスるのかが気になったので、体育館の壁に寄りかかりながら胡坐あぐらをかいて二人の練習だけを眺めていた。
 おいなんだよどっちか早くミスれよつまんねー。俺的には牧がミスってドヤ顔する小桜が見てみたいので、心の中で小桜を応援する。
 
 水ヶ原みずがはらの顧問とコーチ、月峰つきみねの顧問の汐海しおみ先生は他のペアに指導をほどこしていた。実力を買われているのか、小桜&牧ペアにはあまり目向けられていない。だから、その代わりに俺がめっちゃ見てる。早くミスれよつまんねー。

 未だにマネージャーの仕事がわからない上に誰も教えてくれないので、ぼへーっと練習を観察していると「ピッ!」とホイッスルが鳴った。

「対面終わり! サーブ練お願いします!」

 声の方を見ると、バインダー片手にホイッスルを持った水ヶ原マネージャーがいた。すっげ、絵に描いたようなマネージャーだ。初めて見た!

「小桜、対面ありがとう」

「はいっ!」

 牧がボールをポイっと捨てて、小桜に礼を言った。
 小桜はこちらに歩いてくると、俺の太腿ふとももを軽く蹴ってきた。

「ねぇ! なんでさっきみさきち追いかけなかったの!」

「いや、トイレについていくのはまずいだろ」

「本当にトイレ行ったわけないじゃん。女の子がああいうときは席を外すだけなの!」

 そうなんだ……。それじゃあ授業中に女子がトイレ行くのも、外で別なことやってるってこと? 女の子難しいよ……。

「そもそも追いかけたところで、俺にできることがないって。あ、ミスの追い打ちならいけるわ。今から行ってこようか?」

 立ち上がって体育館を出ようと歩を進めると、小桜が俺のジャージを引っ張る。

「それは一番ダメだから!」
 
「じゃあどうしろと。追いかけてなぐさめでもすりゃよかったのか?」

 語気を強めて尋ねると、小桜は答えなかった。答えることができなかった。

 むしろ、答えなかったことが答えだったと言える。

 狼原は別に慰めなんて求めていない。それを小桜は理解している。
 
 自分の技術不足を理由に蹴落とされるのは、スポーツにおいては日常茶飯事。自分の無力さに打ちひしがれて、幼さに痛感して、そうして強くなる。
 名のあるアスリートの心が強いのは、今まで何度も心を折られてきたからなのだろう。折れたところから修復して強くなる。さらには折られても痛みに慣れてしまうのだ。

 それを知っているから、俺は狼原を慰めることはしない。
 
 言い訳がましくそう思うのが、きっと世間で言う「悪」なのだろう。
 俺はその事実さえも、見て見ぬふりをした。
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