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第一章 出会い、出会われ、出会いつつ。

クッキングバトル(3)

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 俺が作るのは、フレンチトーストである。サンドイッチを作るときによく余ってしまうパンの耳であるが、そのポテンシャルは無限大。フレンチトーストのほか、こんがり焼いて味付けすることでラスクへと変化をげる。焦げないように気をつけながらフライパンでるだけで、自家製クルトンを作ることも可能。進化先が多いから実質イー○イ。ほら、茶色で色も似てるし。

 三十分も必要ない上、できたてを提供したいため、俺は戦略的休憩もねて戦況を確認する。

 奏太かなたはブラックタイガーの下ごしらえか。何作るんだろう。エビフライ、エビマヨ、エビチリ、エビカツ、ポップコーンシュリンプ……。あ、でもたまねぎかぁ。ならエビのかき揚げ……とか? あーでも、小麦粉ないもんなぁ。わからん。

 星宮ほしみやは、なんか魚をさばいている。包丁でがりがりとうろこをかいていた。本気出しすぎでしょこの人……。絶対に負けたくないという強い意志が垣間かいま見えた。

 小桜こざくらは……。小桜はニラを切っていた。コンロには中華鍋。
 え、小桜が料理してるんだけど。怖い怖い怖い怖い! あいつ料理できない枠なんじゃないの⁉ うちの部活のダークマター製造担当なんじゃなかったの⁉
 
 仮に小桜が料理できる子だとしても、なんか異物混入してそうであんまり食べたくない。

 さて、そろそろ俺も調理を始めよう。
 
 卵を一個割り、ボウルの中で溶きほぐす。ここでしっかりばっちり丁寧に溶いておくとパンに染み込みやすくなるので、簡単な作業だとあなどるべからず。牛乳百ミリリットル、砂糖大さじ一杯を混ぜ合わせる。そこにバニラエッセンスを数滴。出来上がった卵液をバットに流し入れ、そこにパンの耳を投入。そこから少し放置して、卵液を内部まで浸透させる。
 フライパンや皿の用意をしているうちに、パンの耳はほぼすべての卵液を吸い込んだ。
 フライパンを弱火に熱してバターを敷く。中火に調整したのち、あまーい卵液を十分に吸ったパンの耳を焼いていく。

 じゅあああーっ。

 卵液とバターの油分がぶつかり合う、いい音色。
 甘い香りがしてきたら片面が焼けた証拠。パンの耳を丁寧にひっくり返し、ふたをして数分間蒸し焼きに。出来上がったら、シナモンをまぶして小さな無塩バターを乗せる。余熱よねつでバターをゆっくり溶かして全体に絡んだら完成。

 皿に盛りつけてメープルシロップをかけていると、三十分が経過したことを知らせるタイマーが鳴った。


 ◆◇◆◇◆


 俺たちは一度調理台から離れ、いつも座っている中央のテーブルに集合した。
 
「誰からサーブする? あ、小鳥遊たかなしくんはどうせスイーツ作ったんでしょ? だから最後ね。デザートは最後に美味しくぶちかまさなきゃ」

 俺以外の三人でじゃんけんをして、星宮、奏太、小桜、俺の順番でサーブすることが決まった。
 
 まずは星宮。大皿を一皿持ってきた。

「じゃーん、つゆり特製、たいのカルパッチョ~!」

「鯛はどこから出てきた」

「あーこれ? 知り合いの漁師さんがうちに連絡くれて」

「てことは、ツユリは鯛を運びながら登校してきたのか……」

 奏太が若干じゃっかん引いた。

「違う違う。さすがに発泡スチロール持って登校はきついでしょ。重いしにおいもあるし」

 星宮は鼻をつまむ仕草をして、目を細める。

「そしたら、どーやったの?」

 小桜が尋ねる。

川瀬かわせ先生に電話して。したら一匹あげるって条件で、漁師さんのとこ行ってくれてさ。もう超新鮮よ! 産地直送! さいこーっ!」

 川瀬先生、やけに今日は機嫌がいいなと思ったらそんなことがあったのか。数学の課題の量もいつもより少なかったのもこれのおかげだろう。こりゃ、エビで鯛を釣ったな。ま、鯛で釣ったんだけどね! がはは! …………ふぅ。

 あわい桜色がした半透明なそれを、はしで掴んで目の高さまで持ってくる。近くで見ると、丁寧に繊維せんいに沿って切られているのがわかる。このドレッシングは何かなー。主役が鯛であるのと、その色からして白ワインビネガーだろうか。それにしては色がちょっと濃いような……。ちろっとまぶされている緑の葉はディルだな。特徴的な形であるため、これはわかりやすい。

 では、ドレッシングの答え合わせといこう。はぐっと一口でいく。奏太と小桜も俺に合わせたように口に運んだ。

 しっとり。身がきゅきゅきゅっと締まった鯛。甘い。弾力のある身が咀嚼そしゃくすること楽しませる。そんでもって噛むと旨味とあぶらが出る出る。なんだこれくっそうめぇ!

 肝心のドレッシングだが、かかっていた量が少なかったのと鯛に集中してしまっていたためよくわからなかった。酸味は確認できたが、特定ができない。

 俺は二切れ目に手を伸ばす。今度はドレッシングが多めにかかっている中央からすくい上げた。鼻を通過する「さわやか」はオリーブオイルで間違いないのだが。酸味はやっぱり……。

「白ワインビネガー……?」

 首をかしげながら呟くと、向かいの星宮が嬉しそうに立ち上がり、とととーっと使っていた調理台から何かのびんを持ってきた。

「残っ念! 正解はこれだー、ホワイトバルサミコ~! 酸味がやさしいから、鯛みたいな淡白たんぱくな白身魚との相性が最高なんです! ちなみにお値段は三千円。全然やさしくないっ! それだけが惜しいんだよっ」

 星宮は悔しそうに眉間にしわを寄せ、ホワイトバルサミコの瓶をぐっと握る。
 
「うんまい魚だなぁ。つゆりち、こんな短時間で魚さばくのすごいね」

 小桜は止まることなく箸を動かしている。大皿の小桜に近い部分だけ、既にスカスカだ。

 「ちっ。美味うまいけど、美味いけどかぶったー……。魚介被ったー……」

 奏太はカルパッチョをパクパク食べながら歯噛はがみしている。そういやエビを使ってたな。そして奏太の調理台からかおってくるこの匂い。嗅覚を持つ人間なら万国共通、おなかをすかせる匂いだ。

 奏太が箸を置いて、調理台へと向かった。それを見た俺たちは、期待をまじえつつ水で口の中をリセットしたのだった。
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