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第一章 出会い、出会われ、出会いつつ。
スーパースターとカチャトーラ(6)
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十五分後、時間を計っていた奏太のスマホから、アラーム音が鳴りだした。奏太がスマホをターンッ! と弾いて音を止める。
「ほらほら戸張くん。今日のシェフは君なんだから、君が蓋開けな?」
「それじゃ遠慮なく」
星宮に促されるままに、戸張がフライパンの蓋を開けた。奏太と星宮はその両脇から顔を近づける。
蓋が開くと同時に、中にこもっていた蒸気がむわわっと立ち上る。
「おおっ、めちゃくちゃ美味そう」
奏太が戸張の背中をぽんと叩く。
「さっすが戸張くん、上出来だね。いよっ、小鳥遊くんと違ってなんでもできる男っ!」
「戸張をほめることにかこつけて、俺を落とすのやめてよ」
俺が座っている位置からはフライパンの中までは確認できないのだが、二人の反応で出来栄えは理解できた。別に立ち上がって見に行くほどのイベントではないので、俺は引き続きシャーペンをルーズリーフの上でフルマラソンさせた。
奏太が食器棚から手頃な白い洋食器を持ってきて、戸張がそこにカチャトーラを盛りつけていく。「中央を盛り上げろ」だの「色合いを意識して」だの星宮から都度アドバイスを受けて、遂に戸張シェフは一品作り上げたのだった。
俺の隣に戸張が座り、向かい側に星宮と奏太が腰掛けた。それぞれの前には戸張シェフ渾身のカチャトーラがサーブされる。
……………………ふーん、美味しそうじゃん。
俺は自分の作業を中断してスプーンを手に取った。
「ではでは、この世界に生けるすべての命に感謝をしまして、いただきまーっす!」
星宮の言葉を追うように各々「いただきます」と口にして、カチャトーラに手を付けた。
俺はスプーンを食器の底まで沈めてトマトのペーストをすくい上げる。トマトとしめじ、そして主役の鶏肉によって構成された上質なスープ。表面に油の薄い膜が張られている。
すっと口に含むと、旨味が一気に口内を侵略した。最初に挨拶してくるのは、ペーストの本命であるトマトの酸味。だが決して強くはなく、主張を抑えた程よい酸味だ。
続いて鶏肉。食べやすく一口大に切られているそれをスープと一緒にいただく。肉っ! 超肉っ! ニンニク! 俺今、超肉食ってる!
「小鳥遊、味はどうかな? 美味い?」
戸張がキラキラッと俺に問う。では、正直に。
「不味いって貶そうと思ったのに、ちゃんと美味いのが腹立つ。なんだこれ」
どうしよう、戸張の得意分野に料理が追加されてしまった。いよいよ不落の城になってきたぞ。ここまでなんでもできるとちょっと怖い。この人、逆に何ができないの? 俺の中で全能のパラドックスが生じ始めていた。
「にしてもほんとに美味いなー。やっぱり料理には作り手の人間性が出るのかねぇ」
奏太がカチャトーラを頬張りながらそう呟いた。それを聞いて星宮が首を横に振る。
「そしたら小鳥遊くんの作るお菓子が美味しくてかわいいのはおかしいじゃん!」
「ねぇ、それ俺のこと褒めてるの? 謗ってるの?」
「だって人間性が料理に反映される世界だったら、小鳥遊くんの作るものなんて全部ゲテモノだよ?」
星宮は困り眉できょとんとしながら、至極当然のようにそう述べる。やめろよ。そこまで堂々と言われると、その理屈が真理のように感じてしまうだろ。
「あ、でも料理を貶してるんじゃないからね? 作品には罪はない。そう、作品には……」
「なんだお前、作り手の俺には罪があるって言いたいのか」
いっそその体にわからせてやろうと拳を握りながら半分腰を浮かすと、戸張がぷぷっと笑い出す。
「笑うのか! 戸張も俺を笑うのか!」
もっぺん笑ってみろ、俺は潔く泣くぞ。
戸張は目尻に浮いた涙を人差し指で拭いながら、首を横に振った。
「いや、楽しい部活だなーって思ってさ。俺ももっと早くに出会えていたら、料理部に入ってたかもしれない」
今のどの部分が楽しい部活に見えたのだろうか。もしかして俺がバカにされてるとおもしろい的な? 弱者が強者に蹂躙されるところを見て楽しむとか、いつの時代の貴族だよ。
「イオリ、結局僕たちは力になれたのか?」
奏太がばっくばくとカチャトーラを頬張りながら戸張に尋ねる。
「うん。いろいろ知らない知識も教えてもらえたし、後は自分でなんとかしてみるよ。ありがとな」
戸張そう言って席を立ち、エプロンを脱いだ。
「それじゃ、俺は部活に戻るよ」
「あ、戸張、ちょい待ち。これ持ってけ」
俺は、出口に向かって歩みを始めていた戸張を引き留める。そして、先程まで書いていたルーズリーフの束を戸張の胸に押し付けた。
戸張は困惑しながらも紙束を受け取り、中に目を通した。
「これは……?」
「一日三食、五日分。計十五食分の献立。栄養バランスは考慮してあるから参考程度に。レシピはそこに書いてあるサイトで調べろ」
本日の仕事を終えた俺は自分の席に戻り、カチャトーラの続きをいただいた。
「小鳥遊、ありがとう」
「別に礼を言われることじゃねぇよ。ただの趣味だし」
はよ部活行け、と目で伝えると戸張は軽く頷いて調理室を出ていった。
戸張を見送った俺たち三人は、再びスプーンを口に運び始める。
「小鳥遊くんがなんか書いてるのは見えてたけど、あんな大変なことしてたんだねぇ」
「ヨツギってツンツンツンデレ気質あるよな」
俺、そんなにトゲトゲしてないと思うんだけど……。あれですか? トゲアリトゲナシトゲトゲ的な? ツンアリツンナシツンデレ? てかそもそもデレてないし。「べ、別にあんたのためにやったんじゃないんだからね!」とか思ってないし。
「あれはただの先行投資だ。あの戸張に貸しのひとつでも作ってみろ、少なくともうちの学年の連中なら大体かしずくぞ」
貸し借りの生じる関係が成立したが最後。その瞬間に人間Aと人間Bの間には上下関係が発生する。あとはこちらが借りを作らない限り、もしくはあちらが借りを返さない限りその上下関係が崩れることはない。
だから、俺は戸張伊織に借りは絶対に作らない。絶対に。絶対って言ったら絶対。
「ほらほら戸張くん。今日のシェフは君なんだから、君が蓋開けな?」
「それじゃ遠慮なく」
星宮に促されるままに、戸張がフライパンの蓋を開けた。奏太と星宮はその両脇から顔を近づける。
蓋が開くと同時に、中にこもっていた蒸気がむわわっと立ち上る。
「おおっ、めちゃくちゃ美味そう」
奏太が戸張の背中をぽんと叩く。
「さっすが戸張くん、上出来だね。いよっ、小鳥遊くんと違ってなんでもできる男っ!」
「戸張をほめることにかこつけて、俺を落とすのやめてよ」
俺が座っている位置からはフライパンの中までは確認できないのだが、二人の反応で出来栄えは理解できた。別に立ち上がって見に行くほどのイベントではないので、俺は引き続きシャーペンをルーズリーフの上でフルマラソンさせた。
奏太が食器棚から手頃な白い洋食器を持ってきて、戸張がそこにカチャトーラを盛りつけていく。「中央を盛り上げろ」だの「色合いを意識して」だの星宮から都度アドバイスを受けて、遂に戸張シェフは一品作り上げたのだった。
俺の隣に戸張が座り、向かい側に星宮と奏太が腰掛けた。それぞれの前には戸張シェフ渾身のカチャトーラがサーブされる。
……………………ふーん、美味しそうじゃん。
俺は自分の作業を中断してスプーンを手に取った。
「ではでは、この世界に生けるすべての命に感謝をしまして、いただきまーっす!」
星宮の言葉を追うように各々「いただきます」と口にして、カチャトーラに手を付けた。
俺はスプーンを食器の底まで沈めてトマトのペーストをすくい上げる。トマトとしめじ、そして主役の鶏肉によって構成された上質なスープ。表面に油の薄い膜が張られている。
すっと口に含むと、旨味が一気に口内を侵略した。最初に挨拶してくるのは、ペーストの本命であるトマトの酸味。だが決して強くはなく、主張を抑えた程よい酸味だ。
続いて鶏肉。食べやすく一口大に切られているそれをスープと一緒にいただく。肉っ! 超肉っ! ニンニク! 俺今、超肉食ってる!
「小鳥遊、味はどうかな? 美味い?」
戸張がキラキラッと俺に問う。では、正直に。
「不味いって貶そうと思ったのに、ちゃんと美味いのが腹立つ。なんだこれ」
どうしよう、戸張の得意分野に料理が追加されてしまった。いよいよ不落の城になってきたぞ。ここまでなんでもできるとちょっと怖い。この人、逆に何ができないの? 俺の中で全能のパラドックスが生じ始めていた。
「にしてもほんとに美味いなー。やっぱり料理には作り手の人間性が出るのかねぇ」
奏太がカチャトーラを頬張りながらそう呟いた。それを聞いて星宮が首を横に振る。
「そしたら小鳥遊くんの作るお菓子が美味しくてかわいいのはおかしいじゃん!」
「ねぇ、それ俺のこと褒めてるの? 謗ってるの?」
「だって人間性が料理に反映される世界だったら、小鳥遊くんの作るものなんて全部ゲテモノだよ?」
星宮は困り眉できょとんとしながら、至極当然のようにそう述べる。やめろよ。そこまで堂々と言われると、その理屈が真理のように感じてしまうだろ。
「あ、でも料理を貶してるんじゃないからね? 作品には罪はない。そう、作品には……」
「なんだお前、作り手の俺には罪があるって言いたいのか」
いっそその体にわからせてやろうと拳を握りながら半分腰を浮かすと、戸張がぷぷっと笑い出す。
「笑うのか! 戸張も俺を笑うのか!」
もっぺん笑ってみろ、俺は潔く泣くぞ。
戸張は目尻に浮いた涙を人差し指で拭いながら、首を横に振った。
「いや、楽しい部活だなーって思ってさ。俺ももっと早くに出会えていたら、料理部に入ってたかもしれない」
今のどの部分が楽しい部活に見えたのだろうか。もしかして俺がバカにされてるとおもしろい的な? 弱者が強者に蹂躙されるところを見て楽しむとか、いつの時代の貴族だよ。
「イオリ、結局僕たちは力になれたのか?」
奏太がばっくばくとカチャトーラを頬張りながら戸張に尋ねる。
「うん。いろいろ知らない知識も教えてもらえたし、後は自分でなんとかしてみるよ。ありがとな」
戸張そう言って席を立ち、エプロンを脱いだ。
「それじゃ、俺は部活に戻るよ」
「あ、戸張、ちょい待ち。これ持ってけ」
俺は、出口に向かって歩みを始めていた戸張を引き留める。そして、先程まで書いていたルーズリーフの束を戸張の胸に押し付けた。
戸張は困惑しながらも紙束を受け取り、中に目を通した。
「これは……?」
「一日三食、五日分。計十五食分の献立。栄養バランスは考慮してあるから参考程度に。レシピはそこに書いてあるサイトで調べろ」
本日の仕事を終えた俺は自分の席に戻り、カチャトーラの続きをいただいた。
「小鳥遊、ありがとう」
「別に礼を言われることじゃねぇよ。ただの趣味だし」
はよ部活行け、と目で伝えると戸張は軽く頷いて調理室を出ていった。
戸張を見送った俺たち三人は、再びスプーンを口に運び始める。
「小鳥遊くんがなんか書いてるのは見えてたけど、あんな大変なことしてたんだねぇ」
「ヨツギってツンツンツンデレ気質あるよな」
俺、そんなにトゲトゲしてないと思うんだけど……。あれですか? トゲアリトゲナシトゲトゲ的な? ツンアリツンナシツンデレ? てかそもそもデレてないし。「べ、別にあんたのためにやったんじゃないんだからね!」とか思ってないし。
「あれはただの先行投資だ。あの戸張に貸しのひとつでも作ってみろ、少なくともうちの学年の連中なら大体かしずくぞ」
貸し借りの生じる関係が成立したが最後。その瞬間に人間Aと人間Bの間には上下関係が発生する。あとはこちらが借りを作らない限り、もしくはあちらが借りを返さない限りその上下関係が崩れることはない。
だから、俺は戸張伊織に借りは絶対に作らない。絶対に。絶対って言ったら絶対。
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