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第一章 出会い、出会われ、出会いつつ。
スーパースターとカチャトーラ(2)
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「――なんてことがあってさー、正直だるかった」
「それは大変だったねぇ」
放課後、調理室。奏太は星宮に昼休みの事件について愚痴を言っている。俺は二人の向かい側に座り、その話を片手間に聞きながら読書に耽っていた。
時折吹き込む春風でページが捲られるのをうざったく感じながらも、文字列を追う。
「ね、ヨツギも見てただろ。どう思う?」
「戸張がいい奴だと思った」
あそこまでパーフェクトだと嫉妬するのもおこがましく感じる。むしろ尊敬しちゃうね。
あとお前、なんだかんだでなかったことになってるけど、女の子泣かせてるからな。まぁ、女子を泣かせることに関しては俺の右に出る者はいないけどな! がはは!
「ねねね、私にいい案があるんだけど聞いてよ」
星宮がちょちょいと手招きをするので、そちらに視線を移す。俺と奏太の目線が向かれたことを確認すると、星宮はさも自信ありげに語りだした。
「戸張くんを料理部に入部させよう!」
「却下」
俺が即座に切り捨てると奏太もうんうんと頷いた。星宮はそれでも食い下がらず、不満を呈する。
「なんでさー。戸張くんと狐火くんが揃えば、怖いものないじゃん」
その未来設計図、俺の存在がなかったことになってるじゃねぇか。
「奏太であんな騒動になるんだぞ。戸張までうちに入ったらどうなるかわからん。最悪血が流れるぞ」
「そーそー。それにイオリは料理に興味ないんじゃない?」
「それはそうだけどぉ~」
トントン。扉が叩かれることによって俺たちの会話は遮られた。
「どうぞぉー」
星宮が入るように促すと、現れたのは月峰高校篭球部のジャージを着た、長身の男子。長袖を着ていてもわかる引き締まった体に、半ズボンから生えるのはエシャロットのような細長い曲線美を描く長い脚。
はにかむとえくぼが浮き出て、白い歯がLEDを反射する。お前の歯は目くらまし機能を完備しているのかよ。
部活用にかき上げられたであろう前髪は無造作ではあるが、前髪にセンターパートのようなワンポイントを作っている。
噂の戸張伊織だ。
「や、お邪魔します」
「うおお、戸張くん! 入部する⁉」
ついでみたいに勧誘すんなよ。
戸張は爽やかな笑顔で軽く会釈をして入室すると、星宮に促されるまま、俺の隣に腰掛けた。
なんだこいつめっちゃいい匂いする。まつ毛長! 肌白い! くちびるのツヤ! デコルテがエロい! マジでなんだこいつ。奏太でイケメンに慣れてなかったら鼻血出して死んでた。危ねぇ、無意識の刃が鞘から抜かれていた。
というか戸張、俺のこと知ってるのかなぁ。一回も話したことないからちょっとキマズイネ!
「イオリ、何しに来たの?」
奏太が尋ねると、戸張は頬杖をつき、「はぁ」意味ありげな息を漏らす。だからいちいち所作が艶めかしいのやめろよ。
「ちょっと小鳥遊に頼みがあって」
おっ、認知されてた! なんなのもしかして俺のこと好きなの?
こういう時は下手に出てはいけない。あくまで対等、もしくはそれ以上のつもりで、強気に行くに限る。
「ま、話くらいは聞いてやらんでもない」
戸張は俺の方に体の正面を持ってくると、清々しい笑顔でこう言った。
「俺に料理を教えてくれないか」
「無理だ。帰って」
無理難題すぎたので即答すると、奏太がははっと笑う。
「イオリー、こいつは人に教えるとか向いてないよ? というか社会生活が向いてない」
それは人として生きるのが向いていないと言っているのと同義な気がするんだけど。社会生活って、人間の最たるものよ?
「というかなんで俺に教わりたいわけ?」
尋ねると、戸張は斜め下に目線をやる。
「ちょっと母さんが風邪ひいちゃってさ。しばらく俺がごはん作らないといけなくて」
部活の仲間たち(女マネージャー)に手料理を振る舞いたいからとか、打ち上げで鍋パ(合コン)やりたいからとかだと思っていたので、意外と真面目な理由で驚いた。どうやらこの戸張という男、性格までもが美しいようだ。どこだよ非の打ち所。
「自分で言うのもあれだけど、俺よりネットで調べた方が教え方わかりやすいと思うぞ」
ネットが普及した今、料理をするハードルはかなり低くなったと言える。使いたい食材を検索するだけでも大量のレシピを発掘できるのだ。プロの料理人や料理研究家の動画なんかも、初心者が理解しやすいように編集などに工夫が施されている。
「俺は知らない人のレシピより、友達を信用してるから。小鳥遊、頼めないかな」
トモ……ダチ……? 俺と戸張、互いに認知はしてたっぽいけど話すの初めてじゃないですか。何お前、世界中みんな友達なの? 出会って二秒で友達なの?
ちらっと顔を見ると、にかっとかわいらしい笑顔が向けられる。…………断りずれぇー。
「…………えぇ、めんどいなぁ」
「「ド屑が」」
星宮と奏太が、俺を道端のタバコの吸い殻でも見るかのような目を向けてきた。戸張だけが笑ってくれていた。
「そうだよな、悪い。俺だけでなんとかしてみるよ」
戸張はそう言って席を立ち、調理室を出て行こうとする。
「待ちなぁ! 戸張くん!」
星宮が靴を脱いでテーブルの上に登った。そして腰に手を当てて声高らかに口上を述べ始める。
「私たちは天下無双の月峰高校料理部だよ。『月食上等』の下に、その相談、部長の私が請け負った!」
……まぁ、嘘は言ってない。お前、腐っても全国一位の女だもんな。月食上等は未だに意味がわからないけど。
「いいのか? 悪い、助かるよ」
「僕も手伝うわ」
奏太も立ち上がってブレザーを脱ぎ、シャツの袖を捲り始める。
「それでさー? 対価って言っちゃアレなんだけど、うちに入部してくれそうな友達とか紹介してくれない?」
星宮のやつ、抜かりない! さては最初からそれが目的だったんじゃ……。
「それは大変だったねぇ」
放課後、調理室。奏太は星宮に昼休みの事件について愚痴を言っている。俺は二人の向かい側に座り、その話を片手間に聞きながら読書に耽っていた。
時折吹き込む春風でページが捲られるのをうざったく感じながらも、文字列を追う。
「ね、ヨツギも見てただろ。どう思う?」
「戸張がいい奴だと思った」
あそこまでパーフェクトだと嫉妬するのもおこがましく感じる。むしろ尊敬しちゃうね。
あとお前、なんだかんだでなかったことになってるけど、女の子泣かせてるからな。まぁ、女子を泣かせることに関しては俺の右に出る者はいないけどな! がはは!
「ねねね、私にいい案があるんだけど聞いてよ」
星宮がちょちょいと手招きをするので、そちらに視線を移す。俺と奏太の目線が向かれたことを確認すると、星宮はさも自信ありげに語りだした。
「戸張くんを料理部に入部させよう!」
「却下」
俺が即座に切り捨てると奏太もうんうんと頷いた。星宮はそれでも食い下がらず、不満を呈する。
「なんでさー。戸張くんと狐火くんが揃えば、怖いものないじゃん」
その未来設計図、俺の存在がなかったことになってるじゃねぇか。
「奏太であんな騒動になるんだぞ。戸張までうちに入ったらどうなるかわからん。最悪血が流れるぞ」
「そーそー。それにイオリは料理に興味ないんじゃない?」
「それはそうだけどぉ~」
トントン。扉が叩かれることによって俺たちの会話は遮られた。
「どうぞぉー」
星宮が入るように促すと、現れたのは月峰高校篭球部のジャージを着た、長身の男子。長袖を着ていてもわかる引き締まった体に、半ズボンから生えるのはエシャロットのような細長い曲線美を描く長い脚。
はにかむとえくぼが浮き出て、白い歯がLEDを反射する。お前の歯は目くらまし機能を完備しているのかよ。
部活用にかき上げられたであろう前髪は無造作ではあるが、前髪にセンターパートのようなワンポイントを作っている。
噂の戸張伊織だ。
「や、お邪魔します」
「うおお、戸張くん! 入部する⁉」
ついでみたいに勧誘すんなよ。
戸張は爽やかな笑顔で軽く会釈をして入室すると、星宮に促されるまま、俺の隣に腰掛けた。
なんだこいつめっちゃいい匂いする。まつ毛長! 肌白い! くちびるのツヤ! デコルテがエロい! マジでなんだこいつ。奏太でイケメンに慣れてなかったら鼻血出して死んでた。危ねぇ、無意識の刃が鞘から抜かれていた。
というか戸張、俺のこと知ってるのかなぁ。一回も話したことないからちょっとキマズイネ!
「イオリ、何しに来たの?」
奏太が尋ねると、戸張は頬杖をつき、「はぁ」意味ありげな息を漏らす。だからいちいち所作が艶めかしいのやめろよ。
「ちょっと小鳥遊に頼みがあって」
おっ、認知されてた! なんなのもしかして俺のこと好きなの?
こういう時は下手に出てはいけない。あくまで対等、もしくはそれ以上のつもりで、強気に行くに限る。
「ま、話くらいは聞いてやらんでもない」
戸張は俺の方に体の正面を持ってくると、清々しい笑顔でこう言った。
「俺に料理を教えてくれないか」
「無理だ。帰って」
無理難題すぎたので即答すると、奏太がははっと笑う。
「イオリー、こいつは人に教えるとか向いてないよ? というか社会生活が向いてない」
それは人として生きるのが向いていないと言っているのと同義な気がするんだけど。社会生活って、人間の最たるものよ?
「というかなんで俺に教わりたいわけ?」
尋ねると、戸張は斜め下に目線をやる。
「ちょっと母さんが風邪ひいちゃってさ。しばらく俺がごはん作らないといけなくて」
部活の仲間たち(女マネージャー)に手料理を振る舞いたいからとか、打ち上げで鍋パ(合コン)やりたいからとかだと思っていたので、意外と真面目な理由で驚いた。どうやらこの戸張という男、性格までもが美しいようだ。どこだよ非の打ち所。
「自分で言うのもあれだけど、俺よりネットで調べた方が教え方わかりやすいと思うぞ」
ネットが普及した今、料理をするハードルはかなり低くなったと言える。使いたい食材を検索するだけでも大量のレシピを発掘できるのだ。プロの料理人や料理研究家の動画なんかも、初心者が理解しやすいように編集などに工夫が施されている。
「俺は知らない人のレシピより、友達を信用してるから。小鳥遊、頼めないかな」
トモ……ダチ……? 俺と戸張、互いに認知はしてたっぽいけど話すの初めてじゃないですか。何お前、世界中みんな友達なの? 出会って二秒で友達なの?
ちらっと顔を見ると、にかっとかわいらしい笑顔が向けられる。…………断りずれぇー。
「…………えぇ、めんどいなぁ」
「「ド屑が」」
星宮と奏太が、俺を道端のタバコの吸い殻でも見るかのような目を向けてきた。戸張だけが笑ってくれていた。
「そうだよな、悪い。俺だけでなんとかしてみるよ」
戸張はそう言って席を立ち、調理室を出て行こうとする。
「待ちなぁ! 戸張くん!」
星宮が靴を脱いでテーブルの上に登った。そして腰に手を当てて声高らかに口上を述べ始める。
「私たちは天下無双の月峰高校料理部だよ。『月食上等』の下に、その相談、部長の私が請け負った!」
……まぁ、嘘は言ってない。お前、腐っても全国一位の女だもんな。月食上等は未だに意味がわからないけど。
「いいのか? 悪い、助かるよ」
「僕も手伝うわ」
奏太も立ち上がってブレザーを脱ぎ、シャツの袖を捲り始める。
「それでさー? 対価って言っちゃアレなんだけど、うちに入部してくれそうな友達とか紹介してくれない?」
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