26 / 30
第26話 五百万円のボディガード
しおりを挟む
あっという間に、特殊部隊は全滅した。
全員、体力値をゼロまで削られて、行動不能になっている。ガン・ドッグスと違い、運営の人間が直接操作しているであろう彼らは、今ごろ、操作用の筐体の中で、パニックに陥っているに違いない。
ダニエルは呆然と立ち尽くしながら、レイカ=イズナのことを、驚きの眼差しで見つめている。
戦闘の最中にずれて、食い込み気味になった白いレオタードのお尻の部分を、イズナは指でクイッと引っ張って、尻肉をちゃんと包むように元に戻した。それから、キョトンとした表情で、ダニエルのことを見てきた。
「なんじゃ? 間抜けな顔をしおって」
「いや……ゲームシステム上、あんな動きで戦えるはずがないから、驚いていたんだ」
「わしも、よくわからんが、仕様らしい。リングを彩るラウンドガールゆえ、戦闘中の攻撃に巻き込まれないよう、絶対回避のスキルが備わっているとのことじゃが、まさか、ここまで無敵の力を発揮するとは思ってもいなかった」
「何者なんだ、お前は」
「ふむ……」
イズナは、しげしげとダニエルのことを観察した。
「お主は、条件次第では口を割る人間じゃからのう。本当のことを話すわけにはいかん。が、ちょっとは教えてやってもいいぞ。このアバターは、実は借り物なのじゃ」
「借り物……?」
「本来なら運営の者が操作するはずなのじゃが、なぜか、わしが操作できておる。図らずも、乗っ取ってしまったようなものじゃな」
「ハッキングした、ということか?」
「意図してそのようなことをしているわけではない。全ては、偶然じゃ」
「わからない。そんなことが起こりうるのか?」
「現に起きているのじゃから、のう」
そこで、イズナは口元に手を当てて、何か考え込み始めた。チラチラと、時おり、ダニエルのことを見ている。
やがて、何か心に決めたようで、うん、と頷いた。
「お主、これからどうするつもりじゃ? 運営を相手に、裏切ったではないか。ゲーム世界ゆえ、すでにバレておるじゃろう」
「ああ。契約は破棄になるだろうな」
「では、ひとつ協力してくれんかの。もちろん、報酬は支払う。今度はわしと契約してもらいたい」
「別に構わないが……何を、俺に頼むつもりだ?」
「その強さを見込んでの、依頼じゃ。これからも、様々な敵がわしを襲ってくるじゃろうが、正直、いちいち相手にしているのは骨が折れる。そこで、お主にボディガードを頼みたいのじゃ」
「なるほど。いいぞ、引き受けても。暗殺業だけでなく、要人警護も、得意中の得意だ。ただし、報酬は前払いでお願いしたいな」
「あ」
イズナはコツンと、自分の頭を叩いた。
「ゲーム内通貨のWPを、わしは持っていない……持てないんじゃった」
「馬鹿言うな。WPなんて、現実世界で何の役にも立たない。日本円でも、ユーロでも、なんでもいい。現実に使える金で報酬を支払ってもらおうか」
「いくら支払えばいいのじゃ?」
「ボディガードなら、一週間の警護で、五百万円だな」
「おお……随分と取るのじゃのう」
「その代わり、確実に守ってみせる。文句は言わせないぞ」
「ちょっと待ってくれ、少し相談してみる」
「相談?」
「このアバターの本来の持ち主に、じゃ」
そう断ってから、イズナはダニエルに背を向けて、ダイレクトに限定通信でナナへと連絡を入れる。
『聞いておったじゃろう? 五百万円用意できるかの?』
『できるわけないでしょ! バッカじゃないの⁉』
すぐに、ナナの怒鳴り声が飛び込んできた。
『五百万円なんて、私の貯金の全額よ! ふざけないでよ!』
『じゃが、それで、このアバターを守り切ることができるぞ』
『あのねえ! いまさら、何を言ってるのよ! 散々、運営を敵に回すような行為をして、この先どうやって宝条院レイカのアバターを守るって言うのよ!』
『それについては、平気じゃと思うぞ』
『平気⁉ 何がよ!』
『少なくとも、運営がその気になれば、強制的にデータを削除することも出来るはずじゃ。あるいは、本体であるお主に直接警告を発してくるはず。それをせんということは、何か、理由があるに違いない』
『……確かに、言われてみれば』
『わしの読みでは、運営は、わしのことを試している気がする』
『試している?』
『おそらく、薄々勘付いているのではないじゃろうか。わしがこの宝条院レイカのアバターを乗っ取っている、ということに』
『まさか』
『で、どうするつもりじゃ? 五百万円を出すのか、出さんのか? 言っておくが、これは大事な局面じゃぞ。お主の未来にも関わってくる』
『う~~!』
ナナは唸り声を上げた。
それから、さらに五分ほど、イズナは限定通信を続けた。
根気強く待ち続けていたダニエルだったが、さすがにしびれを切らして、トントン、とイズナの肩を叩いた。
「おい、話はついたのか?」
「ちょうどいま、交渉は終わったところじゃ」
「それで? 金は用意できそうなのか?」
「五百万円。いまは夜じゃから銀行の処理は出来んが、明日、必ず振り込もう」
「グッド。それならば、ダイレクトメッセージで振込方法を教える。入金を確認次第、そこから一週間、ボディガードをしよう。追加で頼むなら、さらに五百万円ごとに一週間だ」
「大丈夫、そこまで護衛してもらう必要は無い」
「ほう? なぜだ?」
「トーナメントに参加するからじゃよ」
イズナはニヤリと笑った。
「予選は、五日後に開始される。一度トーナメントが始まってしまえば、運営も下手に手を出せまい。そうなれば、お主の手を煩わせる必要も無くなる」
「どうしてトーナメントに参加する? WPを得られない運営アバターのお前に、メリットは無いだろう?」
「まあ、色々あってのう」
そう、言葉を濁すイズナに対して、ダニエルは「?」と首を傾げた。
全員、体力値をゼロまで削られて、行動不能になっている。ガン・ドッグスと違い、運営の人間が直接操作しているであろう彼らは、今ごろ、操作用の筐体の中で、パニックに陥っているに違いない。
ダニエルは呆然と立ち尽くしながら、レイカ=イズナのことを、驚きの眼差しで見つめている。
戦闘の最中にずれて、食い込み気味になった白いレオタードのお尻の部分を、イズナは指でクイッと引っ張って、尻肉をちゃんと包むように元に戻した。それから、キョトンとした表情で、ダニエルのことを見てきた。
「なんじゃ? 間抜けな顔をしおって」
「いや……ゲームシステム上、あんな動きで戦えるはずがないから、驚いていたんだ」
「わしも、よくわからんが、仕様らしい。リングを彩るラウンドガールゆえ、戦闘中の攻撃に巻き込まれないよう、絶対回避のスキルが備わっているとのことじゃが、まさか、ここまで無敵の力を発揮するとは思ってもいなかった」
「何者なんだ、お前は」
「ふむ……」
イズナは、しげしげとダニエルのことを観察した。
「お主は、条件次第では口を割る人間じゃからのう。本当のことを話すわけにはいかん。が、ちょっとは教えてやってもいいぞ。このアバターは、実は借り物なのじゃ」
「借り物……?」
「本来なら運営の者が操作するはずなのじゃが、なぜか、わしが操作できておる。図らずも、乗っ取ってしまったようなものじゃな」
「ハッキングした、ということか?」
「意図してそのようなことをしているわけではない。全ては、偶然じゃ」
「わからない。そんなことが起こりうるのか?」
「現に起きているのじゃから、のう」
そこで、イズナは口元に手を当てて、何か考え込み始めた。チラチラと、時おり、ダニエルのことを見ている。
やがて、何か心に決めたようで、うん、と頷いた。
「お主、これからどうするつもりじゃ? 運営を相手に、裏切ったではないか。ゲーム世界ゆえ、すでにバレておるじゃろう」
「ああ。契約は破棄になるだろうな」
「では、ひとつ協力してくれんかの。もちろん、報酬は支払う。今度はわしと契約してもらいたい」
「別に構わないが……何を、俺に頼むつもりだ?」
「その強さを見込んでの、依頼じゃ。これからも、様々な敵がわしを襲ってくるじゃろうが、正直、いちいち相手にしているのは骨が折れる。そこで、お主にボディガードを頼みたいのじゃ」
「なるほど。いいぞ、引き受けても。暗殺業だけでなく、要人警護も、得意中の得意だ。ただし、報酬は前払いでお願いしたいな」
「あ」
イズナはコツンと、自分の頭を叩いた。
「ゲーム内通貨のWPを、わしは持っていない……持てないんじゃった」
「馬鹿言うな。WPなんて、現実世界で何の役にも立たない。日本円でも、ユーロでも、なんでもいい。現実に使える金で報酬を支払ってもらおうか」
「いくら支払えばいいのじゃ?」
「ボディガードなら、一週間の警護で、五百万円だな」
「おお……随分と取るのじゃのう」
「その代わり、確実に守ってみせる。文句は言わせないぞ」
「ちょっと待ってくれ、少し相談してみる」
「相談?」
「このアバターの本来の持ち主に、じゃ」
そう断ってから、イズナはダニエルに背を向けて、ダイレクトに限定通信でナナへと連絡を入れる。
『聞いておったじゃろう? 五百万円用意できるかの?』
『できるわけないでしょ! バッカじゃないの⁉』
すぐに、ナナの怒鳴り声が飛び込んできた。
『五百万円なんて、私の貯金の全額よ! ふざけないでよ!』
『じゃが、それで、このアバターを守り切ることができるぞ』
『あのねえ! いまさら、何を言ってるのよ! 散々、運営を敵に回すような行為をして、この先どうやって宝条院レイカのアバターを守るって言うのよ!』
『それについては、平気じゃと思うぞ』
『平気⁉ 何がよ!』
『少なくとも、運営がその気になれば、強制的にデータを削除することも出来るはずじゃ。あるいは、本体であるお主に直接警告を発してくるはず。それをせんということは、何か、理由があるに違いない』
『……確かに、言われてみれば』
『わしの読みでは、運営は、わしのことを試している気がする』
『試している?』
『おそらく、薄々勘付いているのではないじゃろうか。わしがこの宝条院レイカのアバターを乗っ取っている、ということに』
『まさか』
『で、どうするつもりじゃ? 五百万円を出すのか、出さんのか? 言っておくが、これは大事な局面じゃぞ。お主の未来にも関わってくる』
『う~~!』
ナナは唸り声を上げた。
それから、さらに五分ほど、イズナは限定通信を続けた。
根気強く待ち続けていたダニエルだったが、さすがにしびれを切らして、トントン、とイズナの肩を叩いた。
「おい、話はついたのか?」
「ちょうどいま、交渉は終わったところじゃ」
「それで? 金は用意できそうなのか?」
「五百万円。いまは夜じゃから銀行の処理は出来んが、明日、必ず振り込もう」
「グッド。それならば、ダイレクトメッセージで振込方法を教える。入金を確認次第、そこから一週間、ボディガードをしよう。追加で頼むなら、さらに五百万円ごとに一週間だ」
「大丈夫、そこまで護衛してもらう必要は無い」
「ほう? なぜだ?」
「トーナメントに参加するからじゃよ」
イズナはニヤリと笑った。
「予選は、五日後に開始される。一度トーナメントが始まってしまえば、運営も下手に手を出せまい。そうなれば、お主の手を煩わせる必要も無くなる」
「どうしてトーナメントに参加する? WPを得られない運営アバターのお前に、メリットは無いだろう?」
「まあ、色々あってのう」
そう、言葉を濁すイズナに対して、ダニエルは「?」と首を傾げた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
鉄錆の女王機兵
荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。
荒廃した世界。
暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。
恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。
ミュータントに攫われた少女は
闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ
絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。
奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。
死に場所を求めた男によって助け出されたが
美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。
慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。
その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは
戦車と一体化し、戦い続ける宿命。
愛だけが、か細い未来を照らし出す。
NPCが俺の嫁~リアルに連れ帰る為に攻略す~
ゆる弥
SF
親友に誘われたVRMMOゲーム現天獄《げんてんごく》というゲームの中で俺は運命の人を見つける。
それは現地人(NPC)だった。
その子にいい所を見せるべく活躍し、そして最終目標はゲームクリアの報酬による願い事をなんでも一つ叶えてくれるというもの。
「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」
「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」
こんなヤバいやつの話。
ヒトの世界にて
ぽぽたむ
SF
「Astronaut Peace Hope Seek……それが貴方(お主)の名前なのよ?(なんじゃろ?)」
西暦2132年、人々は道徳のタガが外れた戦争をしていた。
その時代の技術を全て集めたロボットが作られたがそのロボットは戦争に出ること無く封印された。
そのロボットが目覚めると世界は中世時代の様なファンタジーの世界になっており……
SFとファンタジー、その他諸々をごった煮にした冒険物語になります。
ありきたりだけどあまりに混ぜすぎた世界観でのお話です。
どうぞお楽しみ下さい。
宇宙戦艦三笠
武者走走九郎or大橋むつお
SF
ブンケン(横須賀文化研究部)は廃部と決定され、部室を軽音に明け渡すことになった。
黎明の横須賀港には静かに記念艦三笠が鎮座している。
奇跡の三毛猫が現れ、ブンケンと三笠の物語が始まろうとしている。
Night Sky
九十九光
SF
20XX年、世界人口の96%が超能力ユニゾンを持っている世界。この物語は、一人の少年が、笑顔、幸せを追求する物語。すべてのボカロPに感謝。モバスペBOOKとの二重投稿。
スタートレック クロノ・コルセアーズ
阿部敏丈
SF
第一次ボーグ侵攻、ウルフ359の戦いの直前、アルベルト・フォン・ハイゼンベルク中佐率いるクロノ・コルセアーズはハンソン提督に秘密任務を与えられる。
これはスタートレックの二次作品です。
今でも新作が続いている歴史の深いSFシリーズですが、自分のオリジナルキャラクターで話を作り本家で出てくるキャラクターを使わせて頂いています。
新版はモリソンというキャラクターをもう少し踏み込んで書きました。
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる