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第21話 モニカ・ユン
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一方その頃。
ゲーム世界にログインした雷蔵は、ヘキカと会い、情報を聞き出していた。
知りたいのは、イズナが操っていると思われる、運営側のアバターのことである。まさかとは思うが、思い込みは禁物だと雷蔵は思っている。
もしかしたら、あの廃遊園地で殺したイズナは、実は身代わりだったのかもしれない。どう考えてもイズナ本人と思われる強さを誇っていたが、一度疑い出すと、確信をもって、あれが本物だったとは言いがたくなってくる。
だから、先入観を捨てて、ヘキカの話を聞こうと思った。
結果、ヘキカは、運営側のアバターはただのラウンドガールであって、イズナとは全然関係ない、という話をしてきた。
嘘だ、と雷蔵は直感で、そう思った。
確証があるわけではないが、雷蔵は自分の勘の鋭さを信じている。その自分が、ヘキカが嘘をついていると読んだので、その通りだろうと思った。
「調べてくれて、礼を言う」
とりあえず、ヘキカの話を信じたフリを装った。あとは、彼女を泳がせていれば、自然とイズナに辿り着くに違いない。
そう、イズナは生きている。
やはり廃遊園地で殺したのは、偽者だった。あのイズナのことだから、影武者を密かに養成していたことだって考えられる。
(くくく、やるじゃないか、イズナ)
雷蔵が双天にアクセスするために使っている筐体は、最新式のカプセル型マシンである。全身を覆う流動体が、微弱な信号も感知して、ゲーム世界のアバターにも反映させる。それは、アバター自体の見た目を現実世界の自分とそっくりにさせるだけでなく、表情や、筋肉の微細な動きも、生々しく再現してくれるということである。
だから、雷蔵はヘキカに背を向けて、見えないように口の端を歪めている。自分の邪悪な笑みを見られたら、きっとヘキカは、思惑に勘付いてしまうだろう、と思ってのことだった。
(俺は嬉しいぞ。あんな程度でお前に死なれたら、人生の楽しみが減ってしまうからな。また戦えるかと思うと、どうしようもなく興奮してくる)
さて、ここから先をどうするか、である。
おそらく、ヘキカのことだから、敬愛する兄貴分であるイズナに、自分の来訪を伝えていたことだろう。そうなると、イズナはきっと警戒しているはずだ。接近するのは容易ではなくなる。
何よりも、このゲーム世界でイズナを倒したところで、意味がない。それはアバターを倒すことでしかないので、イズナを殺すことにはつながらない。
上手いこと、イズナのアバターに接近して、なんとか情報を引き出し、奴の居所を探り当てる。そうして、現実世界で、イズナを殺す。
そのためには、現実世界と同じ外見をしている、この雷蔵アバターでは意味がない。別のアバターを使うしかない。
幸い、雷蔵にはもう一体のアバターがある。
本来であれば一人につき一アカウントという制限があり、二体のアバターをもつことはBANの対象となる。バレたらジャッジメントがやって来て、一瞬で消し炭にしてしまうことだろう。
だけど、雷蔵は例外的に、もう一体のアバターを持つことが許されている。
(俺には運営が味方についている)
この恵まれた条件であれば、イズナのことをあぶり出すのもわけない、と思っていた。
「ヘキカ、それでは、俺はこれで双天から去る。お前も、ゲームの世界にどっぷりハマらないよう、適度に距離を取れよ」
「はい、気を付けます」
素直に頭を下げるヘキカを見て、雷蔵は思わず笑みがこぼれそうになるのを、なんとかこらえた。
この間抜けめ。お前が嘘をついていることは、見抜いているんだぞ。
その思いを、胸の内にしまい――雷蔵は、一旦現実世界へと戻った。
※ ※ ※
プシュウウ、と音を立てて、カプセル型筐体の蓋が開かれる。
中に納まっていた雷蔵は、全身を少しずつ現実世界へと馴染ませながら、ゆっくりと外へ出た。没入感が高い分、現実へ戻ってきた時の妙に浮ついた感覚は、いまだに慣れることがない。
長い黒髪をかき上げ、ふう、とため息をつく。
すぐに、もともと細い鷹のような目を、さらに鋭くさせて、マシンルームから廊下へと出た。
LEDライトに照らし出された真っ白な廊下を、制服を着た職員達がせわしなく行き交っている。
ここは、双天戯有限公司の日本支社内である。
訳あって、雷蔵はこの会社に雇われ、定期的に双天の世界へと潜っている。
「さて……白黒ハッキリさせないとな」
イズナが操っていると思われるアバター、宝条院レイカに、別のアバターで接触を図るつもりだ。しかし、その前に、一応試しておきたいことがあった。
それは、直接運営側に、宝条院レイカを、いま誰が操作しているのか尋ねることだ。
広大な企業ビルの中を、長い時間かけて進んでいき、最上階の中央端にある部屋へと雷蔵は辿り着いた。
そこは、社長室。
日本支社の支社長室、ではない。双天戯有限公司本体の社長である、モニカ・ユンが日本へ来た時に使用する、社長室である。
コンコン、とドアをノックする。そんなことするまでもなく、部屋はガラス張りになっているから、向こう側にモニカがいるのは見えている。だが、いきなりドアを開ける無作法なことをするわけにはいかない。クライアント様の機嫌を損ねてはならない。
「どうぞ、開いているわ」
流暢な日本語で、モニカは声をかけてきた。
中に入った雷蔵は、開口一番、モニカに用件を伝えた。
「双天の中に不穏な動きを見せているアバターがいる。俺達の邪魔になるかもしれない。場合によっては始末するから、誰が操作しているか調べてほしい。運営側のアバターだ」
その言葉を聞いたモニカは、振り返ることなく、
「却下」
と返してきた。
「なぜだ」
「運営のアバターを誰が操作しているかは、トップシークレットよ。たとえあなたでも、それは教えられない」
「俺達のやっていることがバレるかもしれないんだぞ」
「冗談を言わないで。情報保護は完璧に行っている。万が一にも、私達のことが漏れる恐れはないわ」
そこで、モニカは初めて、雷蔵のほうを向いてきた。
爆発しそうな巨乳を持ち、ブラウスの胸元はわざと開けて、胸の谷間を見せている。厚ぼったい唇からは、香り立つような色気が漂っている。それでいて、理知的な目つきをしており、高い知性を感じさせる風貌だ。イギリス人と中国人のハーフだという彼女は、そのポニーテールの髪は金色に輝いており、瞳は碧眼。それでありながら、顔つきはアジア風である。
170センチの雷蔵よりも5センチほど背が高いモニカは、雷蔵の目の前まで近付くと、上から見下ろすような形で、ジッと見つめてきた。
「とにかく、あなたは余計なことに気を回さないで、自分のすべきことをしてちょうだい」
「……了解」
雷蔵は内心舌打ちをしながら、社長室を離れた。
交渉は失敗だった。ならば、自分で何とかするしかない。
(待ってろよ、イズナ。必ず、お前の居場所をあぶり出してやる……!)
強い対抗心とともに、再び、雷蔵はマシンルームへと向かうのであった。
ゲーム世界にログインした雷蔵は、ヘキカと会い、情報を聞き出していた。
知りたいのは、イズナが操っていると思われる、運営側のアバターのことである。まさかとは思うが、思い込みは禁物だと雷蔵は思っている。
もしかしたら、あの廃遊園地で殺したイズナは、実は身代わりだったのかもしれない。どう考えてもイズナ本人と思われる強さを誇っていたが、一度疑い出すと、確信をもって、あれが本物だったとは言いがたくなってくる。
だから、先入観を捨てて、ヘキカの話を聞こうと思った。
結果、ヘキカは、運営側のアバターはただのラウンドガールであって、イズナとは全然関係ない、という話をしてきた。
嘘だ、と雷蔵は直感で、そう思った。
確証があるわけではないが、雷蔵は自分の勘の鋭さを信じている。その自分が、ヘキカが嘘をついていると読んだので、その通りだろうと思った。
「調べてくれて、礼を言う」
とりあえず、ヘキカの話を信じたフリを装った。あとは、彼女を泳がせていれば、自然とイズナに辿り着くに違いない。
そう、イズナは生きている。
やはり廃遊園地で殺したのは、偽者だった。あのイズナのことだから、影武者を密かに養成していたことだって考えられる。
(くくく、やるじゃないか、イズナ)
雷蔵が双天にアクセスするために使っている筐体は、最新式のカプセル型マシンである。全身を覆う流動体が、微弱な信号も感知して、ゲーム世界のアバターにも反映させる。それは、アバター自体の見た目を現実世界の自分とそっくりにさせるだけでなく、表情や、筋肉の微細な動きも、生々しく再現してくれるということである。
だから、雷蔵はヘキカに背を向けて、見えないように口の端を歪めている。自分の邪悪な笑みを見られたら、きっとヘキカは、思惑に勘付いてしまうだろう、と思ってのことだった。
(俺は嬉しいぞ。あんな程度でお前に死なれたら、人生の楽しみが減ってしまうからな。また戦えるかと思うと、どうしようもなく興奮してくる)
さて、ここから先をどうするか、である。
おそらく、ヘキカのことだから、敬愛する兄貴分であるイズナに、自分の来訪を伝えていたことだろう。そうなると、イズナはきっと警戒しているはずだ。接近するのは容易ではなくなる。
何よりも、このゲーム世界でイズナを倒したところで、意味がない。それはアバターを倒すことでしかないので、イズナを殺すことにはつながらない。
上手いこと、イズナのアバターに接近して、なんとか情報を引き出し、奴の居所を探り当てる。そうして、現実世界で、イズナを殺す。
そのためには、現実世界と同じ外見をしている、この雷蔵アバターでは意味がない。別のアバターを使うしかない。
幸い、雷蔵にはもう一体のアバターがある。
本来であれば一人につき一アカウントという制限があり、二体のアバターをもつことはBANの対象となる。バレたらジャッジメントがやって来て、一瞬で消し炭にしてしまうことだろう。
だけど、雷蔵は例外的に、もう一体のアバターを持つことが許されている。
(俺には運営が味方についている)
この恵まれた条件であれば、イズナのことをあぶり出すのもわけない、と思っていた。
「ヘキカ、それでは、俺はこれで双天から去る。お前も、ゲームの世界にどっぷりハマらないよう、適度に距離を取れよ」
「はい、気を付けます」
素直に頭を下げるヘキカを見て、雷蔵は思わず笑みがこぼれそうになるのを、なんとかこらえた。
この間抜けめ。お前が嘘をついていることは、見抜いているんだぞ。
その思いを、胸の内にしまい――雷蔵は、一旦現実世界へと戻った。
※ ※ ※
プシュウウ、と音を立てて、カプセル型筐体の蓋が開かれる。
中に納まっていた雷蔵は、全身を少しずつ現実世界へと馴染ませながら、ゆっくりと外へ出た。没入感が高い分、現実へ戻ってきた時の妙に浮ついた感覚は、いまだに慣れることがない。
長い黒髪をかき上げ、ふう、とため息をつく。
すぐに、もともと細い鷹のような目を、さらに鋭くさせて、マシンルームから廊下へと出た。
LEDライトに照らし出された真っ白な廊下を、制服を着た職員達がせわしなく行き交っている。
ここは、双天戯有限公司の日本支社内である。
訳あって、雷蔵はこの会社に雇われ、定期的に双天の世界へと潜っている。
「さて……白黒ハッキリさせないとな」
イズナが操っていると思われるアバター、宝条院レイカに、別のアバターで接触を図るつもりだ。しかし、その前に、一応試しておきたいことがあった。
それは、直接運営側に、宝条院レイカを、いま誰が操作しているのか尋ねることだ。
広大な企業ビルの中を、長い時間かけて進んでいき、最上階の中央端にある部屋へと雷蔵は辿り着いた。
そこは、社長室。
日本支社の支社長室、ではない。双天戯有限公司本体の社長である、モニカ・ユンが日本へ来た時に使用する、社長室である。
コンコン、とドアをノックする。そんなことするまでもなく、部屋はガラス張りになっているから、向こう側にモニカがいるのは見えている。だが、いきなりドアを開ける無作法なことをするわけにはいかない。クライアント様の機嫌を損ねてはならない。
「どうぞ、開いているわ」
流暢な日本語で、モニカは声をかけてきた。
中に入った雷蔵は、開口一番、モニカに用件を伝えた。
「双天の中に不穏な動きを見せているアバターがいる。俺達の邪魔になるかもしれない。場合によっては始末するから、誰が操作しているか調べてほしい。運営側のアバターだ」
その言葉を聞いたモニカは、振り返ることなく、
「却下」
と返してきた。
「なぜだ」
「運営のアバターを誰が操作しているかは、トップシークレットよ。たとえあなたでも、それは教えられない」
「俺達のやっていることがバレるかもしれないんだぞ」
「冗談を言わないで。情報保護は完璧に行っている。万が一にも、私達のことが漏れる恐れはないわ」
そこで、モニカは初めて、雷蔵のほうを向いてきた。
爆発しそうな巨乳を持ち、ブラウスの胸元はわざと開けて、胸の谷間を見せている。厚ぼったい唇からは、香り立つような色気が漂っている。それでいて、理知的な目つきをしており、高い知性を感じさせる風貌だ。イギリス人と中国人のハーフだという彼女は、そのポニーテールの髪は金色に輝いており、瞳は碧眼。それでありながら、顔つきはアジア風である。
170センチの雷蔵よりも5センチほど背が高いモニカは、雷蔵の目の前まで近付くと、上から見下ろすような形で、ジッと見つめてきた。
「とにかく、あなたは余計なことに気を回さないで、自分のすべきことをしてちょうだい」
「……了解」
雷蔵は内心舌打ちをしながら、社長室を離れた。
交渉は失敗だった。ならば、自分で何とかするしかない。
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