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第27話 捕縛

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 甲州街道に出たところで、目の前に青いワゴンが停車した。

「蓮実ちゃん、大丈夫⁉」
「おば、さん?」

 ウィンドウから顔を出してきたおばに、蓮実は目を丸くする。この状況ですぐに現れたということは、考えられることはただひとつ。

「おばさんも、夜刀神の一族なの?」
「まあ、そういうことにしておいてちょうだい」

 何やら含みのある言い方だったが、涼夜に背中を叩かれたことで、まだ安心して話していられるような時ではないと思い出した。

 ワゴンのドアがスライドし、後部座席に乗り込めるようになる。

「乗って。まずはここから離れるわ」

 おばに促され、蓮実は急いで車の中に入った。

 が、涼夜はついてこない。

「桐江君? どうしたの、早く――」
「それは無理よ」

 運転席からおばの冷たい声が聞こえてきた。

「なんで⁉ だって、彼は私を助けてくれた。彼がいなかったら、私、死んでた。だからお願い、おばさん。乗せてあげて」
「元主戦派を信用しろと?」

 おばの声が震えている。

「夜刀神はね、蓮実ちゃん、一枚岩じゃないの。主戦派と、穏健派に分かれている。私や俊雄さん――あなたの叔父さん――は、穏健派。彼は主戦派。そして、俊雄さんは、主戦派に殺された。彼は、その計画を知っていた。だけど止めようとしなかった。いくらでも助ける方法はあったのに。確かに蓮実ちゃんを守ってくれたかもしれないけど、それすらも、罠の内だったら?」
「だって、私を守るため、直前まで裏切るのを耐えてたって」
「いいよ、長峯さん。言われても仕方がない。僕は事実、君の叔父さんを見殺しにした」

 涼夜は弁解することなく、ただ哀しげに眉を垂れた。

「主戦派の一員として、悪いことだってしてきた。それが正しいことだと信じていた時期もあった。だから、きっと穏健派の人達には信用してもらえないかもしれない」

 駅の方が騒然となる。悲鳴も聞こえる。何かが、近付いてくる。

「でもね、アラハバキの姫。人は自分に与えられた使命を知った時、いくらでも過去を捨てることが出来る。それは、全てを赦して、この国と共に生きていこうと誓ったあなたなら、よくわかるんじゃないですか?」

 おばはしばし黙った。スライドドアの操作スイッチに指を伸ばしたまま、涼夜を睨んでいる。

 南口改札から人々が飛び出してきた。間を縫って、アマツイクサが四人ほど、アサルトライフルを構えながら小走りで接近してくる。

「僕は心を入れ替えた。長峯さんのためなら、この身を捨てても構わない。それだけの覚悟でこの闘いに臨んでいる。何よりも、彼女のお父さんの手記は――」

 と、涼夜は話すのを中断して、一度後方へと退いた。

 迫ってきていたアマツイクサ隊員達の中心に飛び込み、左右二名の隊員を一気に蹴りだけで倒すと、アサルトライフルで狙ってきた三人目の懐に飛び込み、ボディーブローからのアッパーカットというコンビネーションを叩きつける。しかし、二発目のアッパーが弱かったのか、相手は倒れる寸前で踏みとどまった。

「!」

 アサルトライフルの引き金が引かれた瞬間、涼夜は受身を取り、敵の背後へと転がった。遅れて、もと涼夜がいた場所の地面を、無数の銃弾が抉り取った。

 背後から、涼夜は蹴りを放つ。三人目のアマツイクサ隊員はよく粘ったほうだったが、後頭部に受けた足刀の一撃で、惜しくもリタイアとなった。

 前のめりに倒れる隊員を見ながら、涼夜は周囲を見回した。

「四人目――」

 眉をひそめる。四人目の姿が見えない。

 が、遠くから見ていた蓮実には、何が起きているのかよくわかっている。

「桐江君、上っ!」

 涼夜は顔を上げた。

 頭上から、日本刀を振りかぶったアマツイクサ隊員が落下してくる。

 咄嗟にサイドステップで攻撃をかわした。構わず、隊員は落下しながらの縦一文字斬りを繰り出した。重力が加わっての強力な斬撃が、地面に亀裂を作る。避けなければ、体が真っ二つになっていた。

「誰――⁉」

 明らかに他の隊員とは違う動き。そして、麻多智刀子の剣技とも違う。涼夜は戸惑い、僅かに動きに遅れが出た。それがいけなかった。

 日本刀を持った隊員は、片手で銃を取り出すと、発砲した。

 飛び出したのは銃弾ではない。ネットだ。空中で広がり、涼夜の全身を覆う。素材が頑丈なのか、いくら涼夜が力を込めても、網の目を広げることすら敵わない。

 そして、捉われの身となった涼夜の肩に、敵の刃が突き刺さった。激痛で涼夜は叫んだ。

「桐江君!」

 蓮実は車の外に飛び出そうとした。

 が、スライドドアが閉まる。開けようとしても、セーフティロックが働いているのか、ビクともしない。

「おばさんっ⁉」

 悲鳴に近い叫び声を上げ、運転席に掴みかかった。

「どうして⁉ 開けて、ドアを開けて! 桐江君が死んじゃう!」
「その前に私達が殺されるわ」
「ひどい! 何度も言ったじゃない! 彼は私のこと――!」
「自業自得なの。申し訳ないけど、いくら私でも、あの子のことを信用するわけにはいかない」

 振り返ったおばの目は、充血していた。

「わかって。私だけじゃないの、この問題は」

 ワゴンは発進する。

 生きているのか、死んでいるのか、ネットに包まれてうなだれている涼夜を見殺しにして、蓮実達は新宿駅から離れていった。
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