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第93話 喋るドラゴン

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 砂漠の上を、ノワールは超高速で飛行していく。矢が空間を貫くかの如く、鋭く、まっすぐに。誰も追いつけないスピードだ。

 ベルトで鞍に固定されているから、そう簡単には振り落とされない。それでも、凄まじい衝撃で、ニハルは意識が吹っ飛びそうになる。

「ミ、ミカちゃん! 何とかならないの⁉」
「制御しようとしているんですけど、全然、言うことを聞いてくれなくって!」

 どこへ向かっているのか、当てもなく飛んでいるのか、ノワールは一切止まること無く、飛び続けている。何度も、ミカはノワールの体を叩いて、命令を聞かせようとしているが、まったく通じない。

「ノワール! 何を考えてるの⁉ ノワール、お願い、ノワール!」

 何度目かになる、ミカの呼びかけを受けた瞬間、突然、ノワールは急ブレーキをかけて、空中に浮かんだまま飛行を止めた。

「ノワール……?」
「やかましいぞ、人間」

 いきなりの人語に、ミカも、ニハルも、ギョッとして目を丸くする。その声は、紛れもなく、ノワールの喉奥から発せられたものだ。

「ノワール、人の言葉がわかるの⁉」
「面倒だから、隠していたが、ああ、よくわかるさ。お前達が何を望んでいるのか、俺に何をしてほしいのか、よくわかっている。だが、そんなことは俺には関係ない」

 ミカとニハルは、互いの顔を見合わせた。

 これは、チャンスかもしれない。人語を解すのであれば、説得や交渉が可能となってくる。やりようによっては、完全に味方につけることも出来るかもしれない。

「ねえ、ノワール。私、どうしてもドラゴンレースに出ないといけないの。力を貸してくれない?」

 ニハルの懇願に対して、ノワールは冷たい眼差しをギョロリと向けてきた。

「断る。なぜ俺が、人間のために尽力しないといけないのだ」
「お礼はちゃんとするから。ね?」
「俺が望むのは、ブランだけだ。あいつに、俺の子を孕ませることさえ出来れば、他は何も要らない。それとも、人間、お前に何か出来るというのか?」
「う、うーん……そう言われても、こればかりは相手の気持ちもあることだし……」

 そんなやり取りをしていると、まさにそのブランが猛スピードで飛んできて、追いついた。

「来たか、ブラン」

 ノワールの言葉に対して、ブランは少しばかり目を丸くした後、彼女もまた人語を発した。

「ノワール、人の言葉を使っているのですか?」

 涼やかで、理知的な女性の声だ。

「意思の疎通の必要に迫られてな。あまりにも面倒だったから、こいつらに合わせてやった」
「では、この方々の望みについても理解しているでしょう。なぜ、協力しないのですか」
「ハッ! 人間のために、なぜ力を貸さないといけない? 忘れたのか、ブラン。俺達が過去に、どれだけ人間どもに酷い目に遭わされてきたか」
「忘れてはいません。いませんが、傷つき倒れている私達のことを救ってくれたのもまた、人間ではないですか」
「もちろん、ミカに対して恩義は感じているさ。だからと言って、他の人間を助けてやる義理は無い」

 ノワールとブランが人間の言葉で会話しているのを見て、チェロとユナも仰天している。それ以上のリアクションを取れず、ただ黙って、二頭の竜が話しているのを見守ることしか出来ない。

「ねえ、ノワール。あなた達に何があったの? 人間に酷いことされた、っていう話だけど」
「俺とブランは、もともと、生まれた時から、ある帝国の実験施設に入れられていた。そこで人間の言葉も無理やり教え込まされた。まるで物扱いだったさ。意思と魂を持った存在とはみなされていなかった」
「帝国……?」

 ニハルは眉をひそめた。

 もしかして、その帝国とは……

「それって、ガルズバル帝国のこと?」
「ああ、そうだ。よくわかったな」
「ろくでもない実験をしそうなところ、って言ったら、あの国しか思いつかなかったから」

 光明が見えてきた。敵の敵は、味方である。

「ねえ、ノワール。私も、ガルズバル帝国と戦っているの。きっと、今日のドラゴンレースにも参戦してくるはず。帝国領内の選りすぐりのドラゴンを投入してくるだろうから、確実に、優勝候補だわ。あいつらに勝たせてしまっても、いいの?」
「……それは、面白くないな」

 ノワールは食いついてきた。

 チャンスとばかりに、ニハルは畳みかける。

「ね、面白くないでしょ。私はあいつらに勝たせたくないの。ガルズバル帝国より上の順位について、なおかつトップを取りたい。そのためには、あなたの力が必要なの、ノワール。それとも、自信ない?」
「なめるな。俺はどのドラゴンにも負けない」

 ニハルの挑発に、ノワールはまんまと引っかかった。牙を剥き出して、グルルルと唸り声を上げる。

「じゃあ、戦おうよ! それで、ガルズバル帝国にギャフンと言わせるの!」

 それから、さらにダメ押しのひと言を放った。

「いいところ見せたら、ブランもあなたのこと、認めてくれるかもよ」

 急に自分の名前を出されて、ブランは「え?」と目を丸くした。そんな彼女に対して、ニハルは目配せして、(合わせて! 合わせて!)と念を飛ばす。

「ええ、まあ、この人達のために頑張ってくれたら、少しは見直すかもしれませんね」

 思いは通じたか、ブランは渋々ながら、同調してくれた。

 それで、ノワールの心は決まったようだ。

「よし、いいだろう。お前に協力してやる。ありがたく思え」

 こうして、あらためて、レースのスタート地点であるダマヴァント山脈を目指して、一行は移動を開始したのであった。
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