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第90話 ドラゴンレースに向けての準備
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カジノの中庭に行くと、ちょうど、ミカがブランとノワールの世話をしてくれているところだった。大きなブラシを使って、毛並みを整えている。時おり、ノワールがブランにちょっかいをかけようとするのを、「こらっ」とミカは注意する。
ニハルはライカと一緒に、ミカに近寄り、声をかけた。
「やっほー、ミカちゃん。ちょっと頼みがあるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
首を傾げるミカに、ニハルは、ドラゴンレースのことを説明し、ミカの協力が必要となってくる旨を話した。
「わ、私に、ノワールの操縦なんて、出来るんでしょうか」
ノワールの騎手を頼まれたミカは、動揺で目を泳がせながら、そう自信なさげに言ってきた。
「出来る出来ないじゃなくて、やらないといけないの!」
「ひっ、ごめんなさい!」
ライカにきつく言われて、ミカは涙目で縮こまりながら、謝った。
ニハルはそんなミカの肩を、優しくポンポンと叩く。
「大丈夫、そんなに気負わなくていいから」
「で、でも、大事なレースに、私が操縦者で務まるとは思えません」
「だけど、ノワールの世話は出来ているじゃない」
実際、荒くれドラゴンであるノワールをきちんと手懐けて、おとなしくさせている。ミカだからこそ出来る芸当だ。
「お願い、ミカちゃん。あなたの力が必要なの」
両手を合わせて頼みこんでくるニハルの強引さに、ミカはとうとう押し負けた。まだ、戸惑いを隠せずにいるようだが、その目には少しばかり決意の色が滲んでいる。
「わかりました。私でよければ、お手伝いさせていただきます」
「やった! ありがとう! それじゃあ、さっそくなんだけど……」
「さっそく?」
「ドラゴンレースの会場に、今から向かいたいの。ノワールを飛ばしてくれる?」
「えええええ⁉ 今から、ですか⁉」
ニハルの急過ぎる要求に、ミカは目を丸くしたが、しかし、一度引き受けた以上は断りきれないと思ってか、ぎこちないながらも、小さく頷いた。
「じゃ、じゃあ、頑張ってみますけど……ニハルさんも、ノワールに乗るんですよね?」
「うん。どうすればいい?」
「座席を作る必要があります。ちょうど、私がブランに乗ってきた時に使った鞍があるので、それを参考に同じものを作ってもらえればと。あ、ブランにも二人乗るんでしたね。だったら、あと三つ作らないといけません」
「わかった! そういうの作れそうな人、探しておくね!」
ニハルは元気よく言って、カジノの中に戻っていった。
後に残されたミカは、その場にとどまっているライカに向かって、ため息をつきながら思うところを言う。
「あの人って、いつも、あんな感じなんですか……?」
「おねーさまは勢いがいいから。でも、まったくの考え無し、ってわけじゃないから、安心して」
「ちなみに、ドラゴンレースは、二日後なんですよね」
「そうね。本当なら、今日一日は乗り方の練習に時間をかけたかったところだけど、座席作りが必要なら、そっちを優先するしかないわ」
「会場まで、どれくらい時間かかるんでしたっけ」
「えっと、たしか天帝から送られてきた手紙には……」
ライカは、ドラゴンレースの案内を広げて、再確認してみた。
「ここから北北東に行ったところにある、ダマヴァント山脈がスタート地点みたい。どれくらいで着けそう?」
「ブランとノワールの飛行速度なら、半日もしないで到着すると思います。レースの開始時間は?」
「正午ぴったり」
「じゃあ、あさっての朝一番に出れば、間に合うと思います」
「だったら、今日は座席作りに専念して、明日は一日、飛行の練習をするっていう感じね」
そこで、ふと、ライカは空の様子が気になって、上空を見上げてみた。
雲ひとつない晴天。陽光がまぶしい。今日であれば絶好の飛行日和であるが、果たして、明日はこの晴れ空が続いているのだろうか。
「とにかく、ブランとノワールの体調管理をしっかりしておいてね」
「はい、最善を尽くします」
ライカの言葉に、ミカは生真面目にも直立の姿勢を取って、敬礼をするのであった。
※ ※ ※
幸い、カジノの客に何人か物作りの得意な職人がいたので、日が落ちる頃までにはブランとノワール用の鞍を作ることが出来た。
暗くなった中庭に、篝火が焚かれている。ブランとノワールの巨体が赤く照らし出され、その影がカジノの外壁に映し出される。
明日の飛行練習まで、余計なストレスを与えないため、ミカはまだ鞍を着けない。ただ、いきなり装着するとパニックを起こしかねないので、ブランとノワールの鼻先に、出来たてほやほやの鞍を置いてやる。
ブランとノワールは、興味深げな眼差しで、鞍の匂いを嗅いでいる。ひと晩、こうして慣れさせておけば、いざ鞍を着けても問題はないだろう。
「ドキドキするね」
ニハルは、ミカと並んで、ブランとノワールを眺めながら、そう囁くように言った。
ミカはやや緊張の面持ちで、静かな声音で「はい」と返す。
その時、ニハルの鼻先に、ポツンと一滴の水が降ってきた。
「雨……?」
上空を見れば、星々は隠れており、一面真っ黒い雲に覆われている。
「まさか……降るんでしょうか?」
ミカは心配そうに呟いた。
その恐れは的中した。
翌朝、砂漠一帯を、嵐のような大雨が襲ってきたのである。
ニハルはライカと一緒に、ミカに近寄り、声をかけた。
「やっほー、ミカちゃん。ちょっと頼みがあるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
首を傾げるミカに、ニハルは、ドラゴンレースのことを説明し、ミカの協力が必要となってくる旨を話した。
「わ、私に、ノワールの操縦なんて、出来るんでしょうか」
ノワールの騎手を頼まれたミカは、動揺で目を泳がせながら、そう自信なさげに言ってきた。
「出来る出来ないじゃなくて、やらないといけないの!」
「ひっ、ごめんなさい!」
ライカにきつく言われて、ミカは涙目で縮こまりながら、謝った。
ニハルはそんなミカの肩を、優しくポンポンと叩く。
「大丈夫、そんなに気負わなくていいから」
「で、でも、大事なレースに、私が操縦者で務まるとは思えません」
「だけど、ノワールの世話は出来ているじゃない」
実際、荒くれドラゴンであるノワールをきちんと手懐けて、おとなしくさせている。ミカだからこそ出来る芸当だ。
「お願い、ミカちゃん。あなたの力が必要なの」
両手を合わせて頼みこんでくるニハルの強引さに、ミカはとうとう押し負けた。まだ、戸惑いを隠せずにいるようだが、その目には少しばかり決意の色が滲んでいる。
「わかりました。私でよければ、お手伝いさせていただきます」
「やった! ありがとう! それじゃあ、さっそくなんだけど……」
「さっそく?」
「ドラゴンレースの会場に、今から向かいたいの。ノワールを飛ばしてくれる?」
「えええええ⁉ 今から、ですか⁉」
ニハルの急過ぎる要求に、ミカは目を丸くしたが、しかし、一度引き受けた以上は断りきれないと思ってか、ぎこちないながらも、小さく頷いた。
「じゃ、じゃあ、頑張ってみますけど……ニハルさんも、ノワールに乗るんですよね?」
「うん。どうすればいい?」
「座席を作る必要があります。ちょうど、私がブランに乗ってきた時に使った鞍があるので、それを参考に同じものを作ってもらえればと。あ、ブランにも二人乗るんでしたね。だったら、あと三つ作らないといけません」
「わかった! そういうの作れそうな人、探しておくね!」
ニハルは元気よく言って、カジノの中に戻っていった。
後に残されたミカは、その場にとどまっているライカに向かって、ため息をつきながら思うところを言う。
「あの人って、いつも、あんな感じなんですか……?」
「おねーさまは勢いがいいから。でも、まったくの考え無し、ってわけじゃないから、安心して」
「ちなみに、ドラゴンレースは、二日後なんですよね」
「そうね。本当なら、今日一日は乗り方の練習に時間をかけたかったところだけど、座席作りが必要なら、そっちを優先するしかないわ」
「会場まで、どれくらい時間かかるんでしたっけ」
「えっと、たしか天帝から送られてきた手紙には……」
ライカは、ドラゴンレースの案内を広げて、再確認してみた。
「ここから北北東に行ったところにある、ダマヴァント山脈がスタート地点みたい。どれくらいで着けそう?」
「ブランとノワールの飛行速度なら、半日もしないで到着すると思います。レースの開始時間は?」
「正午ぴったり」
「じゃあ、あさっての朝一番に出れば、間に合うと思います」
「だったら、今日は座席作りに専念して、明日は一日、飛行の練習をするっていう感じね」
そこで、ふと、ライカは空の様子が気になって、上空を見上げてみた。
雲ひとつない晴天。陽光がまぶしい。今日であれば絶好の飛行日和であるが、果たして、明日はこの晴れ空が続いているのだろうか。
「とにかく、ブランとノワールの体調管理をしっかりしておいてね」
「はい、最善を尽くします」
ライカの言葉に、ミカは生真面目にも直立の姿勢を取って、敬礼をするのであった。
※ ※ ※
幸い、カジノの客に何人か物作りの得意な職人がいたので、日が落ちる頃までにはブランとノワール用の鞍を作ることが出来た。
暗くなった中庭に、篝火が焚かれている。ブランとノワールの巨体が赤く照らし出され、その影がカジノの外壁に映し出される。
明日の飛行練習まで、余計なストレスを与えないため、ミカはまだ鞍を着けない。ただ、いきなり装着するとパニックを起こしかねないので、ブランとノワールの鼻先に、出来たてほやほやの鞍を置いてやる。
ブランとノワールは、興味深げな眼差しで、鞍の匂いを嗅いでいる。ひと晩、こうして慣れさせておけば、いざ鞍を着けても問題はないだろう。
「ドキドキするね」
ニハルは、ミカと並んで、ブランとノワールを眺めながら、そう囁くように言った。
ミカはやや緊張の面持ちで、静かな声音で「はい」と返す。
その時、ニハルの鼻先に、ポツンと一滴の水が降ってきた。
「雨……?」
上空を見れば、星々は隠れており、一面真っ黒い雲に覆われている。
「まさか……降るんでしょうか?」
ミカは心配そうに呟いた。
その恐れは的中した。
翌朝、砂漠一帯を、嵐のような大雨が襲ってきたのである。
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