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第84話 白いドラゴン

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 しまった、負けちゃう――!

 そう、ニハルが覚悟した瞬間、

「ぐ! ぬう!」

 ルドルフは、苦しげに呻き、ニハルの腕を引っ張るのをやめて、身をかがめた。

 以前、イスカに斬られた腹の傷が、まだ治っていないのだ。

(いまだ!)

 体勢を崩しているところを狙って、ニハルはルドルフの腕を思いきり引っ張った。体重が重いため、上手に引き寄せることは出来なかったが、それでも前のめりになったルドルフは、鉄格子に肩をぶつけてしまった。

「ぬああ! くそ!」
「やったー! 勝ったー!」
「おねーさま、すごーい!」

 完全に運だったとはいえ、正攻法で勝利したのには変わりない。ニハルとライカは手を取り合って、ピョンピョンと跳びはねて喜んだ。

 ジャンプする度にたゆんたゆんと揺れているニハルのおっぱいを、残念そうに眺めながら、ルドルフはチッと舌打ちした。

「仕方がない……お前を手伝ってやる、ニハル」
「随分と聞き分けがいいのね、ルドルフ」

 ふふーん、と得意げな笑みを浮かべて、ニハルは仁王立ちしながら、敗北したルドルフのことを見下ろす。

「俺としては、この地下牢から出してもらえるのなら、なんでも構わん。お前の頼みを断ると言えば、永遠にここに閉じ込められそうだからな。それはごめんだ」

 こうして、ルドルフの協力を取り付けることが出来た。

 あとは、闇のオークションを開催して、ドラゴンを連れてきてもらうのを待つだけだった。

 ※ ※ ※

 各地にオークションの案内を発送してから三日が経ち――

「お、おねーさま! 大変よ!」

 朝、ちょっぴり寝坊して、まだベッドの中でもぞもぞしているニハルのところへ、ライカが駆けつけてきた。

「なーにー……?」
「寝ぼけてる場合じゃないってば! 外見て、外!」

 ベッドから下りたニハルは、自分の部屋の窓から、外を見てみた。

「うそ……⁉」

 確かに、ドラゴンに関してはオークションで買い取り手がつかなくても、カジノ側で確実に買い取ると保証していた。

 だからといって、これは来すぎである。

 カジノの前の砂漠に、ざっと見渡しただけでも三十体近くはいるだろうか、売主に連れられたドラゴンの群れが、ズラリと並んでいる。

「わ……わぁ……」

 感嘆とも驚きとも取れない、曖昧な声を発し、ニハルはしばし思考停止の状態に陥っていた。

 そんなに、この世界には、ドラゴンを売りさばきたい連中が多いのか。

 とりあえずニハルは下へと行ってみることにした。きっと、カジノのゲート番の警備兵も、どう対処していいかわからず、困っていることだろう。その手助けついでに、せっかくだから、ドラゴンを一体一体観察してみようと思った。

 ※ ※ ※

 ゲート前に行くと、ドラゴンの大きさがよくわかる。

 様々な種類がいるが、だいたいのドラゴンは、その上に四、五人は乗れそうな立派な体格を誇っている。それより小さいサイズのものもいれば、さらに一回りも二回りも大きいサイズのものもいる。

 まずは、一番先頭にいる、ターバンを巻いたチョビ髭の男と話をしてみることにした。

 彼が連れているドラゴンは、深紅の鱗が美しい、赤い体表の一頭だ。他に同じ色のドラゴンはいないので、希少種なのかもしれない。

「どうして、このドラゴンを売ろうと思ったの?」
「ガキの頃から面倒を見てきたが、さすがに大きくなってきたんで、困ってな。かと言って、そこら辺に放り出すわけにもいかず、困っていたら、今回のオークションの話が飛び込んできた、ってわけだ」
「子供の頃からドラゴンの世話をしていたの⁉」
「ちょいちょい、そういう奴はいると思うぜ。他の連中も、ほとんど同じじゃないか。最初は番犬みたいな扱いで飼っているんだが、数年でこれくらいのサイズになっちまうんでな、野良ドラゴンにしてしまう飼い主もいるはずだ」

 言われてみれば、この赤いドラゴン、目つきが優しい。ニハルが近寄っても、全然警戒するそぶりを見せない。人間慣れしているのだろう。

 これくらい人間と近い存在なら、レースでも活躍できるかもしれない。

(この子、候補にしようっと)

「それで、ドラゴンだけど、まだカジノの中には入れられないの。これだけ来るとは思わなかったから。どうしたらいいと思う?」
「外壁に沿って、杭を打ってくれ。あとはみんな、自分で何とかするだろ」

 言われた通り、屈強な兵士に頼んで、外壁沿いに三十本ほど杭を打った。

 チョビ髭ターバンの男は、ドラゴンのくつわから伸びている手綱を杭に引っかけると、

「よし、いい子にしてろよ」

 ポンポンと、ドラゴンの肩を叩いてやった。

「え、そんなのでいいの?」
「ああ。ドラゴンは人間より頭がいい、とも言われている。砂漠の熱くらいでは参ることもないし、これでちょうどいい」

 さーてカジノを楽しむか! と言いながら、チョビ髭ターバンの男はゲートをくぐっていった。

 その後のドラゴンも、みんな、おとなしく杭に結わえ付けられていく。

(なんだろう……思っていたのと、違うかも)

 もっとドラゴンとは、人間が近寄ることすら難しい、気高い生き物だと思っていた。それなのに、いま集まっているドラゴン達は、みんな飼い犬のようにおとなしい。

 ふと、こんなドラゴンで、レースに勝てるのだろうか、と不安になってきた。

 そんな風に思っているところに、純白の体毛に覆われた、整った顔立ちのドラゴンが姿を現した。

(きれい……)

 うっとりと、ニハルはその純白のドラゴンを眺める。

 朝日を受けて、体表が光り輝いている。まるで光のドラゴンだ。

「この子は、ブランと言います!」

 色黒肌にショートヘアの元気そうな田舎風少女が、誇らしげに説明してきた。

「なんだか、他のドラゴンとは、雰囲気が違う」
「そうでしょう! 私の自慢のドラゴンです!」
「自慢なのに、どうして売ろうと思ったわけ?」
「そ、それは……」

 なぜか、色黒田舎風少女は目を泳がせ、言葉を濁した。

「まあ、いいわ。売る理由は関係ないから。そこの杭につないでおいて」
「えっと、ブランには、そういうものは必要ないです!」
「どうして?」
「ブランはとても賢くて、我慢強い子ですから!」

 それから、少女はブランに向かって命令を放った。

「ブラン! 私はこのカジノの中に入るから、あなたは外で待ってて!」

 すると、不思議なことに、人間の言葉を理解しているのか、ブランは頷くように頭を下げると、脇へとどいて、外壁前に座り込んでくれた。

(欲しい)

 間違いなく、集まっているドラゴンの中でもずば抜けて優秀な一頭である。

(絶対、この子を競り落とさないと!)

 ニハルは強い決意を胸に秘め、あとの対応は警備兵に任せて、またカジノの中へと戻っていった。
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