上 下
73 / 101

第73話 ソードダンサー

しおりを挟む
 夜風が草原を吹き抜けた。

 奇襲の盗賊達は、ジリジリと音を立てずに、村へ向かって接近してきている。

 ユナは、相手に姿を見られていることは了解の上で、あえて目立つように剣を振りかぶった。

 刃が月明かりを受けて、キラリと輝く。

「そこに隠れているのはわかってるわ! おとなしく出てきなさい!」

 大声で呼び掛けると、盗賊達はピタリと進行を止めた。

 そのまま膠着状態に入る。

「いつまでそうしているつもり⁉ 姿を見せないなら、こっちから行くわよ!」

 ユナがあえて盗賊達に呼び掛けているのには、わけがある。

 彼女は囮だ。盗賊達の注意を引きつけて、自分達の狙いを悟らせないようにするための、作戦。

 実は大きく迂回する形で、チェロが草に隠れて、盗賊達の側面へと回り込んでいるのである。奇襲には奇襲を。自分達が優位に立っていると思っている盗賊達の隙を突こうという考えだ。

 草の間から、チェロの猫耳がピョコピョコと動いているのが見える。順調に、敵に向かって距離を詰めているようだ。

 その調子――とユナが思っていると、突然、盗賊達が動き始めた。

 そして、誰かが声を上げた。

「側面から攻めてくるぞ! 油断するな!」

 バレていた⁉

「チェロ! 気をつけて!」

 まさかの作戦失敗に、ユナは若干動揺したが、すぐに平常心を取り戻し、正面から盗賊達の中へと切り込んでいく。

 チェロもまた、戦闘態勢に入る。

 乱戦が始まった。

 夜の草原を疾走しながら、ユナとチェロは次々と盗賊達を打ち倒していく。

「つ、つええ⁉」

 こちらの作戦は読んできたものの、盗賊達は戦闘面では烏合の衆でしかなかった。みんな弱い。この調子ならあっという間に全滅できそうだ。

 ――と思いきや。

 ガキィン!

 一人の盗賊が、ユナの振った剣を、真正面から防いできた。相手の武器は、三日月形のサーベル。頭にはターバンを巻いており、肌の色は、夜の闇の中でもわかるほどに褐色。

 砂漠の民だ。

「な⁉」

 盗賊の中に、自分の攻撃を受け止められる腕の者がいることに、ユナは驚きを示した。

 キンッ! とユナの剣を弾いた後、敵はクルンと身を翻して、間合いを一旦離すと、サーベルを構えて睨みつけてきた。

「俺の名はオルバサン。お前は何者だ? ただの女戦士ではないな」
「私はユナ。ガルズバル騎士団の第一隊隊長よ」
「ほお。道理で。いい太刀筋をしている」

 オルバサンはフッと笑みを浮かべた。

 年の頃は二十代前半といったところか。顔立ちの整った青年である。身長は高く、脚も長い。どことなく気品にも溢れている。単なる盗賊ではない。

「あなた、もしかして、どこかの王族とか?」
「なぜ、そう思う」
「普通の男じゃないと感じたから」
「正解だ。とはいえ、いまはもう王家の人間ではない。俺の国は滅んだ」
「なんていう国だったの?」
「メルセゲル王国」

 その名は聞いたことがある。かつて、砂漠は三大王国、サゼフト、ネフティス、そしてメルセゲルによって三分されていた。しかし、その均衡は、ネフティス王国によるメルセゲル王国への侵攻で崩されてしまった。いまでは、サゼフトとネフティスの二大王国となっている。メルセゲルの王族は、なんとか生き延びているが、各地をさまよい歩いているとの噂だった。

 まさか、こんなところで、そのメルセゲル王国の王族に出会うとは。

「それで? どうして、こんなところで盗賊をやっているの」
「生きるために、仕方なく、だ」
「仕方なくで、なんの罪もない人々を苦しめているの?」
「心外だな。お前らガルズバルも、メルセゲル滅亡に深く関わっているというのに」
「え……?」

 オルバサンの言葉が、ユナはにわかには信じられず、聞き直した。

「ガルズバル帝国が、関与している、っていうの?」
「ネフティスは、俺達の王国と同じ程度の戦力しか有していなかった。それなのに、圧倒的な戦力で攻めかかってきた。あとで調べたら、お前たちが兵器や戦士を投入していたそうだ。将来的に、オアシスの一部を譲渡してもらう、という密約のもとに」
「でたらめ言わないで!」
「信じたくないのなら、けっこうだ」

 オルバサンは腰を落とした。

 これ以上の問答は無用、あとは戦闘で勝敗を決めるのみ、とばかりに、身構えている。

「ここで憎きガルズバル帝国の騎士と会えるとはな。悪いが、生け捕りにさせてもらう。人質に取れば、何かと役に立ちそうだからな」
「私を人質にしようだなんて、随分と自信たっぷりね」
「実際――俺は、強いからな」

 言うやいなや、オルバサンは飛びかかってきた。

 口先だけではない。本当に強い。サーベルを閃かせながら、オルバサンは舞うような華麗な動きで、次々と連続攻撃を仕掛けてくる。ユナはその一連の攻撃を防ぎながら、反撃の刃も繰り出すが、しかしオルバサンに隙はなく、簡単に防がれ、いなされてしまう。

 両者どちらも譲らない。激しく攻防を繰り広げている。

 そこへ、他の盗賊達を倒したチェロが、横から乱入してきた。

「あたしも戦うニャ!」

 空中で前に回転しての浴びせ蹴りを放つが、オルバサンはサッとかわすと、反対に蹴り返してきた。その踵が、チェロのこめかみにヒットした。

「ニャウ⁉」

 チェロはよろめく。

 ユナは、チェロの相手をしている隙を突かんと、猛然と襲いかかるが、しかしオルバサンは隙を見せるどころか、より一層攻撃も防御も激しさを増している。

(聞いたことがある……!)

 メルセゲル王国の王族は、伝統的に剣舞を習得している、という話がある。その剣舞は、優雅な動きでありながら、無駄のない洗練された技術で構築されたものであり、ひとたび戦えば敵無し、の強さを誇ったという。

 それゆえに、彼らは、こういう異名で呼ばれていたそうだ。

 ソードダンサー、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

帝国の第一皇女に転生しましたが3日で誘拐されました

山田うちう
ファンタジー
帝国の皇女に転生するも、生後3日で誘拐されてしまう。 犯人を追ってくれた騎士により命は助かるが、隣国で一人置き去りに。 たまたま通りかかった、隣国の伯爵に拾われ、伯爵家の一人娘ルセルとして育つ。 何不自由なく育ったルセルだが、5歳の時に受けた教会の洗礼式で真名を与えられ、背中に大きな太陽のアザが浮かび上がる。。。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

処理中です...