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第73話 ソードダンサー
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夜風が草原を吹き抜けた。
奇襲の盗賊達は、ジリジリと音を立てずに、村へ向かって接近してきている。
ユナは、相手に姿を見られていることは了解の上で、あえて目立つように剣を振りかぶった。
刃が月明かりを受けて、キラリと輝く。
「そこに隠れているのはわかってるわ! おとなしく出てきなさい!」
大声で呼び掛けると、盗賊達はピタリと進行を止めた。
そのまま膠着状態に入る。
「いつまでそうしているつもり⁉ 姿を見せないなら、こっちから行くわよ!」
ユナがあえて盗賊達に呼び掛けているのには、わけがある。
彼女は囮だ。盗賊達の注意を引きつけて、自分達の狙いを悟らせないようにするための、作戦。
実は大きく迂回する形で、チェロが草に隠れて、盗賊達の側面へと回り込んでいるのである。奇襲には奇襲を。自分達が優位に立っていると思っている盗賊達の隙を突こうという考えだ。
草の間から、チェロの猫耳がピョコピョコと動いているのが見える。順調に、敵に向かって距離を詰めているようだ。
その調子――とユナが思っていると、突然、盗賊達が動き始めた。
そして、誰かが声を上げた。
「側面から攻めてくるぞ! 油断するな!」
バレていた⁉
「チェロ! 気をつけて!」
まさかの作戦失敗に、ユナは若干動揺したが、すぐに平常心を取り戻し、正面から盗賊達の中へと切り込んでいく。
チェロもまた、戦闘態勢に入る。
乱戦が始まった。
夜の草原を疾走しながら、ユナとチェロは次々と盗賊達を打ち倒していく。
「つ、つええ⁉」
こちらの作戦は読んできたものの、盗賊達は戦闘面では烏合の衆でしかなかった。みんな弱い。この調子ならあっという間に全滅できそうだ。
――と思いきや。
ガキィン!
一人の盗賊が、ユナの振った剣を、真正面から防いできた。相手の武器は、三日月形のサーベル。頭にはターバンを巻いており、肌の色は、夜の闇の中でもわかるほどに褐色。
砂漠の民だ。
「な⁉」
盗賊の中に、自分の攻撃を受け止められる腕の者がいることに、ユナは驚きを示した。
キンッ! とユナの剣を弾いた後、敵はクルンと身を翻して、間合いを一旦離すと、サーベルを構えて睨みつけてきた。
「俺の名はオルバサン。お前は何者だ? ただの女戦士ではないな」
「私はユナ。ガルズバル騎士団の第一隊隊長よ」
「ほお。道理で。いい太刀筋をしている」
オルバサンはフッと笑みを浮かべた。
年の頃は二十代前半といったところか。顔立ちの整った青年である。身長は高く、脚も長い。どことなく気品にも溢れている。単なる盗賊ではない。
「あなた、もしかして、どこかの王族とか?」
「なぜ、そう思う」
「普通の男じゃないと感じたから」
「正解だ。とはいえ、いまはもう王家の人間ではない。俺の国は滅んだ」
「なんていう国だったの?」
「メルセゲル王国」
その名は聞いたことがある。かつて、砂漠は三大王国、サゼフト、ネフティス、そしてメルセゲルによって三分されていた。しかし、その均衡は、ネフティス王国によるメルセゲル王国への侵攻で崩されてしまった。いまでは、サゼフトとネフティスの二大王国となっている。メルセゲルの王族は、なんとか生き延びているが、各地をさまよい歩いているとの噂だった。
まさか、こんなところで、そのメルセゲル王国の王族に出会うとは。
「それで? どうして、こんなところで盗賊をやっているの」
「生きるために、仕方なく、だ」
「仕方なくで、なんの罪もない人々を苦しめているの?」
「心外だな。お前らガルズバルも、メルセゲル滅亡に深く関わっているというのに」
「え……?」
オルバサンの言葉が、ユナはにわかには信じられず、聞き直した。
「ガルズバル帝国が、関与している、っていうの?」
「ネフティスは、俺達の王国と同じ程度の戦力しか有していなかった。それなのに、圧倒的な戦力で攻めかかってきた。あとで調べたら、お前たちが兵器や戦士を投入していたそうだ。将来的に、オアシスの一部を譲渡してもらう、という密約のもとに」
「でたらめ言わないで!」
「信じたくないのなら、けっこうだ」
オルバサンは腰を落とした。
これ以上の問答は無用、あとは戦闘で勝敗を決めるのみ、とばかりに、身構えている。
「ここで憎きガルズバル帝国の騎士と会えるとはな。悪いが、生け捕りにさせてもらう。人質に取れば、何かと役に立ちそうだからな」
「私を人質にしようだなんて、随分と自信たっぷりね」
「実際――俺は、強いからな」
言うやいなや、オルバサンは飛びかかってきた。
口先だけではない。本当に強い。サーベルを閃かせながら、オルバサンは舞うような華麗な動きで、次々と連続攻撃を仕掛けてくる。ユナはその一連の攻撃を防ぎながら、反撃の刃も繰り出すが、しかしオルバサンに隙はなく、簡単に防がれ、いなされてしまう。
両者どちらも譲らない。激しく攻防を繰り広げている。
そこへ、他の盗賊達を倒したチェロが、横から乱入してきた。
「あたしも戦うニャ!」
空中で前に回転しての浴びせ蹴りを放つが、オルバサンはサッとかわすと、反対に蹴り返してきた。その踵が、チェロのこめかみにヒットした。
「ニャウ⁉」
チェロはよろめく。
ユナは、チェロの相手をしている隙を突かんと、猛然と襲いかかるが、しかしオルバサンは隙を見せるどころか、より一層攻撃も防御も激しさを増している。
(聞いたことがある……!)
メルセゲル王国の王族は、伝統的に剣舞を習得している、という話がある。その剣舞は、優雅な動きでありながら、無駄のない洗練された技術で構築されたものであり、ひとたび戦えば敵無し、の強さを誇ったという。
それゆえに、彼らは、こういう異名で呼ばれていたそうだ。
ソードダンサー、と。
奇襲の盗賊達は、ジリジリと音を立てずに、村へ向かって接近してきている。
ユナは、相手に姿を見られていることは了解の上で、あえて目立つように剣を振りかぶった。
刃が月明かりを受けて、キラリと輝く。
「そこに隠れているのはわかってるわ! おとなしく出てきなさい!」
大声で呼び掛けると、盗賊達はピタリと進行を止めた。
そのまま膠着状態に入る。
「いつまでそうしているつもり⁉ 姿を見せないなら、こっちから行くわよ!」
ユナがあえて盗賊達に呼び掛けているのには、わけがある。
彼女は囮だ。盗賊達の注意を引きつけて、自分達の狙いを悟らせないようにするための、作戦。
実は大きく迂回する形で、チェロが草に隠れて、盗賊達の側面へと回り込んでいるのである。奇襲には奇襲を。自分達が優位に立っていると思っている盗賊達の隙を突こうという考えだ。
草の間から、チェロの猫耳がピョコピョコと動いているのが見える。順調に、敵に向かって距離を詰めているようだ。
その調子――とユナが思っていると、突然、盗賊達が動き始めた。
そして、誰かが声を上げた。
「側面から攻めてくるぞ! 油断するな!」
バレていた⁉
「チェロ! 気をつけて!」
まさかの作戦失敗に、ユナは若干動揺したが、すぐに平常心を取り戻し、正面から盗賊達の中へと切り込んでいく。
チェロもまた、戦闘態勢に入る。
乱戦が始まった。
夜の草原を疾走しながら、ユナとチェロは次々と盗賊達を打ち倒していく。
「つ、つええ⁉」
こちらの作戦は読んできたものの、盗賊達は戦闘面では烏合の衆でしかなかった。みんな弱い。この調子ならあっという間に全滅できそうだ。
――と思いきや。
ガキィン!
一人の盗賊が、ユナの振った剣を、真正面から防いできた。相手の武器は、三日月形のサーベル。頭にはターバンを巻いており、肌の色は、夜の闇の中でもわかるほどに褐色。
砂漠の民だ。
「な⁉」
盗賊の中に、自分の攻撃を受け止められる腕の者がいることに、ユナは驚きを示した。
キンッ! とユナの剣を弾いた後、敵はクルンと身を翻して、間合いを一旦離すと、サーベルを構えて睨みつけてきた。
「俺の名はオルバサン。お前は何者だ? ただの女戦士ではないな」
「私はユナ。ガルズバル騎士団の第一隊隊長よ」
「ほお。道理で。いい太刀筋をしている」
オルバサンはフッと笑みを浮かべた。
年の頃は二十代前半といったところか。顔立ちの整った青年である。身長は高く、脚も長い。どことなく気品にも溢れている。単なる盗賊ではない。
「あなた、もしかして、どこかの王族とか?」
「なぜ、そう思う」
「普通の男じゃないと感じたから」
「正解だ。とはいえ、いまはもう王家の人間ではない。俺の国は滅んだ」
「なんていう国だったの?」
「メルセゲル王国」
その名は聞いたことがある。かつて、砂漠は三大王国、サゼフト、ネフティス、そしてメルセゲルによって三分されていた。しかし、その均衡は、ネフティス王国によるメルセゲル王国への侵攻で崩されてしまった。いまでは、サゼフトとネフティスの二大王国となっている。メルセゲルの王族は、なんとか生き延びているが、各地をさまよい歩いているとの噂だった。
まさか、こんなところで、そのメルセゲル王国の王族に出会うとは。
「それで? どうして、こんなところで盗賊をやっているの」
「生きるために、仕方なく、だ」
「仕方なくで、なんの罪もない人々を苦しめているの?」
「心外だな。お前らガルズバルも、メルセゲル滅亡に深く関わっているというのに」
「え……?」
オルバサンの言葉が、ユナはにわかには信じられず、聞き直した。
「ガルズバル帝国が、関与している、っていうの?」
「ネフティスは、俺達の王国と同じ程度の戦力しか有していなかった。それなのに、圧倒的な戦力で攻めかかってきた。あとで調べたら、お前たちが兵器や戦士を投入していたそうだ。将来的に、オアシスの一部を譲渡してもらう、という密約のもとに」
「でたらめ言わないで!」
「信じたくないのなら、けっこうだ」
オルバサンは腰を落とした。
これ以上の問答は無用、あとは戦闘で勝敗を決めるのみ、とばかりに、身構えている。
「ここで憎きガルズバル帝国の騎士と会えるとはな。悪いが、生け捕りにさせてもらう。人質に取れば、何かと役に立ちそうだからな」
「私を人質にしようだなんて、随分と自信たっぷりね」
「実際――俺は、強いからな」
言うやいなや、オルバサンは飛びかかってきた。
口先だけではない。本当に強い。サーベルを閃かせながら、オルバサンは舞うような華麗な動きで、次々と連続攻撃を仕掛けてくる。ユナはその一連の攻撃を防ぎながら、反撃の刃も繰り出すが、しかしオルバサンに隙はなく、簡単に防がれ、いなされてしまう。
両者どちらも譲らない。激しく攻防を繰り広げている。
そこへ、他の盗賊達を倒したチェロが、横から乱入してきた。
「あたしも戦うニャ!」
空中で前に回転しての浴びせ蹴りを放つが、オルバサンはサッとかわすと、反対に蹴り返してきた。その踵が、チェロのこめかみにヒットした。
「ニャウ⁉」
チェロはよろめく。
ユナは、チェロの相手をしている隙を突かんと、猛然と襲いかかるが、しかしオルバサンは隙を見せるどころか、より一層攻撃も防御も激しさを増している。
(聞いたことがある……!)
メルセゲル王国の王族は、伝統的に剣舞を習得している、という話がある。その剣舞は、優雅な動きでありながら、無駄のない洗練された技術で構築されたものであり、ひとたび戦えば敵無し、の強さを誇ったという。
それゆえに、彼らは、こういう異名で呼ばれていたそうだ。
ソードダンサー、と。
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