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第67話 帰還する民
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翌朝――
ユナは、外が騒がしいことで、目をさました。
二階にある自分の部屋から、窓の外を見てみると、邸の前に大勢の人々が集まっている。
みんな、みすぼらしい格好をしており、階層としては平民以下と思われる。
「あけろー! 中に入れろー!」
「俺達の話を聞いてくれー!」
「土地が! 土地が必要なんだー!」
口々に、そんなことを騒いでいるのが聞こえる。
いったい、何事だろうか。
興味を引かれたユナは、下へと行き、現場に飛び込んでみた。
邸の正面扉はしっかりと閉められており、その内側では兵士達が緊張の面持ちで身構えている。外から、ドンドンと、扉を叩く音が聞こえてくる。暴動寸前の民衆達に対して、みんな、どう対処すべきか戸惑っている様子だ。
「何が起きてるの?」
近くの兵士をつかまえて、尋ねてみるも、彼は首を横に振った。
「なぜ、こんなことになっているのか、さっぱりわかりません」
「上の人達を呼ばなくてもいいの?」
「ニハルさんを呼びに行っています。もうすぐ来るかと……」
と言っているうちに、大階段を、ニハルがトトトと駆け下りてきた。
「すごいことになってるね! どうしたの?」
「それがわからないんです。急に大勢で押し寄せてきて、みんな殺気立っているから、会話のしようもなくて……」
「わかった。私が応対するね」
「き、危険です! 何をされるか、わかったもんじゃないですよ!」
「でも、私が行かないといけない気がするの」
兵士の警告を無視して、ニハルは扉を開けた。
たちまち、ドドド、と民衆が中へとなだれ込んできた。
「危ない!」
ユナは咄嗟に駆け寄り、ニハルの体を抱き寄せると、押し寄せる民衆の波から彼女を守った。
気がつけば、周囲を、目が血走った民衆によって取り囲まれている。
「白いバニーガール! あんたがニハルか!」
「コリドールを治める気なら、俺達の要望を聞いてもらおうか!」
「俺達って、なんだ! お前は、自分のことしか考えていないだろ!」
「聞いてくれー! 俺はかかあとガキとを抱えていて……」
みんな好き勝手に喋っている。もうむちゃくちゃだ。
「きゃ!」
ニハルが悲鳴を上げた。
「どうしたの⁉ 大丈夫⁉」
ユナが心配して尋ねると、ニハルはお尻を手で押さえながら、唇を尖らせて、むう、とふくれ面を見せた。
「誰か私のお尻を触ってきた。もう、エッチなんだから」
それを聞いて、ユナは、頭に血が上った。
女子に対して破廉恥な行為をするとは、なんたる無礼なことだろうか。許しがたいことである。
「下がれッ!」
周囲の民衆に対して、ユナは大喝した。
その気迫に、民衆は押し負けて、ザザザ、と波が引くように後退する。
ようやく窮屈ではないスペースが確保出来た。
「誰か代表者はいないの⁉ 代表者は! 陳情があるなら、ちゃんと話をまとめてから来なさい!」
さすが騎士団ナンバー2の強さを誇る少女騎士である。すさまじい迫力だ。
民衆はタジタジになりながら、お互いの顔を見合わせた。特にリーダー格はいないのだろう。みんな、各自それぞれの思惑でやって来て、たまたま合流しただけで、誰かが指揮しての行動ではないようだった。
ようやく、一人の男が前へと進み出てきた。温和そうな笑顔を浮かべているが、体格は二メートル近く大きく、まるで熊のようだ。
「俺が代表して話すよ」
「トールさん」
「トールさんだ」
その名は、ユナも聞き覚えがある。とは言っても、この男はまったく知らない。あくまでも、伝説上の存在。この大陸にかつて存在していた古代民族が信仰していたという、雷神の名前である。随分と大層な名前を名乗っているものだ、と思った。しかし、身分の低い者ほど、伝説や神話、あるいは歴史上の英雄の名を付けたがるものである。きっと、トールもまた、そういう理由で雷神の名を使っているのだろう。きっと本名は別にある。
「俺達は、もともとこのコリドールに住んでいたけど、領主がいなくなったんで、別の地に移っていたんだ。でも、最近新しい領主がやって来た、っていうから、もう一度コリドールで暮らせないかと思って、お願いしに来たんだよ」
「自分達から捨てたのに、いまさら戻りたい、と?」
「仕方がなかったんだ。土地を治める者がいなければ、荒れ放題。盗賊も跋扈して、コリドールはかなり危険な地となっていた。安全な暮らしを求めて、移住せざるを得なかった」
「いま住んでいる場所ではダメなの?」
「結局、よそ者は、いつまで経ってもよそ者だからな。居心地は悪いんだ」
なるほど、とユナは頷いた。民衆というのが弱い存在であるのを知っている。その時の情勢によって、柔軟に生きていかなければならない。一時的にコリドールを離れていたのも、領主不在だったのであれば無理もない話だ。
「それなら、しょうがないかもね」
と、ユナが一定の理解を示しているのに対して、ニハルは頬をふくらませて、首を横に振った。
「ダメだからね」
「え?」
一瞬、ニハルが何を言い出したのかわからず、ユナは聞き返した。
「このコリドールにこれ以上、住人は入れたくないから」
まさかの、とんでもない発言が、ニハルの口から飛び出した。
ユナは、外が騒がしいことで、目をさました。
二階にある自分の部屋から、窓の外を見てみると、邸の前に大勢の人々が集まっている。
みんな、みすぼらしい格好をしており、階層としては平民以下と思われる。
「あけろー! 中に入れろー!」
「俺達の話を聞いてくれー!」
「土地が! 土地が必要なんだー!」
口々に、そんなことを騒いでいるのが聞こえる。
いったい、何事だろうか。
興味を引かれたユナは、下へと行き、現場に飛び込んでみた。
邸の正面扉はしっかりと閉められており、その内側では兵士達が緊張の面持ちで身構えている。外から、ドンドンと、扉を叩く音が聞こえてくる。暴動寸前の民衆達に対して、みんな、どう対処すべきか戸惑っている様子だ。
「何が起きてるの?」
近くの兵士をつかまえて、尋ねてみるも、彼は首を横に振った。
「なぜ、こんなことになっているのか、さっぱりわかりません」
「上の人達を呼ばなくてもいいの?」
「ニハルさんを呼びに行っています。もうすぐ来るかと……」
と言っているうちに、大階段を、ニハルがトトトと駆け下りてきた。
「すごいことになってるね! どうしたの?」
「それがわからないんです。急に大勢で押し寄せてきて、みんな殺気立っているから、会話のしようもなくて……」
「わかった。私が応対するね」
「き、危険です! 何をされるか、わかったもんじゃないですよ!」
「でも、私が行かないといけない気がするの」
兵士の警告を無視して、ニハルは扉を開けた。
たちまち、ドドド、と民衆が中へとなだれ込んできた。
「危ない!」
ユナは咄嗟に駆け寄り、ニハルの体を抱き寄せると、押し寄せる民衆の波から彼女を守った。
気がつけば、周囲を、目が血走った民衆によって取り囲まれている。
「白いバニーガール! あんたがニハルか!」
「コリドールを治める気なら、俺達の要望を聞いてもらおうか!」
「俺達って、なんだ! お前は、自分のことしか考えていないだろ!」
「聞いてくれー! 俺はかかあとガキとを抱えていて……」
みんな好き勝手に喋っている。もうむちゃくちゃだ。
「きゃ!」
ニハルが悲鳴を上げた。
「どうしたの⁉ 大丈夫⁉」
ユナが心配して尋ねると、ニハルはお尻を手で押さえながら、唇を尖らせて、むう、とふくれ面を見せた。
「誰か私のお尻を触ってきた。もう、エッチなんだから」
それを聞いて、ユナは、頭に血が上った。
女子に対して破廉恥な行為をするとは、なんたる無礼なことだろうか。許しがたいことである。
「下がれッ!」
周囲の民衆に対して、ユナは大喝した。
その気迫に、民衆は押し負けて、ザザザ、と波が引くように後退する。
ようやく窮屈ではないスペースが確保出来た。
「誰か代表者はいないの⁉ 代表者は! 陳情があるなら、ちゃんと話をまとめてから来なさい!」
さすが騎士団ナンバー2の強さを誇る少女騎士である。すさまじい迫力だ。
民衆はタジタジになりながら、お互いの顔を見合わせた。特にリーダー格はいないのだろう。みんな、各自それぞれの思惑でやって来て、たまたま合流しただけで、誰かが指揮しての行動ではないようだった。
ようやく、一人の男が前へと進み出てきた。温和そうな笑顔を浮かべているが、体格は二メートル近く大きく、まるで熊のようだ。
「俺が代表して話すよ」
「トールさん」
「トールさんだ」
その名は、ユナも聞き覚えがある。とは言っても、この男はまったく知らない。あくまでも、伝説上の存在。この大陸にかつて存在していた古代民族が信仰していたという、雷神の名前である。随分と大層な名前を名乗っているものだ、と思った。しかし、身分の低い者ほど、伝説や神話、あるいは歴史上の英雄の名を付けたがるものである。きっと、トールもまた、そういう理由で雷神の名を使っているのだろう。きっと本名は別にある。
「俺達は、もともとこのコリドールに住んでいたけど、領主がいなくなったんで、別の地に移っていたんだ。でも、最近新しい領主がやって来た、っていうから、もう一度コリドールで暮らせないかと思って、お願いしに来たんだよ」
「自分達から捨てたのに、いまさら戻りたい、と?」
「仕方がなかったんだ。土地を治める者がいなければ、荒れ放題。盗賊も跋扈して、コリドールはかなり危険な地となっていた。安全な暮らしを求めて、移住せざるを得なかった」
「いま住んでいる場所ではダメなの?」
「結局、よそ者は、いつまで経ってもよそ者だからな。居心地は悪いんだ」
なるほど、とユナは頷いた。民衆というのが弱い存在であるのを知っている。その時の情勢によって、柔軟に生きていかなければならない。一時的にコリドールを離れていたのも、領主不在だったのであれば無理もない話だ。
「それなら、しょうがないかもね」
と、ユナが一定の理解を示しているのに対して、ニハルは頬をふくらませて、首を横に振った。
「ダメだからね」
「え?」
一瞬、ニハルが何を言い出したのかわからず、ユナは聞き返した。
「このコリドールにこれ以上、住人は入れたくないから」
まさかの、とんでもない発言が、ニハルの口から飛び出した。
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