上 下
66 / 101

第66話 揺れ動く心

しおりを挟む
 イスカは、なぜ自分がバニーガールの格好をしているのか、事情を説明した。

 ルドルフを倒すために、カジノへの潜入手段として、バニースーツを着たこと……そして、そのせいで呪いにかかってしまい、バニースーツを脱げなくなったこと、等を話した。

 聞けば聞くほど、ルドルフという男の悪辣さを感じて、ニハル達に対して同情の念を抱いてしまう。それとも、その話をしているのがイスカだから、素直に受け止める気になっているのだろうか。ユナは、イスカの整った顔と、柔らかに動く唇を、ぼんやりと眺めている。

 やがて、イスカは話し終わり、口を閉じた。ジッとこちらのことを見つめて、反応を待っている。

 ユナは肩をすくめた。

「それにしたって、もうニハルのことは助け出したんだから、これ以上義理立てする必要はないんじゃないの? 呪いを解くために、ここを離れたとしても、誰も文句は言わないよ」
「でも、僕はニハルさんの恋人だから。離れたくないんだ」
「え、そうなの。ニハルの恋人なの」

 少しばかり、胸がチクリと痛んだ。

 この感覚はなんだろうか、と考えてみると、どうやら嫉妬の感情から来ているもののようだ。

 そう、嫉妬。

 イスカがニハルの恋人であると聞いて、ニハルに対して嫉妬の念を抱いている。まさかの、会ったばかりのイスカに対して、心が揺れ動いている。それは、アーフリード以外に抱いてはいけないはずの感情。

 初めて会った瞬間から、ユナにとって、イスカの存在感は大きな物であった。

 女の子と見紛うような可愛らしい外見、サムライとしてのたくましさ、その屈託のない笑顔……ついつい心惹かれてしまう。

 アーフリード以外の人間に、こんな気持ちを持ってしまったことに、ユナはかなり戸惑いを感じている。

(ダメ! 私には、アーフリード様がいるんだから……!)

 そう思いつつも、イスカがこちらを見つめてくるだけで、心奪われてしまいそうだ。

(バニースーツ姿が似合ってて……すごく、可愛い……)

 イスカのセクシーな格好を、ユナはうっとりと眺めている。

 男の子のバニースーツ姿にここまでときめくことになるとは、思ってもいなかった。

「イスカ君、探したよ~」

 ニハルが邸のほうから歩いてきた。護衛も連れず、呑気な雰囲気である。自分の立場を理解しているのだろうか。いつ帝国の刺客が襲ってくるかわからないというのに。

 そんなことを考えていて、おや、とユナは首を傾げた。

 自分はなぜ、ニハルの心配をしているのだろう。イスカに対して心惹かれており、その恋人であるニハルには嫉妬の念しか湧いていないはずだ。それなのに、どうして、今度はニハルのことを考えているのか。

「ニハルさん、まだ寝てなかったの?」
「イスカ君もだよ。こんな時間に、鍛錬?」
「うん。この場所が、一番集中できるんだ」
「ふふふ、変なの。畑の真ん中で修行する人なんて、見たことがないよ」
「サムライはどんなところでも己を鍛える。別に不思議なことでもないよ」
「ユナも一緒なんだね」

 と、そこで、ニハルはユナのほうを見てきた。

 ドキン、と胸が高鳴るのを、ユナは感じた。

 あれ? なにこれ?

 イスカだけでなくて、ニハルと目が合っていても、鼓動が早くなってくる。息が苦しく感じられる。

「イスカ君、格好いいでしょ♪」
「え? あ、うん……なかなか、いい動きをしていたわ」
「でしょ、でしょ♪ 嬉しいなあ、ユナにも、イスカ君の格好いいところ見てもらえて」

 暗闇の中で、自分達が二人きりでいたことを、ニハルは変にとがめたりはしない。それどころか、ユナに、むしろもっとイスカに見惚れろ、と言わんばかりの調子で、イスカのことを語ってくる。

 そんな風に熱烈に恋人のことを話すニハルを見ていて、ユナは、どこか面白くないものを感じていた。

 ん? 面白くない? あれあれ? おかしいな?

 ユナは自分の心の動きに、動揺を隠せない。冷静に自己を分析しようとするも、すぐには答えが出てこない。

 やがて、出てきた結論は、自分は、イスカだけでなく、ニハルのことも実は気になっている、ということだった。

(あはは……まさか……)

 これではまるで、自分が節操のない女みたいではないか。

 アーフリード一筋で生きてきたのに、ここへ来て、一気に二人も、自分の心を奪いそうな相手が現れるなんて……そんなの、ありえない。あってはならない。ニハルもイスカも、今日初めて会ったばかりだというのに、これで懸想しているというのなら、あまりにも自分はちょろすぎる。

「さ、でも、そろそろ寝る準備をしたほうがいいよ。家の中に入って」

 ニハルに手招かれ、イスカとともに、ユナは歩き出した。

 砂上船から落ちたショックで、おかしくなっているのだろうか、と悩んでいる。どんなに頭をひねっても、ニハルやイスカに対する感情で胸がいっぱいになっている、この状態を理解することができない。

 あるいは、それだけ、二人に人的魅力があるということなのだろうか。

(今日のところはもう寝よう。難しいことは、明日、考えよう)

 とりあえず、思考は明日へと先延ばしにすることに決めたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

処理中です...