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第60話 悪魔の暗躍
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サゼフト王国からの帰路、砂漠をゆく砂上船の甲板で、ユナは浮かない顔をしている。
アーフリードのことだ。
彼女はサゼフト王国にカジノ侵攻へと乗り出させるために、策略を用いた。バニーガールの格好をさせたトゥナに、女王ナイアーラを襲わせることで、ニハルがサゼフト王国侵攻を目論んでいるように見せかけたのだ。
これにより、そう日を置かずして、サゼフト王国とニハル一味との戦いが始まるだろう。あとはガルズバル帝国が、その漁夫の利を得ればいいだけである。
しかし――
(昔は、あんな卑怯な手段は考えつかなかったのに……)
まっすぐな心を持っているユナは、いつの間にかアーフリードが国のためならば、どんな手段であろうと構わず使うようになっていることに、悲しみと恐れを抱いていた。
月明かりに照らされた砂漠の風景は、心を清らかにしてくれる。それでも、胸の奥にくすぶっている不安は、拭い去れずにいる。
そもそも、バニーガールのニハルは、ルドルフに対抗した結果、カジノを陥落させたのだと聞いている。知っている情報はそれくらいだが、ルドルフのゲスな性格を知っているユナは、きっと、ニハルは何か耐えがたい辱めをルドルフから受けたのだろう、と感じていた。
だとしたら、正義はどちらにある?
正義――それは、ユナの中にある、動かしがたい信念。
自分は常に正義のために戦っている。そして、アーフリードにも同じく正義の心があると信じていたからこそ、これまで付き従っていた。
だけど、もしも、アーフリードが悪だとしたら?
(ううん……ダメよ、そんなことを考えたら、ダメ……ユナ……)
胸の内に湧いてきた疑念を払うように、かぶりを振った。
アーフリードは自分にとって大切な恋人でもある。その愛する人を疑うなんて、どうかしている。
(戻ろう。アーフリード様のところへ。抱き締めてもらえば、全部どうでもよくなるわ)
そう思って、船室へと移動しようとした、その時だった。
ズンッ! と何者かが、甲板に荒々しく着地した。ただならぬ雰囲気に、ユナは即座に剣を抜き、目の前に現れた者へ向かって刃を向ける。
「あなた、誰⁉」
問われた相手は、答えることなく、ゆっくりと顔を上げた。
黒いローブに身を包んだ、無精髭の男。整った顔立ちをしている。飄々とした笑顔を浮かべながら、男は着地の体勢から、スッと身を起こした。
「そうだな。人は俺のことをこう呼ぶ。悪魔、と」
「悪魔……⁉」
「お前さんは、ガルズバル騎士団の第一隊隊長にして、騎士団長の恋人ユナだな」
「だったら、なんだって言うの……!」
ユナは怒号を上げた。
悪魔を名乗るなんて、どうかしている。この大陸で広く信仰されている、創造神クーリアを祭った、クーリア教。その教義において、神に敵対する存在のことを、悪魔と呼んでいる。それは、破壊神デストラや、混沌神クンルンを信仰する者達のことをさしてもいるし、そもそも神話において、クーリアに楯突いた魔物達の集団を総称して悪魔と呼んでいることもある。
とにかく、悪魔と名乗る男の正体について、考えられることは二つ。
ひとつは、デストラ教団やクンルン教団の信者であるということ。
もうひとつは――神話に登場するような、本物の悪魔である、ということだ。
「なーに、ちょっと危害を加えさせてもらおうと思ってな」
「『フラッシュ・ダンス』!」
ユナは、相手の言葉を受けた瞬間、自身のスキルを発動させた。
相手が何者かわからない以上、出し惜しみをしている余裕はない。全力で対抗する。
スキルには二種類ある。ひとつは、凡庸スキル。これはクーリア神との契約によって、誰でも手に入れられるような簡単なスキルである。
そして、もうひとつは、レアスキル。こっちは、クーリア神に特に認められた者か、あるいは他の神々によって与えられる、特別なスキル。時には外れスキルもあるが、ユナの場合、当たりも当たり、自分の戦闘スタイルとも合っている、かなり優秀なスキルだ。
ただでさえ超スピードで戦うユナ。そのユナのスピードを、倍速させる能力がある。自信の内にある魔力を消耗する代わりに、さらに三倍、四倍と加速させることも出来る。高速攻撃を仕掛けるユナと渡り合えるのは、騎士団最強のアーフリードくらいだ。
まずは倍速で「悪魔」に攻めかかる。
「ヤアアア!」
裂帛の気合いとともに、一気に間合いを詰めたユナは、剣を振り下ろした。
が、すでに相手の姿はない。
(私より速い⁉)
背後に気配を感じたユナは、攻撃を中断し、急いで振り返った。
その腹に、「悪魔」の蹴りが叩き込まれる。
「あぐっ!」
ユナは吹き飛ばされた。
船の端のほうまで飛んでゆき、縁へと体を叩きつけられる。あわや砂漠に落下するか、というところで、なんとか踏みとどまった。
だが、「悪魔」は、もうユナの目の前まで距離を詰めていた。
「俺のために、犠牲になってもらうぜ」
その言葉とともに、「悪魔」はユナの首を片手で掴むと、グンッと船の外へと押し出した。
首つりの形で、空中へと持ち上げられる。
「あ……かはっ……!」
「おっと、首が締まって苦しいよな。いま楽にしてやるぜ」
そう言って、「悪魔」はパッと手を離した。
たちまち、ユナの体は、遙か下の砂漠へ向かって、落下していくのであった。
アーフリードのことだ。
彼女はサゼフト王国にカジノ侵攻へと乗り出させるために、策略を用いた。バニーガールの格好をさせたトゥナに、女王ナイアーラを襲わせることで、ニハルがサゼフト王国侵攻を目論んでいるように見せかけたのだ。
これにより、そう日を置かずして、サゼフト王国とニハル一味との戦いが始まるだろう。あとはガルズバル帝国が、その漁夫の利を得ればいいだけである。
しかし――
(昔は、あんな卑怯な手段は考えつかなかったのに……)
まっすぐな心を持っているユナは、いつの間にかアーフリードが国のためならば、どんな手段であろうと構わず使うようになっていることに、悲しみと恐れを抱いていた。
月明かりに照らされた砂漠の風景は、心を清らかにしてくれる。それでも、胸の奥にくすぶっている不安は、拭い去れずにいる。
そもそも、バニーガールのニハルは、ルドルフに対抗した結果、カジノを陥落させたのだと聞いている。知っている情報はそれくらいだが、ルドルフのゲスな性格を知っているユナは、きっと、ニハルは何か耐えがたい辱めをルドルフから受けたのだろう、と感じていた。
だとしたら、正義はどちらにある?
正義――それは、ユナの中にある、動かしがたい信念。
自分は常に正義のために戦っている。そして、アーフリードにも同じく正義の心があると信じていたからこそ、これまで付き従っていた。
だけど、もしも、アーフリードが悪だとしたら?
(ううん……ダメよ、そんなことを考えたら、ダメ……ユナ……)
胸の内に湧いてきた疑念を払うように、かぶりを振った。
アーフリードは自分にとって大切な恋人でもある。その愛する人を疑うなんて、どうかしている。
(戻ろう。アーフリード様のところへ。抱き締めてもらえば、全部どうでもよくなるわ)
そう思って、船室へと移動しようとした、その時だった。
ズンッ! と何者かが、甲板に荒々しく着地した。ただならぬ雰囲気に、ユナは即座に剣を抜き、目の前に現れた者へ向かって刃を向ける。
「あなた、誰⁉」
問われた相手は、答えることなく、ゆっくりと顔を上げた。
黒いローブに身を包んだ、無精髭の男。整った顔立ちをしている。飄々とした笑顔を浮かべながら、男は着地の体勢から、スッと身を起こした。
「そうだな。人は俺のことをこう呼ぶ。悪魔、と」
「悪魔……⁉」
「お前さんは、ガルズバル騎士団の第一隊隊長にして、騎士団長の恋人ユナだな」
「だったら、なんだって言うの……!」
ユナは怒号を上げた。
悪魔を名乗るなんて、どうかしている。この大陸で広く信仰されている、創造神クーリアを祭った、クーリア教。その教義において、神に敵対する存在のことを、悪魔と呼んでいる。それは、破壊神デストラや、混沌神クンルンを信仰する者達のことをさしてもいるし、そもそも神話において、クーリアに楯突いた魔物達の集団を総称して悪魔と呼んでいることもある。
とにかく、悪魔と名乗る男の正体について、考えられることは二つ。
ひとつは、デストラ教団やクンルン教団の信者であるということ。
もうひとつは――神話に登場するような、本物の悪魔である、ということだ。
「なーに、ちょっと危害を加えさせてもらおうと思ってな」
「『フラッシュ・ダンス』!」
ユナは、相手の言葉を受けた瞬間、自身のスキルを発動させた。
相手が何者かわからない以上、出し惜しみをしている余裕はない。全力で対抗する。
スキルには二種類ある。ひとつは、凡庸スキル。これはクーリア神との契約によって、誰でも手に入れられるような簡単なスキルである。
そして、もうひとつは、レアスキル。こっちは、クーリア神に特に認められた者か、あるいは他の神々によって与えられる、特別なスキル。時には外れスキルもあるが、ユナの場合、当たりも当たり、自分の戦闘スタイルとも合っている、かなり優秀なスキルだ。
ただでさえ超スピードで戦うユナ。そのユナのスピードを、倍速させる能力がある。自信の内にある魔力を消耗する代わりに、さらに三倍、四倍と加速させることも出来る。高速攻撃を仕掛けるユナと渡り合えるのは、騎士団最強のアーフリードくらいだ。
まずは倍速で「悪魔」に攻めかかる。
「ヤアアア!」
裂帛の気合いとともに、一気に間合いを詰めたユナは、剣を振り下ろした。
が、すでに相手の姿はない。
(私より速い⁉)
背後に気配を感じたユナは、攻撃を中断し、急いで振り返った。
その腹に、「悪魔」の蹴りが叩き込まれる。
「あぐっ!」
ユナは吹き飛ばされた。
船の端のほうまで飛んでゆき、縁へと体を叩きつけられる。あわや砂漠に落下するか、というところで、なんとか踏みとどまった。
だが、「悪魔」は、もうユナの目の前まで距離を詰めていた。
「俺のために、犠牲になってもらうぜ」
その言葉とともに、「悪魔」はユナの首を片手で掴むと、グンッと船の外へと押し出した。
首つりの形で、空中へと持ち上げられる。
「あ……かはっ……!」
「おっと、首が締まって苦しいよな。いま楽にしてやるぜ」
そう言って、「悪魔」はパッと手を離した。
たちまち、ユナの体は、遙か下の砂漠へ向かって、落下していくのであった。
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