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第39話 バニーガール姿の美少年に迫る危機!

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「ん? どこかで見たことがあるような……」

 間近でイスカの顔を見た瞬間、ルドルフは首を傾げた。髪を下ろしていることや、化粧を施していることもあり、すぐにはイスカとわからないようだが、面影は感じ取ったらしい。

 まずい、気付かれる、と焦ったイスカは、顔を背ける。

「そ、そんなに、見ないでください」

 特に演技というわけでもなく、本心からそう言ったのであるが、ルドルフはそれを恥じらいと捉えたようだ。

「なかなかそそられるではないか」

 イスカの顎に手を添え、グイッ、と自分のほうへと向けてくる。

「顔立ちは東国の者だな。ファンロンから来たのか」
「いえ……桜花国です」
「男に抱かれた経験はあるか」
「……ありません」
「ほう、処女か。それはなおいい」

 そう言って、ルドルフは顔を近寄せてくると、イスカの唇を吸おうとしてきた。

 葡萄酒臭い吐息がかかってくる。

 気分が悪くなったイスカは、また顔を背けた。レジーナとでさえキスするのには抵抗感があったのに、ルドルフとなんて、なおさら嫌である。

「俺に逆らう気か」

 ルドルフは、イスカの腰に手を回して、力任せに引き寄せてきた。さらに、尻を撫で回してくる。ぞぞぞ、とイスカの背中に悪寒が走った。

「よい尻をしているな」
「ま、待ってください」
「待てない」
「えっと、その……」

 上手くこの場を切り抜けるための言い訳を、必死で考える。

 コンマ数秒で思考を巡らせた結果、苦し紛れの言い訳を思いつき、とにかく言ってみることにした。

「わ、私……葡萄酒のにおいが、ダメなんです」
「そんなのは我慢しろ」
「いえ、ほんとに……! いまも、吐きそうで……! おえっ……!」

 なかばヤケになって、吐く演技をしてみたりする。

 さすがにベッドを汚されてはたまらないと思ったか、ルドルフはフンッと鼻を鳴らし、立ち上がった。

「しょうのない奴だ。そこで待ってろ。身を清めてくる」

 ルドルフは、意外と潔癖症なところがあるのかもしれない。口だけ洗えばいいところを、わざわざ全身を綺麗にするため、備え付けの浴室へと入っていった。

 なんだかんだで、チャンス到来だ。

(ベッド脇の棚の中……! 二段目……!)

 すぐに棚に飛びつき、二段目の引き出しを開けると、そこには何個も鍵が入っている。

「どれ⁉」

 一瞬、動揺したが、十個ほどしかないので、全部持っていけばいい、ということに思い至った。

 鍵を取り、胸の詰め物の下へと隠す。

 念のため、ルドルフの様子を窺う。浴室から、機嫌良さそうな鼻歌が聞こえてくる。しばらくは出てきそうにない。

 いまだ! とばかりに、イスカは部屋を飛び出した。

 廊下を早歩きで進んでいくと、途中で護衛として立っている老戦士リヒャルトが、怪訝そうな表情で近寄ってきた。

「もう用は済んだのか?」
「あ……はい」
「妙だな。ルドルフ殿がこんな早く済ませるとは思えないが」

 リヒャルトは不思議そうに呟く。

 疑われる前にと、イスカは何も語らず、静かに頭を下げて、リヒャルトの前を通り過ぎようとした。

「待て」

 その腕を、ガシッと、リヒャルトは掴んできた。

「身体検査をさせてもらおうか」
「や、やめてください……! そんな恥ずかしいこと、いやです……!」
「ダメだ」

 抵抗するイスカの様子を見て、疑念を抱いたようだ。リヒャルトの目つきが厳しくなってきた。

 様子がおかしいことに気がついた、他の兵士達が、何事かと寄ってくる。その兵士達に、リヒャルトは指示を出した。

「ルドルフ殿の様子を見てくるのだ! この娘に何かされたかもしれぬ!」
「はいっ!」
「承知しました!」

 次第に場の雰囲気が物々しくなってくる。

 リヒャルトは、一段と険しい表情になり、イスカのことを詰問してきた。

「あの部屋で何をした! 正直に話すのだ!」

 もうごまかしきれない。

 そう判断したイスカは、弱々しいフリをするのをやめた。

 キッ! と目つきを鋭くし、腰を落として身構えると、自分の腕を掴んでいるリヒャルトの手を振り払った。

「やはり! 新人バニーを装っておったか!」

 怒りの声を発したリヒャルトは、剣を抜き、間髪入れず斬りかかってきた。さっきは親身になって応じてくれたが、いざ敵とみなすと、容赦はない。

 イスカは、リヒャルトの斬撃をギリギリでかわした。

 しかし、完全にはかわしきれず、レオタードの胸部を切り裂かれてしまった。たちまち、胸の詰め物がこぼれ落ち、その下に隠していた鍵もバラバラと床に落ちてしまう。

「鍵、だと⁉」

 リヒャルトは、瞬時に、イスカが盗み出したものだと判断したようだ。攻撃を一時中断し、床に落ちている鍵を拾おうとする。

 そうはさせじと、イスカは体勢を低くし、足払いを放った。狙いは、リヒャルトではなく、鍵。床の上の鍵を足で払い、弾き飛ばす。

 いくつもの鍵が、廊下を滑っていく。

リヒャルトは鍵を拾い損ね、「ぬう!」と怒声を上げた。

「こしゃくな!」

 イスカを突き飛ばして、廊下の奥へと流れていった鍵を拾おうと、勢いよく駆け出した。

 が、すぐに体勢を整えたイスカは、リヒャルトの後ろから猛然とダッシュして、追いつき、その脇をスライディングですり抜けた。そのまま滑りながら、両手で鍵を全部拾うと、跳ね起きて、すぐに走り出す。

「待てい! 逃がさんぞ!」

 リヒャルトは剣を振りかぶって、追いかけてくる。

 本来なら、相手している暇はない。そもそも、武器を持っていないから、その余裕もない。いまは、急いで地下室への扉を開けて、ニハルを救出しに行かないといけない。

 それはわかっているが、しかし、リヒャルトを振り切らない限りは、ニハルの救出なんて不可能である。

 イスカは急ブレーキをかけ、後ろを振り返った。

 やるしかない。戦うしかない。

「かかってこい!」

 鍵を落とさないよう、両手をしっかり握り締めながら、戦闘態勢に入った。
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