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第16話 二つの決意

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 お風呂に入り、寝間着用の白バニーへと着替えたニハルは、さあ準備万端♪ とばかりに大寝室のベッドに横になって、胸を昂ぶらせながらイスカのことを待ち続けていた。

 イスカも、盗賊団の面々と一緒に、大浴場で汗を流している最中だ。

 彼には、必ず大寝室へ来て、一緒に寝るよう伝えてある。

(うひゃあ、どうなっちゃうんだろ♡)

 頬を染めて、太ももをモジモジとこすり合わせながら、すっかり情欲の塊と化しているニハルは、あんなことやこんなことを妄想している。

 実のところ、ニハルは、男性経験が皆無である。

 ただ、知識だけは無駄に豊富だ。

 その知識を生かして、いつか好みの男性が現れたら……と思って、守り続けてきた操を、ようやく捨てる時が来た。

 イスカは、一見ナヨッとして見えるが、実際はサムライの少年であり、鍛え抜かれた肉体を持っている。そんなイスカに抱かれたら、どうかなってしまうのではないか、と考えては、興奮のあまり、ニハルはゴクリと喉を鳴らしている。

(早く、早くぅ♡)

 やっとのことで、大寝室のドアが開き、イスカが中に入ってきた。

「あーん♡ 待ってたよ♡ イチャイチャしよ♡ イチャイチャ♡ ……って、あれ? どうしたの、イスカ君。その格好」

 なぜかイスカは、寝間着ではなく、平常時と同様に着物を着ている。ご丁寧に、腰帯に刀まで差している。

「僕は、ニハルさんのボディガードだから」
「へ?」
「また、いつ、ルドルフの刺客が襲ってくるかわからない。なんで、夜も番をすることに決めたんだ」
「うそ、うそ、うそ……⁉ ちょっと待ってよ! 大丈夫だって! さすがにこんな短時間で立て続けには襲ってこないって!」
「そう油断しているところを、突いてくるかもしれない。僕は、寝ずの番をしてるね」

 イスカは、硬い口調でそう言うと、ベッドにもたれかかるようにして、床に座り込んだ。

 しばし、気まずい沈黙が流れる。

「じゃあ……今晩は、イスカ君とエッチが出来ない、ってこと……?」
「今晩だけじゃなくて、ルドルフの刺客が来なくなるまでは」
「えええ、私達、恋人同士になったんじゃないの?」
「うん……約束はしたけど……だからこそ、僕はニハルさんのことが大事だから、絶対に守り抜きたいんだ」
「ちょっとくらい、いいでしょ。イスカ君だって、私のおっぱいとか、お尻とか、たまに見てるんだし、本当は我慢できないんじゃないの?」
「……我慢する」

 イスカは、煩悩に耐えるかの如く、ギュッと目をつむり、天を仰いだ。

「ニハルさんのこと、大好きだけど……大好きだから……あんなルドルフなんかに渡せない……」
「寝ずの番なんて、アイヴィーやポチョムキンに任せてもいいじゃない」
「僕はまだ、あの人達のことを完全には信用していないから」
「平気だよ。みんな、気のいい人達じゃない」
「とにかく……僕がニハルさんのことを守るって、決めたから……」

 ニハルは苦笑しながら、ため息をついた。

 ダメだこりゃ、と諦めた。

 イスカは、可愛い顔して、とんでもなく頑固な性格をしている。一度、こうと決めたら、てこでも動かないのだろう。

「わかった。ありがと、イスカ君。残念だけど、楽しみは取っておくよ」
「ごめんね、ニハルさん……」
「ううん、いいの。それだけ、イスカ君が、私のことを想ってくれている、ってことだもんね♪ その気持ちを感じ取れるだけでも、いまは十分幸せだよ♪」

 ニハルは布団にくるまり、目を閉じた。

 カジノでバニーガールをやっていた時は、他のバニー達と一緒に、大部屋で雑魚寝だった。その時と比べると、なんていまは贅沢なのか。

 大きくて柔らかなベッドをひとり占めして、しかもすぐ近くで、愛しい人が自分のことを守ってくれている。

 奴隷バニーとなって以来、初めて心の底から安心して寝られる環境を迎え、いままでの疲れも出てきたのか、ニハルは早くも寝息を立て始めた。

「おやすみ、ニハルさん……」

 静かに、イスカは優しい声をかける。

 だが、その目はどこか悲しみに満ちあふれている。

 何かを思い出すかのように、宙空を見つめながら、イスカの耳には入らないよう、ポツリと呟いた。

「師匠……ごめんなさい……僕、約束を破っちゃいました……」

 ※ ※ ※

 ニハルは、奴隷バニーになる前の自分の、夢を見た。

 それは、ラクダを連れて、砂漠を放浪していた時の記憶。

 すでに生まれ育った故郷はなく、各地を転々として、なんとか生き長らえていた。

 肉づきのよい美しい少女である、ということで、男達からは好色の目で見られ、しょっちゅう肉体関係を迫られた。時には危ない目にも遭った。

 そんな少女一人の旅を続けていたニハルは、心身ともにすっかり疲弊してしまっていた。ラクダを引きながら、ヨロヨロと、夜の砂丘を登ってゆく、彼女の瞳には生気がない。

 あとどれだけ、こんな旅を続ければいいのだろうか――

 そう思っていたニハルは、しかし、砂丘の頂上へと登り切ったところで、

「わあ……!」

 たちまち、表情を明るくした。

 地平線まで広がっている砂漠は、月明かりに照らされて、青く輝いている。まるで話に聞く海のようだ。

 ニハルは、海を見たことがない。幼い頃に両親から物語で教えてもらったくらいだ。

「いいなあ……♪ いつか見てみたいな……♪ 海……♪」

 元気を取り戻したニハルは、砂を踏みしめ、再び歩き始めた。

 ※ ※ ※

 夢からさめると、もう朝になっていた。

 鳥のさえずりが外から聞こえてくる。

 窓を通して、陽光が差し込んでいる。

 そして――ベッドにもたれかかって、スヤスヤと寝息を立てているイスカの姿。

 本来ならば、寝ずの番をする、と決めたのに、結局眠ってしまっている時点で、まだまだボディガードとしては半人前である。
 だけど、ニハルは、イスカの気持ちがとても嬉しかった。
 年頃の男の子だけに、エッチなことが出来る、とあれば、喜んで飛びつきたかったであろうに、何よりもニハルの安全を優先してくれた、その心意気が。

「ありがと♡」

 ベッドから降りたニハルは、そっと、イスカの頬にキスをした。

 しかし、こんな生活をいつまでも続けるわけにはいかない、と思い、すぐに表情を険しくしたニハルは、ツカツカと歩を進め、大寝室の扉を勢いよく開けた。

 そこには、アイヴィーが壁にもたれて、腕組みして立っていた。

「よ。おはよ」
「やっぱり、いたんだ」
「イスカだけだと心配だからな。オレも寝ずの番をしてたんだよ」
「寝てないところ悪いんだけど、盗賊団のみんなを集めてくれない?」
「もしかして……」
「うん。もう、ルドルフの奴には頭きた」

 ニハルはぷぅ、と頬をふくらませ、それから宣言した。

「あいつが二度と私に手を出せないよう、ぎゃふんと懲らしめてやるんだから!」
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