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第49話 新宿ダンジョン③
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「隊長、ここは我々に任せて、カンナ君と一緒に行ってください」
アビゲイルさんがそう言って、他のハーキュレス隊員達とともに、イワナガヒメの前に立ちはだかった。
「何を言うか! 家族同然のお前らを置いて、わしだけ行けるか!」
「会話をしている時間が惜しいです。敵は強い。判断の遅れは、全滅に繋がります」
口早に言い放ち、アビゲイルさんは稲妻爺さんをキッと睨む。
その決死の覚悟を前にして、稲妻爺さんも、俺も、何も言えなくなった。
「……死ぬな!」
それだけ言って、稲妻爺さんは俺の腕を引き、走り出した。
俺は、アビゲイルさん達を捨て駒とすることにためらい、少しもつれるようにしながら稲妻爺さんと併走していたが、やがて覚悟を決めて全力で駆け始める。
背後から激しい戦闘音が聞こえてきた。
そして、次々と聞こえてくる悲鳴。
涙がこぼれる。誰かを犠牲にしてまで得る勝利に、果たして価値はあるのだろうか。だけど、ここで俺まで倒れたら、敵を倒す目処は立たなくなってしまう。
俺と稲妻爺さんは、まっすぐ目標地点へ向かって突っ込んでいく。
その目標地点とは――かつて存在した、地下鉄。四谷三丁目の駅。
ほとんど賭けに近かった。もしも入り口が潰されていたら、別の手段を考えるしかなかった。
しかし、奇跡的に、四谷三丁目の駅入り口は残されていた。
俺達は階段を駆け下り、地下へと入っていく。明かりは無いから、懐中電灯を点けて突き進む。
やがて、ホームに出た。
「おお! あるぞ! 線路があるぞ!」
「やった! 読み通り!」
ゲンノウによる新宿ダンジョンの大改造は、地下まで及んでいない、というのが俺達の読みだった。これは、俺自身の経験によるところが大きい。俺がダンジョン改造できるのは、表層部だけだ。地下深くなどの範囲までは改造できない。それと同じなら、ゲンノウも新宿の表層部だけを改造して、地下までは変えられなかったはずだ。
そして、その読みは当たった。
俺は線路に下り立つと、レールに手を触れた。
目をつむり、イメージを膨らませる。
事前にしっかり打ち合わせをして、設計図は頭の中に描いている。複雑な機構はいらない。車輪がついていて、自走できる仕掛けさえあれば、それでいい。
「おおおおお!」
気合を入れて、エネルギーをダンジョンに注入する。
レールが膨張し、別の形をなしてくる。やがて出来上がったのは、車両。トロッコのような形で不格好ではあるが、レールにしっかりと車輪がはまっている、簡易な車両だ。
「いいぞ! よくやった!」
稲妻爺さんが喜びの声を上げた、その時だった。
地下鉄の天井が崩れ落ち、上からイワナガヒメが姿を現した。
「ぬう! しつこい奴め!」
マシンガンを構えた稲妻爺さんは、イワナガヒメに向かって乱射する。
が、イワナガヒメは姿を掻き消し――ワープしたかのように、一瞬の内に稲妻爺さんとの距離を詰め――そのまま手刀で爺さんの胸を貫いた。
「ごぶっ!」
稲妻爺さんは血を吐き、よろめいた。
だが、ただではやられない。
イワナガヒメの体を抱え込み、身動き取れなくする。
「離さんか、下郎が」
冷たい声でイワナガヒメは言い放つと、その手で、トンと軽く稲妻爺さんの額を小突いた。
ブチュン、と音を立て――稲妻爺さんの首は、ねじ切れた。
「うわあああああ!」
俺は悲鳴を上げる。
ここまでか。ここまでなのか。
そう思っていると、何かがカツーンと床に落ちる音が聞こえた。
手榴弾。
稲妻爺さんが最期の瞬間にピンを抜いた、パイナップル状の爆弾が、コロコロとホームの床に転がる。
俺は咄嗟に、トロッコの中に飛び込み、内側についているボタンを押した。
トロッコ後部には燃料が積まれており、ボタンを押すことで、それに火がつく。そして噴射の勢いで、前へと進む仕組みだ。そういう風に、俺が設計した。
ドンッ! と勢いよくトロッコが発車した直後、稲妻爺さんの手榴弾が爆発した。
イワナガヒメがどうなったかは、わからない。俺は、予想以上に凄まじい勢いで走るトロッコの上で、必死にしがみつくのでやっとな状況だ。
だけど、イワナガヒメは、きっと生きているだろう。あの手榴弾の攻撃程度で死ぬとは思えない。
「ちくしょう……! ちくしょう……!」
こんなはずじゃなかった。本来なら、ハーキュレス部隊と一緒に、敵の本丸へ乗り込むはずだった。なのに、まさかのイワナガヒメの奇襲によって、ハーキュレス部隊は全滅してしまった。
何が間違っていたんだろう、と考えてしまう。
ライブ配信をすることで、敵の注意を俺達に引きつけようとした。それがあからさまな陽動だと、あえて敵に教えるため。ゲンノウのことだから、その陽動の裏で、ツインタワーの背後からナーシャ達が奇襲を仕掛けると読むはずで、その読みのさらに裏をかき、俺達、正面突破部隊が一気に敵の喉元へと突っ込む。
そのための地下鉄を利用した作戦だった。
俺の「ダンジョンクリエイト」を有効活用しての、奇策。
たぶん、敵がゲンノウだけだったら、問題なかったかもしれない。
けれども、イワナガヒメがいた。
まさかの大ボスによる最前線登場。それによって、一気に読みは狂い、戦力を失ってしまった。
ドカン! とトロッコは何かに引っかかり、大きく転倒する。
俺の体は宙に投げ出され、線路上に叩きつけられた。
「いた……た……!」
背中を強打した俺は、しばし起き上がれずにいる。
寝転がったまま、大きくため息をついた。
もうダメだ。作戦は失敗だ。俺達は尊い犠牲として扱われ、その後、政府は思惑通りに、自衛隊による全面攻撃を仕掛けるに違いない。全部シナリオ通り。俺達が全滅するのもシナリオ通り。
ポケットの中のスマホが振動する。
引き抜いてみると、画面はひび割れているけど、まだ機能しているようだ。通知の内容を見てみると、それは、配信の視聴者からのコメントだった。
《:生きてるかー?》
《:マジで無事でいてくれよ。倒さなくていいからさ》
《:俺、カンナさんの配信にいつも勇気づけられています。これからも配信してほしいです。危険な真似はしなくていい。ただ、カンナさんが元気でいてくれれば、それだけで嬉しいです》
《:ダメだ……》
《:ダメとか言うな!》
《キリク:カンナ! 返事してくれ! 頼む! 頼むよ!》
俺は立ち上がった。
ドローンカメラはとっくの昔に置いてけぼりになり、いまや、配信に使える機材は、このスマホ一台だけだ。
それでも、俺は――
「みんな、コメント、どうもありがとう。俺は無事だ」
スマホのカメラに向かって、笑顔を向けた。
《:うおおおおお! 生存!》
《:よかった! よかった!》
《:不死身のアクションヒーローかよ! いやでもすげーよ!》
《キリク:ばかやろー! 心配かけさせやがって!》
そして、俺は不意に悪戯心が湧いてきた。
それはやっても無意味な行動。もしかしたら、自分をより窮地に追い込むかもしれない馬鹿な行動。
だけど、ムシャクシャしていた。
一発かましてやりたかった。
だから俺は、カメラに向かって、こう言った。
「あー……ところで、この配信を見ているか、ゲンノウ」
《:ゲンノウ⁉》
《:ちょ、ま、何を言い出してるんだ、カンナ》
《:お前、それはまずいって、まずい》
「大勢の命を奪って、やりたい放題やって、塔の上でふんぞり返って、さぞや気分がいいだろうな」
《:やめてええええ》
《キリク:挑発するな、バカ!》
《:頭打ったのか⁉》
「だけど、俺はこの通り、ピンピン生きてるぜ! 残念だったな! とにかく、その首洗って待ってろよ! 今すぐぶっ倒しに行くぜ!」
そう啖呵を切ってから、俺はカメラに向けて、中指を立てた。
ファックユー、親父。
《ゲンノウ:楽しみに待っている》
《:ぎゃあああ、出たーーー!》
《:ほ、本物⁉ 本人さん登場⁉》
《:てか、この配信見てるのかよ⁉》
《キリク:カンナ! 居場所がバレるぞ! 今すぐ配信をやめろ!》
いつもありがとな、キリク氏。
でも、配信をやめるわけにはいかない。理屈じゃない。そうすべきだって、俺の勘が呼びかけているんだ。きっと、スマホが無事なのにも意味がある。この使われなくなった地下にもちゃんと電波が繋がっていることにも、意味がある。
「さーて、みんな、最後まで付き合ってくれよ! 世界最高、史上最強のダンジョン配信を、これから見せてやるからな!」
アビゲイルさんがそう言って、他のハーキュレス隊員達とともに、イワナガヒメの前に立ちはだかった。
「何を言うか! 家族同然のお前らを置いて、わしだけ行けるか!」
「会話をしている時間が惜しいです。敵は強い。判断の遅れは、全滅に繋がります」
口早に言い放ち、アビゲイルさんは稲妻爺さんをキッと睨む。
その決死の覚悟を前にして、稲妻爺さんも、俺も、何も言えなくなった。
「……死ぬな!」
それだけ言って、稲妻爺さんは俺の腕を引き、走り出した。
俺は、アビゲイルさん達を捨て駒とすることにためらい、少しもつれるようにしながら稲妻爺さんと併走していたが、やがて覚悟を決めて全力で駆け始める。
背後から激しい戦闘音が聞こえてきた。
そして、次々と聞こえてくる悲鳴。
涙がこぼれる。誰かを犠牲にしてまで得る勝利に、果たして価値はあるのだろうか。だけど、ここで俺まで倒れたら、敵を倒す目処は立たなくなってしまう。
俺と稲妻爺さんは、まっすぐ目標地点へ向かって突っ込んでいく。
その目標地点とは――かつて存在した、地下鉄。四谷三丁目の駅。
ほとんど賭けに近かった。もしも入り口が潰されていたら、別の手段を考えるしかなかった。
しかし、奇跡的に、四谷三丁目の駅入り口は残されていた。
俺達は階段を駆け下り、地下へと入っていく。明かりは無いから、懐中電灯を点けて突き進む。
やがて、ホームに出た。
「おお! あるぞ! 線路があるぞ!」
「やった! 読み通り!」
ゲンノウによる新宿ダンジョンの大改造は、地下まで及んでいない、というのが俺達の読みだった。これは、俺自身の経験によるところが大きい。俺がダンジョン改造できるのは、表層部だけだ。地下深くなどの範囲までは改造できない。それと同じなら、ゲンノウも新宿の表層部だけを改造して、地下までは変えられなかったはずだ。
そして、その読みは当たった。
俺は線路に下り立つと、レールに手を触れた。
目をつむり、イメージを膨らませる。
事前にしっかり打ち合わせをして、設計図は頭の中に描いている。複雑な機構はいらない。車輪がついていて、自走できる仕掛けさえあれば、それでいい。
「おおおおお!」
気合を入れて、エネルギーをダンジョンに注入する。
レールが膨張し、別の形をなしてくる。やがて出来上がったのは、車両。トロッコのような形で不格好ではあるが、レールにしっかりと車輪がはまっている、簡易な車両だ。
「いいぞ! よくやった!」
稲妻爺さんが喜びの声を上げた、その時だった。
地下鉄の天井が崩れ落ち、上からイワナガヒメが姿を現した。
「ぬう! しつこい奴め!」
マシンガンを構えた稲妻爺さんは、イワナガヒメに向かって乱射する。
が、イワナガヒメは姿を掻き消し――ワープしたかのように、一瞬の内に稲妻爺さんとの距離を詰め――そのまま手刀で爺さんの胸を貫いた。
「ごぶっ!」
稲妻爺さんは血を吐き、よろめいた。
だが、ただではやられない。
イワナガヒメの体を抱え込み、身動き取れなくする。
「離さんか、下郎が」
冷たい声でイワナガヒメは言い放つと、その手で、トンと軽く稲妻爺さんの額を小突いた。
ブチュン、と音を立て――稲妻爺さんの首は、ねじ切れた。
「うわあああああ!」
俺は悲鳴を上げる。
ここまでか。ここまでなのか。
そう思っていると、何かがカツーンと床に落ちる音が聞こえた。
手榴弾。
稲妻爺さんが最期の瞬間にピンを抜いた、パイナップル状の爆弾が、コロコロとホームの床に転がる。
俺は咄嗟に、トロッコの中に飛び込み、内側についているボタンを押した。
トロッコ後部には燃料が積まれており、ボタンを押すことで、それに火がつく。そして噴射の勢いで、前へと進む仕組みだ。そういう風に、俺が設計した。
ドンッ! と勢いよくトロッコが発車した直後、稲妻爺さんの手榴弾が爆発した。
イワナガヒメがどうなったかは、わからない。俺は、予想以上に凄まじい勢いで走るトロッコの上で、必死にしがみつくのでやっとな状況だ。
だけど、イワナガヒメは、きっと生きているだろう。あの手榴弾の攻撃程度で死ぬとは思えない。
「ちくしょう……! ちくしょう……!」
こんなはずじゃなかった。本来なら、ハーキュレス部隊と一緒に、敵の本丸へ乗り込むはずだった。なのに、まさかのイワナガヒメの奇襲によって、ハーキュレス部隊は全滅してしまった。
何が間違っていたんだろう、と考えてしまう。
ライブ配信をすることで、敵の注意を俺達に引きつけようとした。それがあからさまな陽動だと、あえて敵に教えるため。ゲンノウのことだから、その陽動の裏で、ツインタワーの背後からナーシャ達が奇襲を仕掛けると読むはずで、その読みのさらに裏をかき、俺達、正面突破部隊が一気に敵の喉元へと突っ込む。
そのための地下鉄を利用した作戦だった。
俺の「ダンジョンクリエイト」を有効活用しての、奇策。
たぶん、敵がゲンノウだけだったら、問題なかったかもしれない。
けれども、イワナガヒメがいた。
まさかの大ボスによる最前線登場。それによって、一気に読みは狂い、戦力を失ってしまった。
ドカン! とトロッコは何かに引っかかり、大きく転倒する。
俺の体は宙に投げ出され、線路上に叩きつけられた。
「いた……た……!」
背中を強打した俺は、しばし起き上がれずにいる。
寝転がったまま、大きくため息をついた。
もうダメだ。作戦は失敗だ。俺達は尊い犠牲として扱われ、その後、政府は思惑通りに、自衛隊による全面攻撃を仕掛けるに違いない。全部シナリオ通り。俺達が全滅するのもシナリオ通り。
ポケットの中のスマホが振動する。
引き抜いてみると、画面はひび割れているけど、まだ機能しているようだ。通知の内容を見てみると、それは、配信の視聴者からのコメントだった。
《:生きてるかー?》
《:マジで無事でいてくれよ。倒さなくていいからさ》
《:俺、カンナさんの配信にいつも勇気づけられています。これからも配信してほしいです。危険な真似はしなくていい。ただ、カンナさんが元気でいてくれれば、それだけで嬉しいです》
《:ダメだ……》
《:ダメとか言うな!》
《キリク:カンナ! 返事してくれ! 頼む! 頼むよ!》
俺は立ち上がった。
ドローンカメラはとっくの昔に置いてけぼりになり、いまや、配信に使える機材は、このスマホ一台だけだ。
それでも、俺は――
「みんな、コメント、どうもありがとう。俺は無事だ」
スマホのカメラに向かって、笑顔を向けた。
《:うおおおおお! 生存!》
《:よかった! よかった!》
《:不死身のアクションヒーローかよ! いやでもすげーよ!》
《キリク:ばかやろー! 心配かけさせやがって!》
そして、俺は不意に悪戯心が湧いてきた。
それはやっても無意味な行動。もしかしたら、自分をより窮地に追い込むかもしれない馬鹿な行動。
だけど、ムシャクシャしていた。
一発かましてやりたかった。
だから俺は、カメラに向かって、こう言った。
「あー……ところで、この配信を見ているか、ゲンノウ」
《:ゲンノウ⁉》
《:ちょ、ま、何を言い出してるんだ、カンナ》
《:お前、それはまずいって、まずい》
「大勢の命を奪って、やりたい放題やって、塔の上でふんぞり返って、さぞや気分がいいだろうな」
《:やめてええええ》
《キリク:挑発するな、バカ!》
《:頭打ったのか⁉》
「だけど、俺はこの通り、ピンピン生きてるぜ! 残念だったな! とにかく、その首洗って待ってろよ! 今すぐぶっ倒しに行くぜ!」
そう啖呵を切ってから、俺はカメラに向けて、中指を立てた。
ファックユー、親父。
《ゲンノウ:楽しみに待っている》
《:ぎゃあああ、出たーーー!》
《:ほ、本物⁉ 本人さん登場⁉》
《:てか、この配信見てるのかよ⁉》
《キリク:カンナ! 居場所がバレるぞ! 今すぐ配信をやめろ!》
いつもありがとな、キリク氏。
でも、配信をやめるわけにはいかない。理屈じゃない。そうすべきだって、俺の勘が呼びかけているんだ。きっと、スマホが無事なのにも意味がある。この使われなくなった地下にもちゃんと電波が繋がっていることにも、意味がある。
「さーて、みんな、最後まで付き合ってくれよ! 世界最高、史上最強のダンジョン配信を、これから見せてやるからな!」
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