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第二話 輪島の塗師
大護の選択
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「結論を言おう。俺は、上条藍子、あんたを認めたくはない。技術力の高さは認めてもいいが、しかし、一緒に仕事が出来るか、と言われたら、まだためらってしまう」
「まだ、ってことは、少しは気持ちが傾いている、ってことなんだよね?」
「む……」
藍子の突っ込みを受け、大護は言葉に詰まった。
そのタイミングで、晃はまた、ポンッと大護の肩を叩いた。
「大護。伝統って、なんだと思う?」
「伝統とは、受け継ぐべき技術と、意思のことだ」
「その世界に生きる人達が、しっかりと伝統を守っていれば、外野には色んな形のやり方があってもいいんじゃないかな? 上条さんは、加賀友禅の作家であると喧伝して活動しているわけではない。ちゃんと邪道であることは自覚した上で、自分が学んだ技術を、少しでも生かせるように頑張っているだけだよ。本職であればこそ、あまり目くじら立てず、むしろ見守るくらいの余裕があってもいいんじゃないかな」
「つまり、何が言いたい」
「要は、考え過ぎってこと」
「考え過ぎ……か……」
憑き物でも落ちたような表情で、大護はつぶやいた。
「この際、自分の気持ちに素直になってみたらどうだ? 本職も、素人も、関係ない。シンプルに、何が好きか。その気持ちに従って、選んでみるんだ」
「もっと気楽に、ということか」
フッ、と大護は笑った。
場の空気が、どこか柔らかくなった。その瞬間を待っていたかのように、晃は、藍子が今作った作品と、綾汰のサンプルを、それぞれ左右の手に持ち、大護の目の前に掲げてみせた。
「さあ、素直なお前の感想を聞かせてくれ。どっちの作品が、大護としては好みだ?」
ほんの少しだけ、間があった。ためらいがあったのか。それでも、大護は数秒で結論を出して、指差した。
藍子の作品を。
「なんで⁉」
黙っていられないのは綾汰だ。ちゃんと手順にのっとって作り上げた友禅作品よりも、藍子が即興で描いた絵のほうが好きと言われては、綾汰としても納得は出来ないだろう。
「実を言うと、俺はこちらの方が好きだ。もちろん、加賀友禅としての技術は、本職であるそちらの方が忠実に守っていて、素晴らしいと思う。図案も、彩色も、見事だ」
「だったら、どうして藍子さんの方を選ぶんだ」
「申し訳ないが、理由は簡単だ。俺は上条静枝さんの作品が好きだ。自由奔放で、幻想的な、あのタッチが大好きなんだ。姉と弟で比べた際に、ただ好みだけを言うならば、上条藍子作のほうが、静枝さんの作風に近い。いや、近いと言うよりも」
もう一度、藍子の作品をしげしげと見てから、大護はうなずいた。
「その精神が、受け継がれている。だから、好きだ」
「僕の作品には、それが無い、と?」
「繰り返し言うが、作品自体の出来は、素晴らしいと思う。あくまでも好みの話で言うならば――」
「もういい。聞きたくもない!」
綾汰はフンと鼻を鳴らし、荷物を持って立ち上がり、部屋の外へと出た。
「まだ、ってことは、少しは気持ちが傾いている、ってことなんだよね?」
「む……」
藍子の突っ込みを受け、大護は言葉に詰まった。
そのタイミングで、晃はまた、ポンッと大護の肩を叩いた。
「大護。伝統って、なんだと思う?」
「伝統とは、受け継ぐべき技術と、意思のことだ」
「その世界に生きる人達が、しっかりと伝統を守っていれば、外野には色んな形のやり方があってもいいんじゃないかな? 上条さんは、加賀友禅の作家であると喧伝して活動しているわけではない。ちゃんと邪道であることは自覚した上で、自分が学んだ技術を、少しでも生かせるように頑張っているだけだよ。本職であればこそ、あまり目くじら立てず、むしろ見守るくらいの余裕があってもいいんじゃないかな」
「つまり、何が言いたい」
「要は、考え過ぎってこと」
「考え過ぎ……か……」
憑き物でも落ちたような表情で、大護はつぶやいた。
「この際、自分の気持ちに素直になってみたらどうだ? 本職も、素人も、関係ない。シンプルに、何が好きか。その気持ちに従って、選んでみるんだ」
「もっと気楽に、ということか」
フッ、と大護は笑った。
場の空気が、どこか柔らかくなった。その瞬間を待っていたかのように、晃は、藍子が今作った作品と、綾汰のサンプルを、それぞれ左右の手に持ち、大護の目の前に掲げてみせた。
「さあ、素直なお前の感想を聞かせてくれ。どっちの作品が、大護としては好みだ?」
ほんの少しだけ、間があった。ためらいがあったのか。それでも、大護は数秒で結論を出して、指差した。
藍子の作品を。
「なんで⁉」
黙っていられないのは綾汰だ。ちゃんと手順にのっとって作り上げた友禅作品よりも、藍子が即興で描いた絵のほうが好きと言われては、綾汰としても納得は出来ないだろう。
「実を言うと、俺はこちらの方が好きだ。もちろん、加賀友禅としての技術は、本職であるそちらの方が忠実に守っていて、素晴らしいと思う。図案も、彩色も、見事だ」
「だったら、どうして藍子さんの方を選ぶんだ」
「申し訳ないが、理由は簡単だ。俺は上条静枝さんの作品が好きだ。自由奔放で、幻想的な、あのタッチが大好きなんだ。姉と弟で比べた際に、ただ好みだけを言うならば、上条藍子作のほうが、静枝さんの作風に近い。いや、近いと言うよりも」
もう一度、藍子の作品をしげしげと見てから、大護はうなずいた。
「その精神が、受け継がれている。だから、好きだ」
「僕の作品には、それが無い、と?」
「繰り返し言うが、作品自体の出来は、素晴らしいと思う。あくまでも好みの話で言うならば――」
「もういい。聞きたくもない!」
綾汰はフンと鼻を鳴らし、荷物を持って立ち上がり、部屋の外へと出た。
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