5 / 109
序話 友禅の魔女
これが現実
しおりを挟む
『今度の舞台は、泉鏡花の『化鳥』をベースにした物語です。衣装については、鏡花の世界観に則った上で、オリジナルの要素を織り込み、かつ舞台となる金沢らしい要素を取り入れたい、と思いました。そこで、みんなとも相談した上で、加賀友禅の作家さんに私の役の衣装をお願いしたのです』
へえ、と藍子は目を丸くした。
四〇代半ばでありながら、肌の色つや良く、若々しいオーラを漂わせている百合マヤ。
物腰も穏やか、かつ丁寧で、多くの人から好印象を持たれている彼女が、舞台で加賀友禅を着る、というのだ。それは、加賀友禅のPRにも繋がってくる。藍子としては、ワクワクが止まらない。
同時に、チクリと胸が痛んだ。
母のお得意さんであった百合マヤが、他の友禅作家に衣装作りの依頼をかけた、ということが、なんだかショックだった。
もちろん、母に依頼することはできないのだから、他の人に頼まざるをえないのは、わかっている。でも、母の娘である藍子としては、寂しさを禁じ得なかった。
さて、一体どこの工房の誰が頼まれたんだろう、と思って、テレビに注目していた藍子は、やがて登場した友禅作家の顔を見た瞬間、
「うそ」
小さな驚きの声を上げた。
『百合マヤが依頼した友禅作家。上条綾汰。二〇代という年齢にして、早くも友禅作家として独立した、新進気鋭の若手作家である』
ナレーションが、上条綾汰の紹介を終えたところで、藍子はテレビを消した。
これ以上、いまの番組を見続ける勇気が無かった。
軽く動悸が早くなっている。
正直、百合マヤの仕事を請け負う作家は、誰であってもよかった。悔しいけど、諦めはつく。だけど、彼だけは、認めたくなかった。
自分の弟――綾汰だけは。
「お母さん。いまの、見てた?」
箪笥の上に飾ってある写真に、藍子は声をかけた。
写真には、母を中心に、藍子と綾汰が並んで立っている。藍子が一一歳の頃で、綾汰は五歳の頃だ。二人の子供を両手で抱き寄せながら、母はにっこりと笑っている。
もう二度と見ることの出来ない、母の笑顔。
「私も頑張ったんだけど、ごめん。すっかり綾汰に追い越されちゃったよ」
両手を合わせて、拝んだ。
それは、母の遺影。
一六年前に亡くなった母は、天国から自分を見守ってくれているのだろうか。見ているのなら、何を考えているのだろうか。
願わくば、あんまり自分のことを心配せず、この写真のように、ずっと笑顔でいてほしかった。
へえ、と藍子は目を丸くした。
四〇代半ばでありながら、肌の色つや良く、若々しいオーラを漂わせている百合マヤ。
物腰も穏やか、かつ丁寧で、多くの人から好印象を持たれている彼女が、舞台で加賀友禅を着る、というのだ。それは、加賀友禅のPRにも繋がってくる。藍子としては、ワクワクが止まらない。
同時に、チクリと胸が痛んだ。
母のお得意さんであった百合マヤが、他の友禅作家に衣装作りの依頼をかけた、ということが、なんだかショックだった。
もちろん、母に依頼することはできないのだから、他の人に頼まざるをえないのは、わかっている。でも、母の娘である藍子としては、寂しさを禁じ得なかった。
さて、一体どこの工房の誰が頼まれたんだろう、と思って、テレビに注目していた藍子は、やがて登場した友禅作家の顔を見た瞬間、
「うそ」
小さな驚きの声を上げた。
『百合マヤが依頼した友禅作家。上条綾汰。二〇代という年齢にして、早くも友禅作家として独立した、新進気鋭の若手作家である』
ナレーションが、上条綾汰の紹介を終えたところで、藍子はテレビを消した。
これ以上、いまの番組を見続ける勇気が無かった。
軽く動悸が早くなっている。
正直、百合マヤの仕事を請け負う作家は、誰であってもよかった。悔しいけど、諦めはつく。だけど、彼だけは、認めたくなかった。
自分の弟――綾汰だけは。
「お母さん。いまの、見てた?」
箪笥の上に飾ってある写真に、藍子は声をかけた。
写真には、母を中心に、藍子と綾汰が並んで立っている。藍子が一一歳の頃で、綾汰は五歳の頃だ。二人の子供を両手で抱き寄せながら、母はにっこりと笑っている。
もう二度と見ることの出来ない、母の笑顔。
「私も頑張ったんだけど、ごめん。すっかり綾汰に追い越されちゃったよ」
両手を合わせて、拝んだ。
それは、母の遺影。
一六年前に亡くなった母は、天国から自分を見守ってくれているのだろうか。見ているのなら、何を考えているのだろうか。
願わくば、あんまり自分のことを心配せず、この写真のように、ずっと笑顔でいてほしかった。
10
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話
赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる