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第6話 スラム街の死闘

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 マギルヒカの首都ローゼムは、東西南北を城壁で囲まれた、正方形状の都市となっている。

 中心部には王城があり、都市部の南方は河の支流が引き込まれていて、運河が張り巡らされている。そのあたりは活気が溢れており、賑やかな雰囲気である。

 一方で、城壁近くの日照条件が悪い地域は、必然的に貧しい者達が追いやられて、スラムと化している。東西南北にスラム地域はあり、エミールが生まれる前から問題視されていたが、歴代の為政者はずっと放置してきた。

 先に、取り立てのために寄ったのは、北方のスラム地域である。ここには工場等の製造業があるので、スラムとは言っても、まだマシなほうだが、問題は、これから行こうとしている南方のスラム地域だ。

 南方は運河があるので、水気により、常に湿っている。そんな地域のスラム街なので、当然、雰囲気はジメジメしている。首都ローゼムの中で、最も治安の悪い一帯だ。

「こんなところに、よく身を隠していられるな……」

 南方スラム地域に足を踏み入れたエミールは、思わずそう呟いた。

 街のあちこちに、下着のような格好をした売春婦達が立っており、妖艶な笑みを浮かべて、手招きしてくる。盗賊と思われる連中は、すれ違う度に、エミールのことをギロリと睨んでくる。スリらしき奴らが、常に隙を狙っており、中にはピッタリと後をついてきて離れない者もいる。

 しかし、誰も手を出してこない。それは、エミール=クロードであるからのようだ。人によっては、クロードの姿を見た瞬間に青ざめて、身を隠す者もいる。ヘコヘコと媚びへつらうようにして「どうもクロードさん」と挨拶してくるチンピラもいる。クロードは金貸しとしてかなり有名で、相当恐れられているようだ。

 万が一を考えて、道中、適当な相手を見つくろって、マジックドレインでMPを蓄えていた。ショックウェーブを6発は撃てる量、200MPほどいまは保持している。いざとなれば魔法でなんとか出来るが、とりあえず、その必要は無さそうだった。

 それにしても――

(30年前にも、立ち寄ったことがあるけど、あの頃より酷くなっていないか?)

 あの頃は、スラムに住む者の絶対数は、それほどではなかったはずだ。売春婦も、チラホラとしか見かけなかった。だけど、いま、都市の中央部と同じくらいに人で溢れかえっている。それだけの数、このスラムに住んでいる者がいる、ということだ。

 つまり、貧富の差が拡大している。

 これもまた、女王になったナラーファの悪政によるものだろうか。

 この街のどこかに、アスマの娘ミナはいる。

(まさか、身を売っていないだろうな)

 注意深く、立ち並んでいる売春婦達の顔を観察する。図書館の司書ちゃんが言うには、ミナはひと目でそれとわかるほど、色鮮やかなエメラルドグリーンの髪色をしているそうだ。

 だが、売春婦の中に、それらしき姿は見えない。

 探査魔法サーチングでわかるのは、大まかな居場所だけだ。このスラムにいるということ以上のことはわかっていない。しらみつぶしに探すしかない。

 と、思っていたら。

 突然、目の前で爆発が起きた。

 並んでいる建物の二階部分が爆風と爆炎で吹き飛び、木片が地上へと降ってくる。ギョッとして立ち止まり、何がどうなっているのか、と様子を見ていると、煙の中から一人の少女が飛び出してきて、地上に落下した。上手に着地できず、地面に倒れて、そのまま動けずにいる。

 少女の髪の毛は、鮮やかなエメラルドグリーンだ。

「見つけた!」

 すぐにエミールは、倒れているミナへ向かって駆け寄ろうとした。

 直後、爆発で吹き飛んだ建物の二階より、もう一つ人影が飛び出してきた。

 黒ずくめの格好をした、スレンダーな体型の美女。フードをかぶっているが、整った顔立ちと切れ長の目が鮮烈な印象を与える。

 彼女は、軽やかな身のこなしで、危なげなく地上に着地すると、そのまま流れるように武器を振り上げた。

 斧だ。斧で、ミナのことを叩き殺そうとしている。

(おいおい、なんてタイミングだよ!)

 咄嗟に、エミールは黒ずくめの美女に向かって手をかざし、呪文を詠唱した。

「タウレス・エスプリツ・ヴォーレ・アンコック!」

 たちまち手の平から衝撃波が放たれた。魔法、ショックウェーブにより、美女は吹き飛ばされ、地面を転がったが、すかさず受け身を取って、体勢を立て直した。

 美女を吹っ飛ばした隙に、ミナを助けようとしていたが、そんな余裕は無かった。

 ミナを挟んで、エミールは、黒ずくめの美女と対峙する。

「誰……?」

 美女は小首を傾げて、エミールのことを見つめてきた。

 ゾッとするほど、感情のこもっていない瞳。その目を見た瞬間、エミールは相手が何者であるか、すぐに理解した。

 魔力バンクのスイーパーだ。債務者を抹殺する掃除人。時として、マギルヒカに逆らった者をも始末する。

 危ないところだった。ちょうど彼女もミナのことを見つけて、まさに殺そうとしていたのだ。

 だが、そんなことはさせない。

 他ならぬアスマの娘を、殺させるわけにはいかない。

「俺は、金貸しのクロードだ」

 どうせ後で正体はバレるだろうと思い、ためらうことなく、エミールは自分の名を名乗った。

「金貸しが、何の用?」

 スイーパーと真っ向から戦うのは得策ではない。まずは会話だけでなんとか切り抜けられるなら、と考え、適当な理由を思いついたエミールは、嘘をつくことにした。

「その子は俺のところに多額の借金をしていてな、金を回収しないといけないんだよ。殺されたら困る」
「ふうん、そうなの」

 無感情に言った後、スイーパーはミナに向かって歩き始めた。エミールの事情など知ったことではない、ということか。

「おい、人の話を聞いていなかったのか」
「聞いた」
「だったら、その子に近付くな」
「やだ」

 スイーパーは再び斧を振り上げた。

 ショックウェーブは、発動後30秒以内であれば、ほぼ無詠唱でもう一度魔法を放つことが出来る。咄嗟に、エミールは手をかざして、魔法名を唱えた。

「ショックウェーブ!」

 衝撃波によって、スイーパーは吹っ飛ばされたが、今度もまた華麗に受け身を取って、すぐに戦闘態勢へと戻った。

「邪魔」

 ゾッとするほど冷たいひと言。

 まずい、と危険を察知したエミールは、直感で身をかがめた。

 その判断は正しかった。身を低くしたエミールの頭上を、スイーパーが投げ放った斧が勢いよく通過した。斧は、エミールの後ろに立っていた、スリらしき男の頭部にドスッと突き刺さる。

「ぎゃっ!」

 斧で頭を割られたスリは、白目を剥いて絶命し、仰向けに倒れる。

 目標とは違う相手を殺したにもかかわらず、スイーパーは一切動揺せずに、駆け出した。太もものホルダーからナイフを抜き、ミナへと狙いを定める。

「ショックウェーブ!」

 三度目の衝撃波を、スイーパーは瞬時に右へステップを踏んで、紙一重でかわした。さすがに同じ手は喰らわないようだ。

 3発ショックウェーブを放った。残りのMPは110ほど。あと3発しか撃てない。他の強力な魔法を使うには、MP不足。もっとマジックドレインでMPを蓄えておくべきだった、とエミールはちょっと後悔した。

「しょうがないな!」

 これが転生前のエミールだったら、体格は平凡なので、肉弾戦は選ばなかっただろうが、いまのクロードの肉体はよく鍛えられている。格闘戦の知識は無いが、それでも見様見真似で何とかなりそうな安心感が、この体にはある。

 エミールもまた走り出し、スイーパーへと突進していく。相手より出遅れた形ではあるが、自分のほうがミナに近い分、なんとか間に合う目算だった。

 ところが、

「タウレス・エスプリツ・ヴォーレ・アンコック」

 スイーパーは、いきなり呪文を詠唱し始めた。

 それは、先ほどからエミールが多用しているのと同じ、ショックウェーブの魔法。

(まずい!)

 気が付いた時には、もう遅かった。

 エミールの体は、後方へと吹き飛ばされた。
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