58 / 103
2-12
しおりを挟む
「なんだ、まだ君は残っているのか」
深夜、誰もいなくなったオフィスにいると、後ろから声をかけられた。思わず振り返る。
「‥‥‥ドース部長、これは明日の朝までに、仕上げないといけなくて」
「っ、それは、アレクセイは知っているのか?」
「部長の指示です」
「全く、君はこんな遅くに、帰宅しても大丈夫と思っているのか?」
「あの、宿舎は王宮内にありますので、それほど危険はないかと思いますが…」
深夜だからか、珍しくシキズキ部長が、きちんと私と話をしてくれている。
「……君を、‥‥‥心配する者もいるだろう」
眉を寄せて、心配そうな顔をしている。この顔は、変わらないな。
「今は、そんな人、誰もいません」
以前は、一人いましたが。でも、私から離れていきました。
「……」
「あと少しなので…」
そう言って、再び机に向きなおす。本当に、あと少しなのだから、集中させてほしい。
「貸してみろ、俺も手伝おう」
えっ、と思って驚いている間に、ポイントをまとめた書類を読み込み、ササっと重要事項をまとめてしまう。さすが、若くして部長職を得ているだけあって、仕事のスピードとクオリティが高い。
ほどなくして、アユフィーラの書類は完成してしまった。
「アユ、ここに気を付けた方がいいぞ、この魔力回路は、単純そうで、ひっかかることが多い」
久しぶりに、アユ、と呼んでくれた。それだけで、ドクン、と心臓が鳴る。
「どうした、アユ。君なら、このくらい、わかりそうなものだが…」
「あ、あの…ここも、教えてください」
もう少し、話がしたくて、つい関係ない書類をだしてみる。二人だけの深夜のオフィス、響く彼の低い声。いつもより距離がちかくて、彼が、腰をかがめて顔を近づけてくれる。かつて、そうしてキスを落としてくれた、その距離。
「アユ…」
ゼッタイ、今、私の顔が赤い。耳まで真っ赤な気がする。でも、もう少し、この人の存在を近くで感じていたい。
シキズキの手が、アユフィーラの金茶の髪を、柔らかな髪をすっと撫でた。黒曜石の瞳を、すこし細めて、水色の泣きそうな瞳をみつめる。
その、撫でる彼の手が、一瞬だけ、かつての恋人だった二人を思い出させた。
見つめ合う二人だが、どちらもしばらく、言葉を発することができないでいた。
が、その沈黙は、シキズキの言葉で終わりを告げる。
「これは、明日にしよう。……もう遅いから、君は帰るように」
アユフィーラから視線をそらせ、シキズキは真っすぐに立った。
「シキズキ先輩!待ってください!」
アユフィーラも、立ち上がってシキズキを見つめた。
「私、先輩のこと…先輩のこと、今でも、愛して、います」
最後は消えそうな声で、でもしっかりと届く声で、シキズキに想いを伝える。
「君は…なぜ、今その言葉を…。はは、皮肉なものだな。俺が欲しかったときには、君はくれなかったその言葉を、今、俺にくれるなんて、な…」
シキズキは、額に手を当てて、少しだけ声を震わせていた。…泣いているようにも見えた。
「そんな、先輩…、私、どうしたら…」
精一杯の気持ちを、正直に伝える。
「帰ろう、送っていくよ。もう、遅いから」
―――もう、遅いから
それは、深夜である今のことを言っているのか、それとも自分たちの関係を、修復しようとしても、もう遅いのか。どちらの意味なのか、それを確認するだけの勇気も、アユフィーラにはなかった。
そのまま部屋まで送ってくれたが、二人、言葉をそれ以上、交わすことはなかった。
深夜、誰もいなくなったオフィスにいると、後ろから声をかけられた。思わず振り返る。
「‥‥‥ドース部長、これは明日の朝までに、仕上げないといけなくて」
「っ、それは、アレクセイは知っているのか?」
「部長の指示です」
「全く、君はこんな遅くに、帰宅しても大丈夫と思っているのか?」
「あの、宿舎は王宮内にありますので、それほど危険はないかと思いますが…」
深夜だからか、珍しくシキズキ部長が、きちんと私と話をしてくれている。
「……君を、‥‥‥心配する者もいるだろう」
眉を寄せて、心配そうな顔をしている。この顔は、変わらないな。
「今は、そんな人、誰もいません」
以前は、一人いましたが。でも、私から離れていきました。
「……」
「あと少しなので…」
そう言って、再び机に向きなおす。本当に、あと少しなのだから、集中させてほしい。
「貸してみろ、俺も手伝おう」
えっ、と思って驚いている間に、ポイントをまとめた書類を読み込み、ササっと重要事項をまとめてしまう。さすが、若くして部長職を得ているだけあって、仕事のスピードとクオリティが高い。
ほどなくして、アユフィーラの書類は完成してしまった。
「アユ、ここに気を付けた方がいいぞ、この魔力回路は、単純そうで、ひっかかることが多い」
久しぶりに、アユ、と呼んでくれた。それだけで、ドクン、と心臓が鳴る。
「どうした、アユ。君なら、このくらい、わかりそうなものだが…」
「あ、あの…ここも、教えてください」
もう少し、話がしたくて、つい関係ない書類をだしてみる。二人だけの深夜のオフィス、響く彼の低い声。いつもより距離がちかくて、彼が、腰をかがめて顔を近づけてくれる。かつて、そうしてキスを落としてくれた、その距離。
「アユ…」
ゼッタイ、今、私の顔が赤い。耳まで真っ赤な気がする。でも、もう少し、この人の存在を近くで感じていたい。
シキズキの手が、アユフィーラの金茶の髪を、柔らかな髪をすっと撫でた。黒曜石の瞳を、すこし細めて、水色の泣きそうな瞳をみつめる。
その、撫でる彼の手が、一瞬だけ、かつての恋人だった二人を思い出させた。
見つめ合う二人だが、どちらもしばらく、言葉を発することができないでいた。
が、その沈黙は、シキズキの言葉で終わりを告げる。
「これは、明日にしよう。……もう遅いから、君は帰るように」
アユフィーラから視線をそらせ、シキズキは真っすぐに立った。
「シキズキ先輩!待ってください!」
アユフィーラも、立ち上がってシキズキを見つめた。
「私、先輩のこと…先輩のこと、今でも、愛して、います」
最後は消えそうな声で、でもしっかりと届く声で、シキズキに想いを伝える。
「君は…なぜ、今その言葉を…。はは、皮肉なものだな。俺が欲しかったときには、君はくれなかったその言葉を、今、俺にくれるなんて、な…」
シキズキは、額に手を当てて、少しだけ声を震わせていた。…泣いているようにも見えた。
「そんな、先輩…、私、どうしたら…」
精一杯の気持ちを、正直に伝える。
「帰ろう、送っていくよ。もう、遅いから」
―――もう、遅いから
それは、深夜である今のことを言っているのか、それとも自分たちの関係を、修復しようとしても、もう遅いのか。どちらの意味なのか、それを確認するだけの勇気も、アユフィーラにはなかった。
そのまま部屋まで送ってくれたが、二人、言葉をそれ以上、交わすことはなかった。
2
お気に入りに追加
612
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる