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「なんだ、まだ君は残っているのか」
深夜、誰もいなくなったオフィスにいると、後ろから声をかけられた。思わず振り返る。
「‥‥‥ドース部長、これは明日の朝までに、仕上げないといけなくて」
「っ、それは、アレクセイは知っているのか?」
「部長の指示です」
「全く、君はこんな遅くに、帰宅しても大丈夫と思っているのか?」
「あの、宿舎は王宮内にありますので、それほど危険はないかと思いますが…」
深夜だからか、珍しくシキズキ部長が、きちんと私と話をしてくれている。
「……君を、‥‥‥心配する者もいるだろう」
眉を寄せて、心配そうな顔をしている。この顔は、変わらないな。
「今は、そんな人、誰もいません」
以前は、一人いましたが。でも、私から離れていきました。
「……」
「あと少しなので…」
そう言って、再び机に向きなおす。本当に、あと少しなのだから、集中させてほしい。
「貸してみろ、俺も手伝おう」
えっ、と思って驚いている間に、ポイントをまとめた書類を読み込み、ササっと重要事項をまとめてしまう。さすが、若くして部長職を得ているだけあって、仕事のスピードとクオリティが高い。
ほどなくして、アユフィーラの書類は完成してしまった。
「アユ、ここに気を付けた方がいいぞ、この魔力回路は、単純そうで、ひっかかることが多い」
久しぶりに、アユ、と呼んでくれた。それだけで、ドクン、と心臓が鳴る。
「どうした、アユ。君なら、このくらい、わかりそうなものだが…」
「あ、あの…ここも、教えてください」
もう少し、話がしたくて、つい関係ない書類をだしてみる。二人だけの深夜のオフィス、響く彼の低い声。いつもより距離がちかくて、彼が、腰をかがめて顔を近づけてくれる。かつて、そうしてキスを落としてくれた、その距離。
「アユ…」
ゼッタイ、今、私の顔が赤い。耳まで真っ赤な気がする。でも、もう少し、この人の存在を近くで感じていたい。
シキズキの手が、アユフィーラの金茶の髪を、柔らかな髪をすっと撫でた。黒曜石の瞳を、すこし細めて、水色の泣きそうな瞳をみつめる。
その、撫でる彼の手が、一瞬だけ、かつての恋人だった二人を思い出させた。
見つめ合う二人だが、どちらもしばらく、言葉を発することができないでいた。
が、その沈黙は、シキズキの言葉で終わりを告げる。
「これは、明日にしよう。……もう遅いから、君は帰るように」
アユフィーラから視線をそらせ、シキズキは真っすぐに立った。
「シキズキ先輩!待ってください!」
アユフィーラも、立ち上がってシキズキを見つめた。
「私、先輩のこと…先輩のこと、今でも、愛して、います」
最後は消えそうな声で、でもしっかりと届く声で、シキズキに想いを伝える。
「君は…なぜ、今その言葉を…。はは、皮肉なものだな。俺が欲しかったときには、君はくれなかったその言葉を、今、俺にくれるなんて、な…」
シキズキは、額に手を当てて、少しだけ声を震わせていた。…泣いているようにも見えた。
「そんな、先輩…、私、どうしたら…」
精一杯の気持ちを、正直に伝える。
「帰ろう、送っていくよ。もう、遅いから」
―――もう、遅いから
それは、深夜である今のことを言っているのか、それとも自分たちの関係を、修復しようとしても、もう遅いのか。どちらの意味なのか、それを確認するだけの勇気も、アユフィーラにはなかった。
そのまま部屋まで送ってくれたが、二人、言葉をそれ以上、交わすことはなかった。
深夜、誰もいなくなったオフィスにいると、後ろから声をかけられた。思わず振り返る。
「‥‥‥ドース部長、これは明日の朝までに、仕上げないといけなくて」
「っ、それは、アレクセイは知っているのか?」
「部長の指示です」
「全く、君はこんな遅くに、帰宅しても大丈夫と思っているのか?」
「あの、宿舎は王宮内にありますので、それほど危険はないかと思いますが…」
深夜だからか、珍しくシキズキ部長が、きちんと私と話をしてくれている。
「……君を、‥‥‥心配する者もいるだろう」
眉を寄せて、心配そうな顔をしている。この顔は、変わらないな。
「今は、そんな人、誰もいません」
以前は、一人いましたが。でも、私から離れていきました。
「……」
「あと少しなので…」
そう言って、再び机に向きなおす。本当に、あと少しなのだから、集中させてほしい。
「貸してみろ、俺も手伝おう」
えっ、と思って驚いている間に、ポイントをまとめた書類を読み込み、ササっと重要事項をまとめてしまう。さすが、若くして部長職を得ているだけあって、仕事のスピードとクオリティが高い。
ほどなくして、アユフィーラの書類は完成してしまった。
「アユ、ここに気を付けた方がいいぞ、この魔力回路は、単純そうで、ひっかかることが多い」
久しぶりに、アユ、と呼んでくれた。それだけで、ドクン、と心臓が鳴る。
「どうした、アユ。君なら、このくらい、わかりそうなものだが…」
「あ、あの…ここも、教えてください」
もう少し、話がしたくて、つい関係ない書類をだしてみる。二人だけの深夜のオフィス、響く彼の低い声。いつもより距離がちかくて、彼が、腰をかがめて顔を近づけてくれる。かつて、そうしてキスを落としてくれた、その距離。
「アユ…」
ゼッタイ、今、私の顔が赤い。耳まで真っ赤な気がする。でも、もう少し、この人の存在を近くで感じていたい。
シキズキの手が、アユフィーラの金茶の髪を、柔らかな髪をすっと撫でた。黒曜石の瞳を、すこし細めて、水色の泣きそうな瞳をみつめる。
その、撫でる彼の手が、一瞬だけ、かつての恋人だった二人を思い出させた。
見つめ合う二人だが、どちらもしばらく、言葉を発することができないでいた。
が、その沈黙は、シキズキの言葉で終わりを告げる。
「これは、明日にしよう。……もう遅いから、君は帰るように」
アユフィーラから視線をそらせ、シキズキは真っすぐに立った。
「シキズキ先輩!待ってください!」
アユフィーラも、立ち上がってシキズキを見つめた。
「私、先輩のこと…先輩のこと、今でも、愛して、います」
最後は消えそうな声で、でもしっかりと届く声で、シキズキに想いを伝える。
「君は…なぜ、今その言葉を…。はは、皮肉なものだな。俺が欲しかったときには、君はくれなかったその言葉を、今、俺にくれるなんて、な…」
シキズキは、額に手を当てて、少しだけ声を震わせていた。…泣いているようにも見えた。
「そんな、先輩…、私、どうしたら…」
精一杯の気持ちを、正直に伝える。
「帰ろう、送っていくよ。もう、遅いから」
―――もう、遅いから
それは、深夜である今のことを言っているのか、それとも自分たちの関係を、修復しようとしても、もう遅いのか。どちらの意味なのか、それを確認するだけの勇気も、アユフィーラにはなかった。
そのまま部屋まで送ってくれたが、二人、言葉をそれ以上、交わすことはなかった。
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