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 なんてことだ、今日の彼女(アユ)も、輝くように美しい。グレーのワンピースは、アユの可憐な姿を、浮き立たせている。それに、あのバレッタ。銀のバレッタ、俺が贈った、思い出のバレッタ。

 ―――期待しても、いいのだろうか。まだ、俺のことを想ってくれている、と。

 もちろん、アユは俺の女神だ。時が来たら、会いに行くつもりでいた。それが、彼女が来てくれた。そして、俺の贈ったバレッタをつけている。

 しまった、今日はあのカフスボタンをはめていなかった。これからは、毎日つけられるように、スペアもたくさんつくっておこう。

 ああ、アユ。アユ。俺のアユ…

 以前と同じく、愛を囁くことができれば。だが、今はまだ、その時ではない。今は、まだ。

 だが、今日は害虫(おとこ)が多いな。普段は根暗なくせに、こうした席になると途端に元気になるのは、魔術師の悪い癖だ。俺の部下には、もう少し普段から社交的になれ、と指導しなくては。

 さっきから、アユフィーラに近づく害虫を追い払うために、さりげなく遮断魔法を使って、アユの意識を相手の男から遮断する。そうすると、アユが話している相手と会話が続かなくなり、自然と会話は終わる。

 だが、会話が終われば、次から次へと、他の害虫が寄ってくる。…キリがないな。

 そうして、さりげなく見張っていると、アユがふらつき始めた。

――アユ、まだ魔力だまりの発作が起こるのか?――

 一瞬、気を失うかと思い、思わず駆け寄ってしまう。近づいた途端、膝がカックンと崩れるのが見えた。触れるつもりはなかったが、思わず腕を支えてしまう。

「アユ、大丈夫か?」

 支えた腕は、以前よりもほっそりとして、白く、柔らかかった。そして、全身から香る彼女の魔力は、かつてと同じく、俺の心を一瞬にして虜にした。


*****


 慣れないお酒で、酔ってしまった私を支えてくれた彼。黒い瞳はまっすぐに私を見つめている。ああ、あの頃と同じ、感情を持った目だ。眉を寄せて、心配している目、だ。

「アユ、もしかして、まだ魔力だまりの影響でふらつくのか?」

 腕を持ち上げて、まだ足に力が入らなかった私の腰を支えてくれる。

「え、あ…違い、ます。ちょっと、飲みすぎてしまって…」

 その言葉を聞いた途端、先輩は視線を外してチッと舌打ちをして、そして呟いた。

「飲みすぎか…アイツら…」

 あ、これ、まずい。以前の彼であれば、これは私にお酒を勧めた人達が、危ない。

「あの、先輩。久しぶりですね。私のこと、覚えていますか?」

 今更白々しいけど、とにかく彼の意識を私に向けるように、声をかける。そうすれば、ここにいる人達も、私と先輩が、ただ会話しているだけ、と思うだろう。

「あ、ああ。覚えている」

 シキズキ先輩は、私が自分で立てるのを確認すると、つかんでいた腕を話してくれたが、腰に回った腕が、離れない。

「ふらついて、すみません。助かりました」

 今日は、ムスクの香りを纏っている。これは、以前はつけていなかった香りだ。

「もう、大丈夫なのか?」

 彼の低い声が、優しさを含んでいる。―――この声が、聴きたかった。

「あ、はい。大丈夫です」

「その、魔力だまりの方は…」

「おかげさまで、先輩が卒業した後、劇的に改善しました」

 私の魔力だまりは、本当に彼が卒業した後に、すっかり収まった。おかげで成長期が来たのか、背も伸びて、視力も回復したのだ。それは、多分、彼との魔力交換の成果だったのだろう。

「そうか、それは良かった」

「先輩…、あ、今はドース部長ですね。この後よろしければ、二人で飲みなおしませんか?」

 私は、今日考えていた作戦の一つを実行することにした。上手く誘うことができれば、会場のホテルの最上階にある、オシャレなバーに誘うことにしていた。

 彼は、私からの提案が意外だったのか、驚いた顔をして私を見た。腰に回している腕を、一瞬ギュッと、力を込めた。


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