32 / 103
1-30
しおりを挟むなんてことだ、今日の彼女(アユ)も、輝くように美しい。グレーのワンピースは、アユの可憐な姿を、浮き立たせている。それに、あのバレッタ。銀のバレッタ、俺が贈った、思い出のバレッタ。
―――期待しても、いいのだろうか。まだ、俺のことを想ってくれている、と。
もちろん、アユは俺の女神だ。時が来たら、会いに行くつもりでいた。それが、彼女が来てくれた。そして、俺の贈ったバレッタをつけている。
しまった、今日はあのカフスボタンをはめていなかった。これからは、毎日つけられるように、スペアもたくさんつくっておこう。
ああ、アユ。アユ。俺のアユ…
以前と同じく、愛を囁くことができれば。だが、今はまだ、その時ではない。今は、まだ。
だが、今日は害虫(おとこ)が多いな。普段は根暗なくせに、こうした席になると途端に元気になるのは、魔術師の悪い癖だ。俺の部下には、もう少し普段から社交的になれ、と指導しなくては。
さっきから、アユフィーラに近づく害虫を追い払うために、さりげなく遮断魔法を使って、アユの意識を相手の男から遮断する。そうすると、アユが話している相手と会話が続かなくなり、自然と会話は終わる。
だが、会話が終われば、次から次へと、他の害虫が寄ってくる。…キリがないな。
そうして、さりげなく見張っていると、アユがふらつき始めた。
――アユ、まだ魔力だまりの発作が起こるのか?――
一瞬、気を失うかと思い、思わず駆け寄ってしまう。近づいた途端、膝がカックンと崩れるのが見えた。触れるつもりはなかったが、思わず腕を支えてしまう。
「アユ、大丈夫か?」
支えた腕は、以前よりもほっそりとして、白く、柔らかかった。そして、全身から香る彼女の魔力は、かつてと同じく、俺の心を一瞬にして虜にした。
*****
慣れないお酒で、酔ってしまった私を支えてくれた彼。黒い瞳はまっすぐに私を見つめている。ああ、あの頃と同じ、感情を持った目だ。眉を寄せて、心配している目、だ。
「アユ、もしかして、まだ魔力だまりの影響でふらつくのか?」
腕を持ち上げて、まだ足に力が入らなかった私の腰を支えてくれる。
「え、あ…違い、ます。ちょっと、飲みすぎてしまって…」
その言葉を聞いた途端、先輩は視線を外してチッと舌打ちをして、そして呟いた。
「飲みすぎか…アイツら…」
あ、これ、まずい。以前の彼であれば、これは私にお酒を勧めた人達が、危ない。
「あの、先輩。久しぶりですね。私のこと、覚えていますか?」
今更白々しいけど、とにかく彼の意識を私に向けるように、声をかける。そうすれば、ここにいる人達も、私と先輩が、ただ会話しているだけ、と思うだろう。
「あ、ああ。覚えている」
シキズキ先輩は、私が自分で立てるのを確認すると、つかんでいた腕を話してくれたが、腰に回った腕が、離れない。
「ふらついて、すみません。助かりました」
今日は、ムスクの香りを纏っている。これは、以前はつけていなかった香りだ。
「もう、大丈夫なのか?」
彼の低い声が、優しさを含んでいる。―――この声が、聴きたかった。
「あ、はい。大丈夫です」
「その、魔力だまりの方は…」
「おかげさまで、先輩が卒業した後、劇的に改善しました」
私の魔力だまりは、本当に彼が卒業した後に、すっかり収まった。おかげで成長期が来たのか、背も伸びて、視力も回復したのだ。それは、多分、彼との魔力交換の成果だったのだろう。
「そうか、それは良かった」
「先輩…、あ、今はドース部長ですね。この後よろしければ、二人で飲みなおしませんか?」
私は、今日考えていた作戦の一つを実行することにした。上手く誘うことができれば、会場のホテルの最上階にある、オシャレなバーに誘うことにしていた。
彼は、私からの提案が意外だったのか、驚いた顔をして私を見た。腰に回している腕を、一瞬ギュッと、力を込めた。
2
お気に入りに追加
612
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる