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 シキズキ先輩は、父である侯爵に丁寧に謝辞を述べた。だが、父よ…。その男、嘘は言っていないが、本当のことも言っていない。身体接触する箇所は唇で、短時間というのは1刻近い。さらに最近は違う箇所も触ろうとしている。

 こういう人のことを、腹黒と言うらしい。シキズキ先輩は、魔術師としては社交的な方だ。真に有能な人というのは、こうして器用に立ち回れる人のことを言うのかもしれない。でも、私にとっては、融通の利かない、ポンコツな人だけどなぁ…

「さ、父さま。久しぶりに、あちらで一緒にお話されたい方が、待っていますわ」

 そうして、ようやく父とシキズキ先輩を引き離すことが出来た。これ以上、父に何か探られても困る。私は今の学園ライフを楽しんでいるのだ。

 その後、美味しい昼食とおしゃべりを楽しんだ私たちは、午後の早い時間に解散となった。


*****


 ‥‥‥興奮しているのか、眠れない。明日、いや、もう日付は変わっているから、今日なのかな。今日からは、新しいオフィスで、新しい仲間と、新しい仕事が始まる、というのに。…眠れない。

 昼間、久しぶりに彼に会えた。彼の低い声を聞いた。彼の…身に着けていた香りは、同じだった。4年、いや、私が愛されていた1年間を思えば、5年前。確かに、彼は私に愛を囁き、毎日、私にキスをした。

 晴れた日に、白樺の木を見ると、ついあの日を思い出してしまう。私が初めて、彼に、好きだと伝えた。それを聞いた彼は、すごく嬉しそうに、……目を細めていた。

 あの最後の日の印象が強すぎて、彼のことを思い出すといつも苦しい。それでも、彼に愛されていた日々、私は確かに、幸せだった。

「寝ておかないと…肌が荒れちゃう」

 今日も、綺麗にお化粧していかないと。もしかしたら、また、彼に会えるのかもしれないし。…いや、会わないと。私の4年間の苦しみを、彼にも知って欲しい。捨てられた痛みを、彼も知って欲しい。


 今度は、私が彼に愛を囁く。…そして、彼を捨てる。4年前に、彼が私にしたように。


 あの学園での日々を、青春を、まるでなかったかの如く、私に何の感情も表さなかったシキズキ先輩。…許さない。この怒りを忘れないで、私は彼に愛のことばを囁き、そして捨ててみせる。

 うつらうつらしながら、考えているうちに、アユフィーラは眠りに落ちた。

彼女の寝顔を、やさしく見つめる使い魔の鳥が、窓辺にいた。


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