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景子の三年後

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 暖かい日差しを受けて目覚めると、隣にはスースーと可愛い寝息を立てて寝ている娘がいる。まだ小さなこの子は、私に与えられた宝物だ。

 この子が目覚める前にと思って、朝食の用意をする。ようやく大人と同じ物を食べられるようになってきた。少し小さめで生まれたこの娘は、なかなか離乳食を食べてくれなかった。一歳になるまで母乳で育ったようなものだ。

 本当にこの娘がいて良かった。妊娠がわかったのは比較的初期だったけれど、シングルマザーになってでも産んで、育てたかった。

 幸い、手元にあった資金で部屋を借り新しく生活をスタートさせた私は、あの別荘の見える街の食堂で働き始めた。人のいい女将さんに助けて貰って、ここまで来た。

 ぷくっと膨らんだ頬にちゅっとキスをする。まだまだ赤ちゃんと思っていたけれど、いつの間にか二歳になってしまった。少し垂れ気味の目元は私に似ているけれど、全体的な顔のつくりはやっぱり坊ちゃまに似ている。

 玉造の家に、娘の洋子のことは伝えていない。あの別荘で、後ろから挿入されて出来た子どもなのは間違いがないが、相手が誰なのか確信が持てなかった。坊ちゃま以外にあり得ないと思うけど、顔をしっかりと見たわけではない。更に、あの後解雇されてしまい、坊ちゃまとは会えずにいる。

 この前のニュースで、坊ちゃまは有名な国際ピアノ・コンクールで入賞したと報道されていた。ヨーロッパ各地で活躍しているとあったから、もう日本に帰国することもないだろう。まさか彼も、自分のあの遊びの一発で子どもが出来たなんて、思ってもいないに違いない。

 でも、この子は私に生きる幸せを運んでくれた。苦労も運んでくれたけど、今のところ幸せが上回っている。今では、反対に玉造の家に知られてしまったら、彼の経歴を傷つけることになりそうで怖い。洋子には悪いけれど、父親のことは墓場に持って行くまで秘密にしようと思う。

「さて、と。支度しなくちゃ」

 今は、昼間だけ働くことが出来る家政婦をしている。一人暮らしのお年寄りの家など、割と需要が多いし時間通りに仕事を終えることが出来て助かる。保育園に預けると言っても、夜遅くまで働くことは出来ないから、親身になって仕事を見つけてくれた食堂の女将さんには頭が上がらない。

 保育園に持って行くものを一つ一つ確認しながら用意する。オムツにも名前を書かないといけないから、結構手間がかかる。お古でもらった服にも名前を書いて、外遊び用の帽子には洋子がわかりやすいように、ピアノのアップリケをつけた。同じものを、手提げかばんにもつけてある。

「ママ~」
「洋子? おきちゃった?」

 可愛い声が聞こえる。急いでお布団の所に行き、洋子を抱えるとオムツを取り換える。私の一日は、今は洋子を中心にして回っていた。かつて、坊ちゃまを中心にしていた日々が懐かしいけれど、すでにその顔を思い出すことも少なくなってきた。

 この前のニュースで久しぶりに顔をみたら、随分と精悍な大人の男性になっていた。音楽雑誌に特集が組まれていたから、その雑誌を購入してお顔を見ると懐かしい想いがこみあげて来る。けれど、もう二度と会うこともないだろう。雲の上にいる人なのだ。

 だから、その雲の上にいるハズの人が目の前に現れた時、私は心臓が止まるかと思うほど驚いてしまった。

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