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第五章

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 エール王国では、この季節に結婚式を挙げると幸せになると言い伝えられている。そして今日は、王族に近い高位にあたる公爵令嬢と、国を代表する商会の次期代表が結婚するとあり、お祭りのような賑わいだ。

 商会に関係する商店が花を飾ると、町中が花で溢れかえった。美貌の宝石姫と頭脳明晰な商人は国中で話題となる。

 何故なら今回の二人の結婚の馴れ初めを、あのジリオーラ嬢が脚本を書き、インジェクが監督して演劇となった。さらには人気俳優となったサリエルがクレイグ役をしているとあり、庶民には大人気だ。

 演劇ではクレイグがヒーローとなって、クローディアの危機を救うという話で終わる。実際には演劇以上にドラマチックで、二人の関係も複雑なことを知っているのは親しい者だけである。

「クローディア、おめでとう。一時はどうなるかと思ったけれど、私の親友と可愛い妹のようなクローディアが無事、結婚することが出来て嬉しいかぎりだ」

 誓いの式が終わり、ルートザシャ公爵邸の広大な庭園で開催された披露宴会場に姿を現した、スーレル王太子殿下が祝辞を述べた。次期王となる彼が祝福する結婚式は、王族のそれと引けを取らない。むしろ形式にとらわれないだけ豪華な式と披露宴となった。

「スーレル殿下、ありがとうございます」

 花婿であるクレイグの腕に手を添えた、花嫁のクローディア。嬉しそうに輝くような笑顔の彼女がまさか、また二か月後にもう一度、別の男性と結婚式をするとはだれが思うだろうか。

 宝石をふんだんに使ったドレスに、髪飾りやイヤリング。片方はクレイグの瞳の色の石のピアスをつけている。もう片方は、サーモンピンクだが今日は片方の髪を少しだけ垂らしているので目立たない。そうした宝飾品は主役であるクローディアの美しさを十分に際立たせた。

「クローディア、大丈夫か?」

 早朝から時間をかけて着飾り、一日中主役として笑顔を振りまいている。疲れない方がおかしいが、披露宴もあと少しだ。慣れないヒール靴は辛いが、持ち前の運動神経の良さで何とか乗り越える。

「うん、あと少しだから……頑張るね、クレイグ」

 にこっと笑えば、彼もそれに応えるように笑顔になった。今日の笑顔は、偽りのものではない。よかった、どうやらクレイグも今日はちょっと浮かれているみたい。いつもより朗らかに笑っている。

 そのクレイグの笑顔を見ているスーレル王太子殿下が、くつくつと笑っている。まるで黒い企みが成功したかのような笑みだ。

 実は、あの王家からの書簡を裏で取りまとめたのはスーレル王太子殿下ではないかと私は疑っている。彼が親友と呼ぶほどのクレイグ。彼の願いである私との結婚を実現するために、フェイルズ国のダストン王、ブリス王などと共謀したのではないか。

 けれど、そんな憶測を漏らすわけにはいかない。それに見方を変えれば、私が二人の夫を持つことを王家が後押ししたとも言える。今のところ、私の決断に対して王家の動きはないから、正しい選択をしたのだろう。

 結局は、腹黒なクレイグの策略に全員が乗っただけなのかもしれない。それはわからないけれど、今、私は幸せを嚙みしめている。

 あの後皆で話し合いを行った結果、私は二度の結婚式を行うことになった。一つはクレイグと、一つはレーヴァンと。二つの国で行う結婚式の花嫁が共通していることは、秘密事項としてクレイグが情報操作を行ったから、表向きは知られていない。

 クローディア・シュテファーニエ公爵令嬢と、クローディア・ルートザシャ公爵令嬢。戸籍上は二人の令嬢が存在して、それぞれ夫となる人物と結婚する。

 クレイグは商会の仕事柄、国を離れることが多い。そのため、私は二か月間をクレイグのいるエール王国で過ごした後、四か月間をレーヴァンのいるブリス王国で暮らすことにした。

 レーヴァンもブリス学園の騎士科の指導教官に復帰することになった。学園が長期休みで、私がいない期間は様々な地方の騎士団に顔を出すことにしている。

 ようするに、学生時代と同じような生活に戻ってしまったのだ。婚約者が、夫となってしまったけれど。





「レーヴァン、あなたに相談もしないでいたけど……私の決断を許してくれる?」

 彼の生還祝いの場で、レーヴァンと私の結婚が発表された。長い婚約期間に終止符が打たれるとあって、その場は大いに沸いた。大勢の人たちがひっきりなしにレーヴァンに挨拶に来る合間の時間、私はそっとレーヴァンに話しかけた。

「許すも何も、クローディア。お前にとってそれが一番の幸せな決断だろう?」

「うん、それはそうだけど」

「そりゃ、普通の夫婦と形は違うけれど、クローディアは背負うものが多すぎる。それを上手に扱うには、クレイグのような冷静な頭脳が必要なんだよ。だから俺は、お前を……まぁ、肉体を使って守ってやるさ」

「レーヴァン、本当にいいの?」

「クローディア、そりゃ本音を言えばお前を独占したいさ。だが……この三年間を支えてきたのはクレイグだ。お前の中には、クレイグでなければ埋められない穴があるんだろ。大丈夫だよ、このブリスにいる間は俺だけのクローディアだから、な」

 そう言って彼は苦い思いを顔に表すことなく、私を慰め励ますように額にキスを落とす。

「とにかく、クレイグも同じことを思っているさ……お前に捨てられなくてよかったよ」

 そう言ってレーヴァンは、ホッとした顔でもう一度私の額にキスをした。周囲にいた人たちは、仲良くしている私たちを見て、はやし立てていた。



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