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第五章
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「レーヴァン、もう、行かないと」
「あぁ……」
「あの、離してくれる?その……私が貴方から一本とれた時を再現したくて、こんなことしちゃったけど……」
「もう、二度とするな」
やはり、かつてのレーヴァンがここにいるように感じる。私を叱るレーヴァン、いつも私は叱られてばかりいた。
「クローディア、もう少し、このままで……」
鍛錬場から人が消えたのを見て、レーヴァンが私を抱く力を強めた。もう、彼に抱きしめられるのはこれが最後になるのだろう。私はそう思うと、自然と腕を彼の背中に回した。
「レーヴァン、私」
あなたが好きなの。どうしようもなく、あなたが好き。このまま、私をどこかに攫って欲しい。そして何もかも忘れるように抱いて欲しい。
彼の前で流すまいと我慢していた涙がほほを伝う。彼の厚い胸元のシャツを濡らしてしまう。いけない、と顔を上に向けると、レーヴァンと目が合った。
「クローディア……」
その目は、やはりかつてと同じように甘く、蕩けるように優しい目で私を見ている。そのまま彼の顔が降りてきて、唇を塞がれそうになる。
けれど、私はそれを両手で止めた。
「レーヴァン、ダメよ……もう、ダメなの」
「なぜだ、君は俺の婚約者だろう」
婚約者、そう、レーヴァンは私の婚約者だ。そして、私にはもう一人の婚約者がいる。私はレーヴァンの口を手で押さえながら言葉を漏らした。
「三年もクレイグに支えられてきたの。……愛されてきたの。彼を捨てることは、……出来ない」
涙でぐしゃぐしゃになる。これが最後となる抱擁なのに、こんな醜い顔を見せたくはないのに。流れて来る涙を止めることは出来ない。
「もう、さよなら、なの。レーヴァン」
あなたの幸せを願っているわ。私は私で、幸せになるから。そう決意して言葉をかけると、レーヴァンの腕の力がスッと抜けた。その隙に私は置いてあった上着をとり、走って彼のところから去った。
鍛錬場から出ていくとき、レオンとすれ違うが泣いている私を見て、彼も何かを悟ったのだろう。レオンは言葉を飲み込んで、伸ばした手を止めた。
「レオン、もう、今からエール王国に行くわ。……レーヴァンを、お願いね」
レオンにそう告げると私は、滞在先のホテルに向かうために走っていく。鍛錬場には、まだ動けなくなっているレーヴァンが残っていた。
「レーヴァン隊長、何があったんですか? 俺がいない間に……、クローディアが泣いていましたが」
レオンはまだ鍛錬場で呆然としているレーヴァンを見つけ、声をかけた。
「隊長、レーヴァン隊長?」
「あ、あぁ……レオン、いつも済まないな。騎士団員たちは走り込みに行ったか?」
クローディアの残していった剣を拾い上げたレーヴァンが、落ち着いた声でレオンに話しかけた。
「え、えぇ。いつも通りのメニューですが、隊長、どうしてそれを」
レオンは頭をガシガシと掻くレーヴァンを見つめ、ハッと顔色を変えた。
「隊長、もしかして記憶が戻りましたか!」
「……あぁ、まだはっきりとしないところもあるが、ほぼ思い出したようだ」
ポロリと出たクローディアのおっぱいを見て、記憶が嵐のように戻ってきた。彼女のおかげで、忘れていた記憶を取り戻すことが出来た。彼女のおっぱいを隠したくて抱きしめたら、全てが繋がった。
だが、今ここにクローディアはいない。
「隊長、では! クローディアに伝えてきます」
「待て、それは待ってくれ」
レーヴァンが焦ってレオンの腕をつかみ、彼を止めた。
「隊長、どうしてですかっ、クローディアはあれだけ待っていたんですよ、レーヴァン隊長が戻ってくるのを、その記憶が戻るのを」
「わかっている、だが……彼女が選んだのはクレイグだ。もうすぐ、結婚式だろう。このまま俺がいても……」
下を向くレーヴァンを見たレオンは、急に「あーっ、くそっ」と叫ぶとレーヴァンの胸倉をつかんで叫ぶように言葉を放った。
「このドヘタレっ! クローディアは……、クローディアはもうエール王国に帰ってしまうぞ、それでいいのかっ! あんたの愛は、そんなもんだったのかっ?」
「それは……」
レオンはレーヴァンが言葉を発する前に、「隊長、失礼しますっ」と言っていきなりレオンは彼をガツンと殴りつけた。
右のカウンターが見事に入って、レーヴァンは「いてぇ」と唸りながら頬を抑えた。
「見損なったよ、隊長。俺、アンタのこと男の中の男だと思っていたけど……。クローディアには、あんたにしか埋められないこころの穴があるんだよっ、アンタでなければ……」
拳を握り締めながら、レオンが呟く。記憶を取り戻したレーヴァンは、ペッと口の中にたまった血を吐いて、そして顔を上げてレオンを見た。その目はもう、何かを決意したように瞳の奥を滾らせていた。
「すまん、レオン。目が覚めたよ。……そうだな、俺がするべきことは一つだな」
「隊長……」
「レオン、クローディアの滞在しているホテルはどこだ、それと馬を貸してくれ」
「隊長! はいっ、ホテルはロイヤルです、中央の。場所はわかりますか?」
レーヴァンが決意したことを察したレオンも、思わず声を喜ばせる。
「ロイヤルか、わかった」
そう言ったレーヴァンは、クローディアの後を追いかけるために馬を駆けた。その目にはもう、迷いはなかった。
「あぁ……」
「あの、離してくれる?その……私が貴方から一本とれた時を再現したくて、こんなことしちゃったけど……」
「もう、二度とするな」
やはり、かつてのレーヴァンがここにいるように感じる。私を叱るレーヴァン、いつも私は叱られてばかりいた。
「クローディア、もう少し、このままで……」
鍛錬場から人が消えたのを見て、レーヴァンが私を抱く力を強めた。もう、彼に抱きしめられるのはこれが最後になるのだろう。私はそう思うと、自然と腕を彼の背中に回した。
「レーヴァン、私」
あなたが好きなの。どうしようもなく、あなたが好き。このまま、私をどこかに攫って欲しい。そして何もかも忘れるように抱いて欲しい。
彼の前で流すまいと我慢していた涙がほほを伝う。彼の厚い胸元のシャツを濡らしてしまう。いけない、と顔を上に向けると、レーヴァンと目が合った。
「クローディア……」
その目は、やはりかつてと同じように甘く、蕩けるように優しい目で私を見ている。そのまま彼の顔が降りてきて、唇を塞がれそうになる。
けれど、私はそれを両手で止めた。
「レーヴァン、ダメよ……もう、ダメなの」
「なぜだ、君は俺の婚約者だろう」
婚約者、そう、レーヴァンは私の婚約者だ。そして、私にはもう一人の婚約者がいる。私はレーヴァンの口を手で押さえながら言葉を漏らした。
「三年もクレイグに支えられてきたの。……愛されてきたの。彼を捨てることは、……出来ない」
涙でぐしゃぐしゃになる。これが最後となる抱擁なのに、こんな醜い顔を見せたくはないのに。流れて来る涙を止めることは出来ない。
「もう、さよなら、なの。レーヴァン」
あなたの幸せを願っているわ。私は私で、幸せになるから。そう決意して言葉をかけると、レーヴァンの腕の力がスッと抜けた。その隙に私は置いてあった上着をとり、走って彼のところから去った。
鍛錬場から出ていくとき、レオンとすれ違うが泣いている私を見て、彼も何かを悟ったのだろう。レオンは言葉を飲み込んで、伸ばした手を止めた。
「レオン、もう、今からエール王国に行くわ。……レーヴァンを、お願いね」
レオンにそう告げると私は、滞在先のホテルに向かうために走っていく。鍛錬場には、まだ動けなくなっているレーヴァンが残っていた。
「レーヴァン隊長、何があったんですか? 俺がいない間に……、クローディアが泣いていましたが」
レオンはまだ鍛錬場で呆然としているレーヴァンを見つけ、声をかけた。
「隊長、レーヴァン隊長?」
「あ、あぁ……レオン、いつも済まないな。騎士団員たちは走り込みに行ったか?」
クローディアの残していった剣を拾い上げたレーヴァンが、落ち着いた声でレオンに話しかけた。
「え、えぇ。いつも通りのメニューですが、隊長、どうしてそれを」
レオンは頭をガシガシと掻くレーヴァンを見つめ、ハッと顔色を変えた。
「隊長、もしかして記憶が戻りましたか!」
「……あぁ、まだはっきりとしないところもあるが、ほぼ思い出したようだ」
ポロリと出たクローディアのおっぱいを見て、記憶が嵐のように戻ってきた。彼女のおかげで、忘れていた記憶を取り戻すことが出来た。彼女のおっぱいを隠したくて抱きしめたら、全てが繋がった。
だが、今ここにクローディアはいない。
「隊長、では! クローディアに伝えてきます」
「待て、それは待ってくれ」
レーヴァンが焦ってレオンの腕をつかみ、彼を止めた。
「隊長、どうしてですかっ、クローディアはあれだけ待っていたんですよ、レーヴァン隊長が戻ってくるのを、その記憶が戻るのを」
「わかっている、だが……彼女が選んだのはクレイグだ。もうすぐ、結婚式だろう。このまま俺がいても……」
下を向くレーヴァンを見たレオンは、急に「あーっ、くそっ」と叫ぶとレーヴァンの胸倉をつかんで叫ぶように言葉を放った。
「このドヘタレっ! クローディアは……、クローディアはもうエール王国に帰ってしまうぞ、それでいいのかっ! あんたの愛は、そんなもんだったのかっ?」
「それは……」
レオンはレーヴァンが言葉を発する前に、「隊長、失礼しますっ」と言っていきなりレオンは彼をガツンと殴りつけた。
右のカウンターが見事に入って、レーヴァンは「いてぇ」と唸りながら頬を抑えた。
「見損なったよ、隊長。俺、アンタのこと男の中の男だと思っていたけど……。クローディアには、あんたにしか埋められないこころの穴があるんだよっ、アンタでなければ……」
拳を握り締めながら、レオンが呟く。記憶を取り戻したレーヴァンは、ペッと口の中にたまった血を吐いて、そして顔を上げてレオンを見た。その目はもう、何かを決意したように瞳の奥を滾らせていた。
「すまん、レオン。目が覚めたよ。……そうだな、俺がするべきことは一つだな」
「隊長……」
「レオン、クローディアの滞在しているホテルはどこだ、それと馬を貸してくれ」
「隊長! はいっ、ホテルはロイヤルです、中央の。場所はわかりますか?」
レーヴァンが決意したことを察したレオンも、思わず声を喜ばせる。
「ロイヤルか、わかった」
そう言ったレーヴァンは、クローディアの後を追いかけるために馬を駆けた。その目にはもう、迷いはなかった。
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