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第五章

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「わかった。そこまで言うなら協力するよ。ギャラリーも、そうだな、何人か声かけておくよ」

「ありがとう、レオン。最後にまたお願いすることになっちゃったけど、助かるわ」

「いいってことよ。レーヴァン隊長のことは任せてくれ。手続きも出来たし、あとは王都に帰って家族と会えば、地位も回復できる」

 レオンは完璧なまでに手続きを終えていた。もう既に葬儀はキャンセルされ、反対にレーヴァンの生還お祝いをすることになったようだ。死んだと思っていた者が生きて帰ってくる。これほど喜ばしいことはないだろう。

 ご両親の喜ぶ姿が目に浮かぶようだ。私の父も、息子代わりとして彼を可愛がっていたから、嬉しいだろう。

 だが、私はその姿を見ることはない。

「レオン……私ね、明日の手合わせが終わったら、もうエール王国に戻るわ。だから、レーヴァンのことをお願いしたいの。父には、レーヴァンとの婚約破棄を進める手続きをするように手紙を書くわ」

 もう、明日が終われば彼を追わないことを私は決めた。今日のレーヴァンとサーシャ嬢を見て、私は覚悟を決めたことをレオンに伝えた。

「クローディア、……それで、いいのか?」

「レオン。私にはクレイグがいるのよ。三年間、私の傍で私を支えてくれたのは、クレイグなのよ。それに、レーヴァンも三年間、女性と何もなかったとは思えないわ。今はサーシャ嬢もいるし、彼らが本当に恋人同士で、将来は結婚するのであれば、私はこれ以上関わらない方がいいと思うの」

「クローディア、それはまだ決まった話ではないだろう。昨日のレーヴァン隊長の話でも、サーシャ嬢はただ単に助けてもらった恩人って感じだったぞ」

「でもね、レオン。記憶を失っている彼を支えているのは、サーシャ嬢よ。私ではないわ。それに、却って都合がいいかもしれないわ。私のこと、思い出せないのなら、新しい恋にも抵抗がないハズよ」

 そう、言いながらも私の頬を涙が伝う。わかっている、クレイグを愛しながらレーヴァンを愛することなど出来ない。そんな都合のいい制度はない。まして、どちらかを私の愛人とすることなど、誇り高い彼らをそんな風に扱うことなど出来ない。

「だから、ね。もうこれで、終わりにするわ。いいじゃない、最後にレーヴァンと打ち合って、彼に負けて終わるのよ」

「……クローディア、お前」

 パティオの中を風が吹き抜けていく。巻き上がるような風は、私の髪をふわりと上に持ち上げた。

「ピアスも、明日が終われば……もう外すわ」

 露わになった耳朶には、サーモンピンクのピアスがついている。もう、随分と輝きを失っているその石を、私は癖になった指で摘まんだ。

 ——もう、終わる。

 準備をするために私たちは辺境の砦に向かいながら、もう一度、私はピアスを触りながらレーヴァンのことを思い出していた。





 レーヴァン、あなたはいつも私を心配して、私が傷つく前に打ち負かしていたのよ。今なら素直に「ありがとう」と言えるその気遣いも、当時の私は「もっと真剣に勝負して!」と言って、憤っていたわね。

 久しぶりに握りしめる剣を持つと、心が落ち着いてくるのがわかる。刃をつぶしたその剣は、通常のものより小ぶりだ。筋力の落ちた私が持つことが出来るのは、これが精一杯だ。

 昨夜、大急ぎで用意したブラウスに着替え、久しぶりに男装する。胸当てを付けないのは、前回と同じだ。

 砦の中にある鍛錬場に行くと、そこは既に大勢の騎士団のメンバーがいた。どうやら、「赤髪のレーヴァン」が帰って来た、さらに彼が手合わせをしてくれる、ということで予想以上の人数が集まったようだ。

 レーヴァンはその赤髪を立てて、複数人を相手にしていた。まるで踊るように剣を使う彼はとても強い。

「凄い……腕は落ちていないどころか、上がっているわね」

 こんな遊びのような手合わせであっても、この三年間の彼の鍛え方が半端なものではなかったことが伺える。さらに、騎士団にいた頃よりも実戦経験を積んだ彼の技は多彩になっている。時に足を使う彼は型にはまってなどいない。

 辺境騎士団員も、そんな彼との打ち合いを楽しんでいるようだ。

「レーヴァンには、ここが合っているのかもね」

 このまま、ここでサーシャ嬢と結婚すれば、彼は辺境の砦を守る騎士となる。のびのびと暮らすには、王都よりも辺境の方が暮らしやすいのだろう。

「クローディア、用意はできたか」

 レオンも既に一度、レーヴァンと手合わせをしたようだ。汗を拭きながら近づいてきた彼に、審判をお願いする。

「レオン、わかっていると思うけど……ギャラリーは私の後方に集めておいて」

「……わかった」

 レオンはそう言うと、手合わせの勝負のついた騎士団員を一か所に集めた。次は私の番だ。

「クローディア、君は……こうした服を着ていたのか?」

 男装した私の姿を見たレーヴァンが、私を見て不思議そうな顔をしている。
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