76 / 88
第五章
5-8
しおりを挟む言葉を出せずに固まる私に、レーヴァンは続けて囁いた。
「どうしたら、いい。俺はどうしたら、君を悲しませないでいられるのか……、教えて欲しい」
「レーヴァン……どうして……」
どうして、そんなことを言うの。あなたにはサーシャ嬢がいるのに。そう言いたいけれど喉の奥で言葉が詰まる。動揺する私を包み込む彼の熱が私を離さなかった。
でも、そんな時はそう長くは続かない。
「レーヴァン、貴方……私を裏切るの!」
サーシャ嬢が叫びこちらを睨む。その声で私は現実に引き戻され、レーヴァンも彼女の方を見て私から離れ、抱きしめていた腕を離した。
私は振り返り、彼の揺れる瞳を見ながら、一つ息を零した後に伝えた。
「レーヴァン、私はもう結婚することが決まったの。あなたは……もう、私のことを思い出せないのなら、仕方ないの。私はもう……あなたが触れていい身体じゃない」
そう、レーヴァン。あなたが愛したクローディアはもういない。私はもう数えきれないほどの夜をクレイグと過ごしてきた。あなたを、裏切って来た。
「っ、すっ、すまない。君は俺の婚約者だと聞いていたから……安易に抱きしめて、すまなかった」
動揺する彼と私の間に冷たい風が吹いている。レーヴァンを生きて見つけることができれば、何も問題はないと思っていた。
でも、問題のなかった日から、何の憂いもなく彼と結婚することができた時から、もう三年も経ってしまった。
「ごめんなさい、私、もう行かないと」
レーヴァンには涙を見せたくない。今、彼に涙を見せてしまえば、そのまま彼を引き留めたくなってしまう。もう、私のことを思い出せない彼を私に縛り付けてはいけない。彼の傍にはサーシャ嬢がいるのに。
仮に思い出したとしても、三年の月日は私を変えてしまった。あの時に戻ることは出来ない。
「明日、明日! 君を待っている。君を傷つけることなどしないから」
去ろうとする私に、レーヴァンが必死になって話しかける。
「ええ、わかっているわ。あなたはいつでも、私のことを守ってくれていたもの。だから、私も楽しみだわ。久しぶりに、あなたと手合わせできるのは」
だから。私が出来る最後のことをするわ。そう伝えられない言葉を飲み込んで、私は涙を流す前ににこりと笑って彼を安心させた。
さよなら、と手を振った後、私は領主の館を去った。
できることなら、あの場で「愛している」と伝えたかった。今も胸の奥で燻る想いをさらけ出したかった。泣きわめいてでも、彼に許しを請いたかった。
けれど、そんなことをしても、私は満足できても彼の将来の幸せに繋がることはない。
もう、私とレーヴァンの道は交差することはない。冷たい風に、私は自分の心を冷やして欲しくて長い道をひたすら歩いた。
「何考えているんだ、クローディア! 今のお前が現役のレーヴァンと手合わせなんて、出来るのかよ!」
明日、レーヴァンと手合わせしたいから場所を確保して欲しいとレオンに伝えると、予想通りの反応が返ってくる。この三年間、朝の走り込みを欠かしたことはないけれど、さすがに全盛期の頃のようにはいかない。
レオンと打ち合わせのため、ホテルに備わっているパティオで話をすると、案の定彼は驚いた顔を隠さなかった。
騎士として生きることを止めてから、久しく剣も持っていない。そんな私が冒険者とはいえ、現役のレーヴァンと手合わせするのは危険が大きい。
「大丈夫よ、すぐに勝敗は決まるわ。大切なのはギャラリーと、審判のレオンと……私のちょっとした勇気ね」
それを聞いたレオンは再び、口を開けて驚いた顔をした。どうやら私の計画がわかったようだ。
「ク、ク、クローディア……お前、まさか! あれをもう一度やるっていうのか?」
「そうよ、レオン。何かキッカケがあれば、レーヴァンは記憶を取り戻すかもしれないのよ。多分、あの私との手合わせはかなりのショックだったはず。あの時の感じを再現できれば、もしかしたら……」
レオンは手を額に乗せて、あちゃー、といった顔をしている。
「わかった、記憶を取り戻すためなら、協力は出来るが……その、本当にやるのか?」
「やるわ」
レオンは私の覚悟のほどを聞いて、はぁ、と短く息を吐いた。
6
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる