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第五章
5-8
しおりを挟む言葉を出せずに固まる私に、レーヴァンは続けて囁いた。
「どうしたら、いい。俺はどうしたら、君を悲しませないでいられるのか……、教えて欲しい」
「レーヴァン……どうして……」
どうして、そんなことを言うの。あなたにはサーシャ嬢がいるのに。そう言いたいけれど喉の奥で言葉が詰まる。動揺する私を包み込む彼の熱が私を離さなかった。
でも、そんな時はそう長くは続かない。
「レーヴァン、貴方……私を裏切るの!」
サーシャ嬢が叫びこちらを睨む。その声で私は現実に引き戻され、レーヴァンも彼女の方を見て私から離れ、抱きしめていた腕を離した。
私は振り返り、彼の揺れる瞳を見ながら、一つ息を零した後に伝えた。
「レーヴァン、私はもう結婚することが決まったの。あなたは……もう、私のことを思い出せないのなら、仕方ないの。私はもう……あなたが触れていい身体じゃない」
そう、レーヴァン。あなたが愛したクローディアはもういない。私はもう数えきれないほどの夜をクレイグと過ごしてきた。あなたを、裏切って来た。
「っ、すっ、すまない。君は俺の婚約者だと聞いていたから……安易に抱きしめて、すまなかった」
動揺する彼と私の間に冷たい風が吹いている。レーヴァンを生きて見つけることができれば、何も問題はないと思っていた。
でも、問題のなかった日から、何の憂いもなく彼と結婚することができた時から、もう三年も経ってしまった。
「ごめんなさい、私、もう行かないと」
レーヴァンには涙を見せたくない。今、彼に涙を見せてしまえば、そのまま彼を引き留めたくなってしまう。もう、私のことを思い出せない彼を私に縛り付けてはいけない。彼の傍にはサーシャ嬢がいるのに。
仮に思い出したとしても、三年の月日は私を変えてしまった。あの時に戻ることは出来ない。
「明日、明日! 君を待っている。君を傷つけることなどしないから」
去ろうとする私に、レーヴァンが必死になって話しかける。
「ええ、わかっているわ。あなたはいつでも、私のことを守ってくれていたもの。だから、私も楽しみだわ。久しぶりに、あなたと手合わせできるのは」
だから。私が出来る最後のことをするわ。そう伝えられない言葉を飲み込んで、私は涙を流す前ににこりと笑って彼を安心させた。
さよなら、と手を振った後、私は領主の館を去った。
できることなら、あの場で「愛している」と伝えたかった。今も胸の奥で燻る想いをさらけ出したかった。泣きわめいてでも、彼に許しを請いたかった。
けれど、そんなことをしても、私は満足できても彼の将来の幸せに繋がることはない。
もう、私とレーヴァンの道は交差することはない。冷たい風に、私は自分の心を冷やして欲しくて長い道をひたすら歩いた。
「何考えているんだ、クローディア! 今のお前が現役のレーヴァンと手合わせなんて、出来るのかよ!」
明日、レーヴァンと手合わせしたいから場所を確保して欲しいとレオンに伝えると、予想通りの反応が返ってくる。この三年間、朝の走り込みを欠かしたことはないけれど、さすがに全盛期の頃のようにはいかない。
レオンと打ち合わせのため、ホテルに備わっているパティオで話をすると、案の定彼は驚いた顔を隠さなかった。
騎士として生きることを止めてから、久しく剣も持っていない。そんな私が冒険者とはいえ、現役のレーヴァンと手合わせするのは危険が大きい。
「大丈夫よ、すぐに勝敗は決まるわ。大切なのはギャラリーと、審判のレオンと……私のちょっとした勇気ね」
それを聞いたレオンは再び、口を開けて驚いた顔をした。どうやら私の計画がわかったようだ。
「ク、ク、クローディア……お前、まさか! あれをもう一度やるっていうのか?」
「そうよ、レオン。何かキッカケがあれば、レーヴァンは記憶を取り戻すかもしれないのよ。多分、あの私との手合わせはかなりのショックだったはず。あの時の感じを再現できれば、もしかしたら……」
レオンは手を額に乗せて、あちゃー、といった顔をしている。
「わかった、記憶を取り戻すためなら、協力は出来るが……その、本当にやるのか?」
「やるわ」
レオンは私の覚悟のほどを聞いて、はぁ、と短く息を吐いた。
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