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第五章

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 ようやくブリス王国の近くに来たところで俺は、流行り病に倒れてしまう。

 そこで、俺を見つけたのはサーシャ嬢だった。俺の名前はレーヴァンというらしい。それまで使っていたジョーという名前とは違い、なかなかカッコいい。

 サーシャ嬢は、先の戦争の時に看護師をしていたから看護の知識がある、と半ば行き倒れに近い俺を宿屋へ運び、看病してくれた。

 それは、どうやら風土病に近く俺は初めて体験したが、土地の者はどうやら子供のうちに済ますのが普通のようだ。よそ者である俺だけが、苦しんでいた。

 サーシャ嬢は、そんな俺を献身的に支えてくれた。なぜだ、と聞けば彼女は頬を赤らめて答えてくれた。

「私たち、将来を誓い合った仲だったから。レーヴァンには婚約者がいたけれど、それは形だけで、周囲には秘密にしていたけれど私と愛し合っていたの。ホラ、これがその証拠のブローチよ」

 そう言って彼女が見せてくれたのは、サーシャ嬢の瞳の色をした石をつけたブローチだった。その裏には、レーヴァンから愛を込めて、と彫ってある。彼女は大切にこれを持っていた、と言いずっと綺麗な箱の中に入れていた、という。

 正直なところ、彼女の話が全て本当なのかどうか、証明する手立てがない。サーシャ嬢と恋人同士だったと聞いても、何の感情も湧かなかった。だが、献身的に看護してくれた彼女には恩義を感じた。サーシャ嬢の言う通りに、ブリス王国の辺境に行けば、そこにはかつての俺を知る者もいるという。

 ようやく旅が出来る体力が回復した後すぐに、この辺境地を目指してきた。ようやく辺境の街に到着すると、大通りで声をかけられる。それはレオンというかつての部下と、クローディアと名乗る婚約者だった。

 名ばかりの婚約者だと聞いていたが、クローディアと名乗る彼女は声を震わせて目に涙を溜めて、俺の名を呼んだ。

「レーヴァン、……生きて、……生きていてくれた」

 その声は俺の脊髄を刺激して、背中をぶん殴られたかのように痛みが走った。声が、そのブルーラベンダーの瞳が、俺の記憶を刺激する。思い出したい、けれど思い出せない。彼女の声が頭の中に響き渡り、俺は体感する。

 ——彼女だ、俺が会いたかったのは彼女だ。

 直感ともいえるその感情が俺の中で渦巻く。記憶にはない懐かしさを感じ、思わず彼女を支えるための手が出る。跪いていた彼女を立ち上がらせるために、手を握るとその手の冷たさにヒヤリとする。

 俺が暖めたい、自然とそんな感情が湧きあがるが、引き寄せて抱きしめるわけにもいかない。恋人だったというサーシャ嬢もすぐ傍にいる。

 こんな往来で話をするわけにもいかないから、と、領主の館へ移動することとなった。

 だが、その移動する途中で聞いた話は俺を凍り付かせた。俺とサーシャ嬢、レオンとクローディアと別々の馬車で向かう途中、サーシャ嬢が俺に話してくれたのだ。

「レーヴァン、あの……あなたの婚約者のクローディア様はね、その……もうすぐ結婚されるそうよ。だから、ね。あなたの存在が問題になるかもしれないけど……あっ、でも、私は傍にいるから安心してね」

「なにっ、彼女は、結婚するのか? 俺が婚約者ではなかったのか?」

 何も思い出せないのに、なぜかクローディアの話を聞くと胸が痛む。彼女のブルーラベンダーの瞳の色を思い出すと、胸の奥が切なくなる。

「それは、詳しいことはわからないのだけど、この三年間ずっと傍にいてくれた方と結婚されるそうよ。黒髪の、とってもカッコイイ方で、確か名前はクレイグ様って言われたわ。もう、ずっと一緒に暮らしているから、夫婦同然みたいだけど」

「は? 夫婦同然? それは……」

「ええ、夜も一緒の部屋で寝ているって、聞いたことがあるわ。周囲に隠してなんかいないから、夫婦同然よね」

 クローディア、彼女はもうすぐ別の男と結婚することになっている。その男は俺が行方不明になっていた三年間、ずっと彼女の傍にいて彼女を支え、そして……夜も一緒の部屋で過ごす仲になっている。

 その事実は何故か、俺の心臓に突き刺さった棘のように痛みをじわり、じわりと与えてくる。

 クレイグ、という結婚相手の名前を聞いても何も思い浮かばない。俺は部下だったレオンでさえ、思い出すことが出来ない。

「でも、レーヴァン、あなたが愛していたのは、私なのよ。私を見て……」

 そう言ってサーシャ嬢は、馬車の中であっても身体を寄りかからせて来た。今、俺が信じることができるのは、このサーシャ嬢だけだ。流行り病で倒れた俺を支え、看病してくれた優しい女性。

 俺は気がつかなかった。優しく無垢な女性と思っていた彼女が、まさか嘘をついていたとは。本来はクローディアに贈るはずであったブローチを、嫉妬のために手元に置いていたとは。

 記憶のない俺の気持ちをどうにかして彼女に向かせ、結婚しようと企んでいたとは。俺は、何も気がつかなかった。

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