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第五章
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しおりを挟む「レーヴァン、どうしたの?」
呆然と立ち止まる私たちに声をかけたのは、久しぶりに見るサーシャ嬢であった。彼女はレーヴァンの腕に自分の腕を絡めると、私たちの方を向いて話しかけてきた。
「あら、お久しぶりですわ、クローディア様。これから帰られるところですか?」
彼女はレーヴァンにそっと身体を添わせ、そしてレーヴァンを見上げた。そのサーシャ嬢を、レーヴァンが優しい目で見降ろしている。何も知らなければ、二人は仲の良い恋人同士か、夫婦に見えるだろう。そんな空気感を醸し出す二人にレオンが問い詰めた。
「サーシャ様、これはどういうことですか……、俺たちが必死にレーヴァン隊長を探していたことは、ご存知だったはずです」
レオンが声を尖らせて話しても、関係ない、といった顔をしたサーシャ嬢が返答した。
「あら、そうだったの? 私、しばらく遠方にいたから知らなかったわ。そこでレーヴァン様を見つけて、私が連れ帰って来たのよ」
身体をこれでもか、とレーヴァンに傾けたサーシャ嬢は、まるで勝ち誇ったような顔で私を見てきた。
「私たち、帰って来たばかりでこれから領主のお父様に挨拶に行くところなのよ」
身体を寄せる彼女を嫌がることも、否定することもなくレーヴァンは優しく受け止めている。だが、レオンがそれに口を挟んだ。
「サーシャ嬢、それにレーヴァン隊長。話を聞かせてもらいたい。これまで、この三年間隊長を探してきたのは、他でもないクローディアだ」
その言葉を聞いたレーヴァンが、少し目を揺らして私を見つめた。私は今、目の前で起きていることが信じられなくて、それでも絞るように声を出した。
「レーヴァン……生きて……生きいてくれた……」
涙が溢れて止まらない。こんな街の往来で、他に行きかう人々が見ているが、そんな声も何も聞こえてこない。サーシャ嬢が何か話していたが、それも実は聞こえていなかった。
——レーヴァンが、生きていた。
痛いほどに波打つ心臓を抑えながら、目の前が涙で曇っていく。でも、もっと近くでレーヴァンが見たい。私はゆっくりと彼に近づいてその顔を覗き込むと、私の異様な雰囲気を察した彼が手を差し伸べてくれた。
レーヴァンの剣だこのある手が、私の手をとって立ち上がらせてくれる。
「君……君の名前、は?」
私の瞳を見つめる、その二つの灰色の瞳は変わらないのに、彼は私のことがわからなかった。三年前よりも筋肉質になった身体で、顔に傷痕をつけたレーヴァンは、それでも変わらない声で私に話しかけた。
「ごめん、君のことがわからなくて」
「……クローディア、よ。レーヴァン、あなたの……幼い頃からの、婚約者よ」
私は震える声で、彼に答えた。
(Side レーヴァン)
俺には三年前からの記憶がない。
意識は朦朧として、頭を強く打った後だったことはわかった。だらりと生暖かい血が、頭の上から流れ出している。身体は水に濡れて、服が重い。このままここにいては、遅かれ早かれ死んでしまう。そのことはわかるが、身体がどうしても動かない。
——誰かが待っている、帰らなくては。
その頭に浮かぶ誰か、がわからないけれど、とにかく立ち上がって歩かなければ。その時、俺は横たわる身体を覗き込む目に気がつくと、その目の持ち主が声をかけてきた。
「おい、お前。死にたくないなら立ち上がれ」
生意気そうなことを言ってくれる。この野郎、と怒りの感情を持った俺は、くぐもった声で唸りながら身体を起き上がらせ、そして手を地面についた。
「ぐっ、……くぁぁっ!」
膝をついてどうにか起き上がると、太陽がまぶしく光り——俺は再度、気を失った。どうやら俺は、川から流されてきた死体だと思われたが、自分で半分立ち上がったことでまだ生きていると証明できた。そして、俺は声をかけてきた冒険者に拾われて、彼は俺を介抱してくれた。
介抱といっても、医者を呼んできて宿屋に泊めてくれた。おかげで、身体の傷は治ったが肝心の記憶が戻ることはなかった。記憶喪失。川に落ちた後、流される途中か前か、どこかで大きく頭を打った俺はどうやら一時的に記憶を失くしたようだった。
気がつくとそこは、フェイルズ国の川沿いの街で上流から流れつく死体がよく打ち上げられる浅瀬だった。俺は奇跡的に生きて流れ着いた。記憶を失っていたが、基本的な生活習慣を忘れたわけではない。自分の名前も出身地も思い出せないが、戦う方法は覚えていた。
もともと来ていた服はブリス王国の軍服だったが、フェイルズ国の奥深くで助けられた俺は、どこに帰ればいいのか思い出せない。
その陽気で屈強な冒険者は、回復した俺と一緒に旅をしないかと誘ってきた。生きるすべを持たない俺は、お礼代わりにとその冒険者とパーティーを組み、各地を転々とすることになる。
特に、フェイルズ国の向こう側の国に長くいた俺たちは、そこが冒険者の故郷であることを知った。故郷に立ち寄った彼は、そこで幼馴染と再会し結婚することになった。
幸せそうな二人を見た俺は……俺も自分の故郷とやらを探してみようと、初めて思うようになる。ブリス王国の軍服を着ていたから、きっとブリス王国に行けば何かしらヒントがあるだろう。そう思い、その国を出たのがひと月前だ。
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