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第五章

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 ——あれから、三年の月日が経った。

 目の前の白く豪華なウェディングドレスを見ながら、私は三年前の自分を思い出した。あの時の自分はどうかしていた。脆く折れかかった心を支え続けてくれたのは——クレイグだった。

 ——結局、レーヴァンの行方はわからなかった。死体すら、見つけることができなかった。

 レーヴァンが行方不明になって三年。ブリス王国では、行方不明となって三年経つと、死亡通知が発行される。財産の処理や相続、残された者の気持ちの区切りのためなど、いろいろと理由があるが、三年というのが一つの区切りである。

 長いようで短い期間が過ぎ、一週間後にはレーヴァンの葬儀が予定されている。そして、その一か月後には、私とクレイグの結婚式だ。

 母が意気込んで作成したドレス。この白く輝くビジューがふんだんに使われたウェディングドレスを着た私は、幸せに見えるだろうか。——いや、幸せにならなければ。この頬を伝う涙は、幸せになるための涙だ。もう、レーヴァンは見つからないのだから。

 ウェディングドレスを着た私の隣に立つのは、クレイグなのだから。

 結局、クレイグとの婚約は破棄されることなく、ずっと彼は私の婚約者でいてくれた。それも、毎晩私の隣で私を暖めて、眠らせてくれるのはクレイグだった。——あの、媚薬の夜から。





「私、決めた」

 ふと、眠りにつく前に呟いた。今夜も隣にはクレイグがいる。

「ん、ディア? どうした?」

「あのね……クレイグ。私、このサーモンピンクのピアス、そろそろ外そうかと思うの。その、レーヴァンの葬儀が終わったら。だから、もう片方を用意してくれる?」

 私を腕枕して、いつも寝かしつけてくれるクレイグ。彼が隣で寝てくれるようになって、私はようやく悪夢を見ることなく普通に眠れるようになった。

 時々、頬を濡らすことはあっても、一晩中泣きわめくことはない。涙が流れ始めると、そっと頭を引き寄せて胸の中で休ませてくれたのはクレイグだ。

 その彼の胸の中に顔を埋めながら、私はようやく区切りをつける決心がついたことを伝えた。彼を、随分と待たせてしまった。

「片方と言わず、新しいのを用意するよ。そうだな、私とお揃いにしようか」

 額にチュッとキスしてくれる彼は、蕩けるように優しい。あの媚薬の夜以降、クレイグは他の女性を寄せ付けない。常に私の傍らにいる彼は、公私にわたる私のパートナーと既に認識されている。

 三年間、レーヴァンを探すことに時間もお金もかけてきた。有力な情報には懸賞金をかけ、ダストン王の協力を得てから後は、それこそフェイルズ国中で探してきた。それでもレーヴァンを見つけることは出来なかった。

「結局、レーヴァンを諦めきれなくて、クレイグを待たせちゃった」

「そんなこと、気にするな」

 だから、もう休もう。そんな声が聞こえてきくるように、彼は私の髪を優しく梳いてくれた。

「クレイグ、今夜はもう……いいの?」

 彼が滾っているのか、大きくなっているのがわかる。

「いいのか? 今夜は優しくなんて、できないよ」

 いつも優しくなんか、ないくせに。そう言ってしまうと、本当に酷くされそうで言えない。

 クレイグは私が求めると、いつも抱いてくれる。彼から強引に来ることはないけれど、それは彼が求めているのを私が察して、私が誘っているからかもしれない。

 私たちの距離は限りなく、今はゼロに近い。

 瞳の色を変えたクレイグが、私の上にのしかかると耳元に唇をつける。私の耳が弱いのを知っているのに、黄緑色のピアスの方にしか彼はキスをしない。

「あと少しだ」

 期待してる、と甘い声が囁くように私の耳に届く。クレイグはその細く長い指を私の胸元に這わせ、もう既に立ち始めた乳頭を摘まむ。

 クレイグの愛撫は執拗で、何度も私をイかせてからでなければ、彼自身を挿入しない。そして一度挿入したらしたで、彼は何度も私を絶頂に導くまで突き上げる。入口の浅いところも、奥のいいところも、既に彼の手で開発された。

 ——もう、思い出せない。レーヴァンがどうやって私にキスをしたのか。レーヴァンがどうやって私を抱いたのか。もう、思い出せなくなっている。

 でも、それすらも考えさせないように、クレイグは私を愛してくれる。

「ぅうっ……んんっ……もっ、もうっ……あぁ……」

 クレイグの剛直が私を翻弄する。ちゅく、ちゅくとクリトリスに擦りつけながら胸を揉みしだく。彼はいつも、私を高めてからでないと挿入してくれない。

「ホラ……クローディアの乳首も、クリトリスも固くなっていて、こっちもぐしょぐしょだ」

「も、もうっ……そんなことっ……言わないで……」

 クレイグは時に意地悪になって私を言葉で攻める。時に乳首を強く摘まみ、私の身体が跳ねるのを見て耳朶をまた甘噛みする。

「あぁ……イイね、もう、たまらないよ……」

 私の手に指を絡め、その黄緑色の瞳を情欲の色に染めて、彼は固く勃った剛直でくちゅりと浅く差し込み入口をつつく。もう既に身体は熱く高められていて、もっと蹂躙されたいと願う。

「ねっ、もっと来て……、クレイグ……」

「うっ、ディア……そんなに煽るな」

 そう言いながら、クレイグも嬉しそうにはぁ、と甘い吐息を吐くと体勢を変える。私の腰を少し持ち上げると立膝になり挿送を繰り返す。奥にあたるその剛直が、私の子宮の入り口をぐりっと刺激する。

「あぁぁっ……あぁ……、もうっ……イッちゃう……」
「っう、出るっ……」

 私が果てるのと同時にクレイグは剛直を取り除いて、私の腹の上に白濁した熱を放出した。荒い息を整えながらクレイグは優しくそっと濡れた布で拭きとってくれる。クレイグは私の中で果てることはない。

「クレイグ……」
「ディア……」

 お互いに名前を呼び合い、唇を優しく合わせる。激しく交わった後の緩やかな、心を通わせる時間。でも、そこでも私たちは言葉で確かめ合うことはなかった。

 クレイグは一度も「愛している」と言ってくれない。私も、彼に「愛している」と伝えたことがないように。

 距離は限りなくゼロなのに、私たちの間にはまるで薄い膜がまだ残っているようだ。


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