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第四章
4-10
しおりを挟むフェイルズ国のフェーブ王についての情報は驚くほど少ない。今日はその誕生を祝う日であると言うのに、舞踏会に顔を出したのはほんのわずかな時間だけであった。
ダストン殿下と同じ、いや、ダストン殿下は父親であるフェーブ王と同じ銀髪と漆黒の目をしている。
フェーブ王に呼ばれた私は、彼の私室へ招かれていた。もちろん、クレイグを連れることは許されていない。私一人だ。
部屋に入ると、給仕の者がグラスにワインを注いでいく。その者が部屋を出ると、私はフェーブ王と私室に二人きりとなった。随分と信頼されているのか、女一人では何もできないと思われているのか。
「そなたがエール王国の宝石姫か」
「はい、クローディア・シュテファーニエと申します」
膝を床につき、私は頭を上げることができない。いくら私室に二人きりとはいえ、相手は王だ。
「よい、頭を上げよ。酒が不味くなる」
フェーブ王は、ダストン殿下をさらに年を経た姿と思われるほど、よく似ていた。だが、かさついた肌に艶のない髪、目の下のクマをみれば、相当つかれている様子がわかる。どうやら常にアルコールが手放せない様子だ。
「そなたも飲め」
そうして差し出されたグラスの中には、赤いワインが注がれている。
「申し訳ありませんが、私はお酒を飲むことが……」
残忍なことで有名なフェーブ王のことだ。その酒の中に何が入れられているかわからない。
「命令に逆らうか? そなたの連れの命がないぞ」
ぐっ、と身体が震える。クレイグを殺すと言われれば、飲まないわけにはいかない。
「わかりました」
ワインを喉に流す。ゴクリ、と一口飲むとやはりと言うべきか、何か薬品の味が混ざっている。だが、飲まなければクレイグが殺されてしまう。
私は最悪の場面を想定しながらも、ワイングラスを空けるようにゴクゴクと飲み切った。カツン、とグラスをテーブルに置いて、私はフェーブ王を見つめなおす。一体、なぜ私は彼に呼ばれたのだろうか。
「いい飲みっぷりだ、うむ、気に入った」
「……陛下、質問をしてもよろしいでしょうか」
「いいだろう、許す」
彼はグラスを傾けながら、私を面白い娘だ、と観察するようである。
「私が陛下のお部屋に呼ばれた理由を知りたいと思います」
胸が焼けてくる。薬の作用がききはじめている。アルコールと一緒に取ると、効果が表れるのが加速するタイプだ。呼吸が苦しくなってくる。
「それはな、宝石姫。ダストンになにやら交渉しておるようだが、もっと簡単な方法でエール王国の宝石を手に入れようと思ってな。なに、簡単なことだ」
フェーブ王はくくっ、と笑うとグラスをテーブルに置き、私の方に近寄ってくる。
「私の女になれ。そうすればお前も、お前の持つ宝もこのフェイルズのものとなる。ダストンはこんな簡単なことが何故わからんのか」
「陛下、私には決められた婚約者がいます。お戯れを」
「知っておる。あの男であろう、大丈夫だ。お前が大人しく私のものとなれば、そのままの身体で帰国することは認めよう」
それは、大人しく身を差し出せばクレイグは助けてやる、と聞こえるが大抵この場合婚約者は消される運命にある。そのままの身体、ということは毒殺か何か。遺体は届けると言うことか。
そこまで考えて、なるほど、だからフェーブ王はこの「媚薬」を私に飲ませたのか、と合点した。
私は髪飾りに手を当てる。手に震えが出る前に、これを使わなければならない。
「陛下……胸が、苦しくて……」
はぁ、はぁ、とわざとらしく呼吸を乱すと、そうかそうか、と気色の悪い声を出してフェーブ王が私を覆いかぶさるように抱きしめてくる。
——今だ
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