60 / 88
第四章
4-8
しおりを挟む「ダストン殿下、お時間をくださりありがとうございます」
「ははっ、君たちが来るのは聞いていたからね。スーレルのカフスボタンを見たよ。彼の紹介であれば、時間をつくらなければ、ね。それで、君。アールベック卿だったかな」
「はっ、クレイグ・アールベックと申します。殿下には、まずこれを」
クレイグが私を見て、お互いに頷き合う。そうしてクレイグが差し出したのは、十億ルータルの価値のある小切手だった。彼が私たちの商談に乗ってくれるのかどうか、その価値があるか、私たちは賭けにでた。
「これは……さすが、エール王国一の商会というべきか」
いきなり望外の資金を目の前にして、さすがに彼も狼狽えたようだ。私たちの目的は何かと真意を訪ねるように話を促す。
「殿下には、成し遂げていただきたいことがあります。まずは、そのための資金でございます」
「私に何を望まれるのかな、宝石姫」
ダストン殿下は、ほう、と一つ息を吐いて私を見た。彼については調べられる限り調べている。彼の望みは私たちの希望するものと変わらないはずだ。
「争いを、戦争を止めていただきたい。その上で、あなたが王位に立たれた際には、この十0倍の資金をお貸しすることが可能です」
私が提案した後、その執務室には静寂が広がった。殿下と私たち二人の、呼吸する音だけが聞こえる。
「私が、王位についたとき。と申されたか、姫」
「はい、それが条件です」
もう、フェーブ王に期待していない。こちらに来て知れば知るほど、彼が元凶となり国が疲弊していることがわかった。こんな外国人でもわかるのだ、身近にいる聡い王太子であれば、さらに理解しているだろう。
「一つ聞きたい。なぜ、それを今望むのか。エール王国の商会が私に投資する理由、が知りたい」
それは正直な疑問なのだろう。わざわざ、私たちの商会が沈みゆくフェイルズ国に投資などしなくても、十分に利益は出ている。むしろ、賭けに近い投資を行うことは馬鹿げているのだ。
「そうですね、フェイルズ国の困窮した状況を鑑みて義に駆られて、と言っても殿下は信じられないでしょうね。正直に申しますと、私の父の国はブリス王国です。そして、私自身ブリス王国の学園の騎士科を卒業しています。何人もの仲間が、今回の戦闘に加わっています」
「なるほど、君は我がフェイルズ国の敵国の人間というわけか」
「そうとも言えますが、そうでもありません。私はエール王国民であり、ブリス王国人でもあるのです。そして、ブリス王国は長年辺境でフェイルズ国との争いをしていました。もう、終わりにする時です」
「……では、我が軍を叩けばいいであろう。商会の資金力があれば、人や武具を集めることもすぐにできる」
「えぇ、それも一つですが、でもそれでは根本的なことが変わりません。私は、フェイルズ国にもその歴史と力にふさわしい国となって欲しいのです。そして無暗に争いを起こさぬ国となってもらえれば、と思います」
「なるほど、それは一理あるな。……だが、それだけではあるまい」
黒い目を光らせて、殿下は私を貫くように見つめてきた。声が震えそうになる。一体どこまで殿下は私のことを知っているのだろうか。でも今、伝えなければこの男は動かない。そんな不思議な確信を持った私は正直に話すことにした。
「殿下、私には婚約者がいます。彼は、今回の戦闘に騎士として参加し、そして……今、行方不明となっています。私は……こんなバカげた戦争を止めたいのです。そのために私のできることをして、戦いたいのです」
「はっ、バカげた戦争か。確かに。そうか、君の婚約者が行方不明なのか」
そこまで説明すると殿下は、ようやく納得したのかまた考える姿勢をとり、椅子に座る。
「わかった。では、私も私のできることをしようではないか。君の婚約者の捜索がフェイルズで必要であれば、便宜を図ろう」
7
お気に入りに追加
209
あなたにおすすめの小説
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
帝国最強(最凶)の(ヤンデレ)魔導師は私の父さまです
波月玲音
恋愛
私はディアナ・アウローラ・グンダハール。オストマルク帝国の北方を守るバーベンベルク辺境伯家の末っ子です。
母さまは女辺境伯、父さまは帝国魔導師団長。三人の兄がいて、愛情いっぱいに伸び伸び育ってるんだけど。その愛情が、ちょっと問題な人たちがいてね、、、。
いや、うれしいんだけどね、重いなんて言ってないよ。母さまだって頑張ってるんだから、私だって頑張る、、、?愛情って頑張って受けるものだっけ?
これは愛する父親がヤンデレ最凶魔導師と知ってしまった娘が、(はた迷惑な)溺愛を受けながら、それでも頑張って勉強したり恋愛したりするお話、の予定。
ヤンデレの解釈がこれで合ってるのか疑問ですが、、、。R15は保険です。
本人が主役を張る前に、大人たちが動き出してしまいましたが、一部の兄も暴走気味ですが、主役はあくまでディー、の予定です。ただ、アルとエレオノーレにも色々言いたいことがあるようなので、ひと段落ごとに、番外編を入れたいと思ってます。
7月29日、章名を『本編に関係ありません』、で投稿した番外編ですが、多少関係してくるかも、と思い、番外編に変更しました。紛らわしくて申し訳ありません。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる