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第四章

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「これで、全部のようね。これだけ集めるのは大変だったでしょ、ありがとう」

 振り返ってクレイグを見上げると、彼はふわりと優しく微笑んでいる。これは、いつもの仮面の微笑みではない。

「クローディア、少し、二人で話そうか」

 物資を砦の管理者に引き渡せば、あとは彼らの仕事だ。私はクレイグと二人で、砦の中で使っている部屋に向かった。騒然としている砦の中で、落ち着いて話ができるのはここだけだ。

「クレイグ、そこに座って。この部屋、椅子が一つしかないの」

 彼には机と対になっている椅子を示し、私はベッドサイドに腰かけた。

「ディア、状況は聞いたよ。彼が行方不明であることに変わりはないんだな」

「えぇ……」

 私は思わず、下を向いてしまう。レーヴァンのことを説明しなくては、と思うのだけど言葉がでてこない。

 そんな私を見たクレイグはスッと立つと、ベッドサイドに座る私の横に座った。

「無理をすることはない、ディア、おいで」

 腕を広げ、私の頭を胸に充てると彼は優しく髪を梳き始める。私は、久しぶりのクレイグのシダーウッドの香りを吸い込むと心が安心していくのがわかる。

「うっ、ううっ……ク、クレイグっ……」

 レーヴァンが見つからない。現地に来たけれど、待っていた現実は望んでいたものとは違った。私は彼の剣の鍔を受け取った時以来、涙を流すことはなかった。レオンの前でも、誰の前でも泣いてしまうとそのまま立ち上がれなくなりそうで、私は泣かなかった。

 けれど、今。

 クレイグの存在が私の涙腺を緩め、嗚咽と共に私は胸を借りて泣いてしまう。クレイグはそんな私を包み込むように抱擁し、しばらく涙の流れるままにしてくれた。私の中のレーヴァン、そしてクレイグ、二人の存在の大きさを改めて感じずにはいられない。

「クレイグ……ごめんなさい、あなたに、こんなに頼ってしまうなんて……」

「ディア、大丈夫だ。涙を流すのは今の君に必要なことだよ。私に甘えればいい」

 そう囁く彼は、本当に大人の男の人で。情熱的なレーヴァンとはまた違う安心感を与えてくれる。この人の腕の中にいると、自分の弱さを自覚してしまう。

「クレイグ、ありがとう」

 感情が落ち着くまでしばらくかかったが、彼に温められた私はまた少し、元気を取り戻すことができたようだ。そして私は大切なことを思い出した。レオンのことだ。

「クレイグ、一人新しく商会の下で雇いたいの」

 私はレオンのことを簡単に説明し、レーヴァンの捜索をレオンに任せたいことを伝えた。レオンであれば、たとえ敵国の中に入って行っても、自然にふるまうことも出来ていた。

「レオンなら、捜索を任せられるわ。私が行っても、却って足手まといになってしまうようで……」

 クレイグが到着するまでの間、私は数回レオンと共に渓谷の下流域に行こうとしたが、私の髪や容姿が目立ちすぎるのか、また女性であることが珍しいのか、思ったように行動できなかった。だが、レオン一人であれば村人も容易く話をしてくれた。

 レオンも、クレイグと会った時に返事をくれると言っていたけれど、レーヴァンの捜索をしたいと言っていた。なので、クレイグと話をするのは単なる最終確認だけだろう。

「君が信頼できる人であれば、私は構わないよ」

 レオンがレーヴァンの捜索を任せれば、私は私の出来ることをしよう。これまで考えていたことを、私はクレイグに話し出した。

「クレイグ、私、この戦争をもう終わらせたいの」

 クレイグは目を見開いて、さすがに驚いた様子で返事をした。

「さっきまで泣いていた君が何を言うかと思えば……、で、クローディア。何を考えている?」

 流石に私と付き合いの長いクレイグだ。私がなんの考えもなく言ったとは思わなかったようだ。私はここ数日のフェイルズ国の様子を見て、考えたことを彼に説明した。

「クレイグ、ここはフェイルズ国にとっても辺境の地よね、そしてブリス王国との国境沿い。平時から警戒が必要だけど、それだけじゃないわ。貿易の先端にもなりうる場所よね」

「あぁ、そうだな。特にここは主要街道にも近いから、物資を運びやすい」

「でもね、そうした物資の流通がされていた形跡がないの。はっきり言えば、貧しすぎるわ。地の利を生かしていないのよ」

「うむ、で、どうするつもりだ?」

 ここで私は、大きく息を吸って覚悟を決めた。

「フェイルズ国の、ダストン王太子に会いたいと思っている。エール王国のスーレル殿下の紹介があれば、話が出来ると思うわ」

 そして、フェイルズ国への投資を提案する。もし、ダストン王太子が王となった場合には、ね。

 もう、フェイルズ国のフェーブ王に期待などしない。いわば国家転覆をそそのかすその提案を、私はクレイグに打ち明けた。それを出来るだけの資金力が私にはある。スーレル殿下の言っていた、国を超える力だ。私でなければできない戦い方。

 それは二つの公爵領という潤沢な資金と、商会という経済の要を持つ私だから提案できること。どうにかしてダストン王太子殿下と話が出来れば、これだけ貧しい国のことだ。私たちの提案を受け入れるであろうことは容易に想像できた。

 そして戦争さえ終われば。レーヴァンの捜索範囲をもっと広げることができる。

 クレイグにスーレル殿下から預かったカフスボタンを見せると、彼はこの話が強ち私の空想ではなく、殿下も絡んでいる話ということに瞠目した。

「はぁ、君はどこまでも規格外だな。わかった、協力しよう。この戦争を終わらせよう、ディア」

 ようやく、クレイグが私の提案に首を縦にしてくれた。


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