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第四章
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しばらくして、ようやくクレイグが大量の物資と共に辺境の砦に到着すると、そこにいた騎士や兵士の顔つきが変わった。パサパサとした戦時食ではなく、しっかりと味のついた食料が来たのだ。それに不足していた医療品や、どうしても後回しとなる日用品などが支給されると、それだけで戦士達の士気を上げた。
「アールベック殿、よく来てくださった。砦を代表して歓迎する」
今はゼオ隊長が砦を拠点とする辺境騎士団長を兼ねている。王都から移動する途中で、既に応援物資を提供することを伝えていたので、クレイグの訪問は問題なく歓迎された。
「あ、あの……、クレイグ様、私は領主の娘でサーシャ・ウィドウと申します。砦を案内致しますわ」
どこからかサーシャ嬢がクレイグの噂を聞きつけて、率先して案内をすると言う。クレイグはその美しい容姿のみならず、仕草は洗練されていて、屈強な騎士とは違った男の色気を放っている。細身で背筋の伸びた彼は常に微笑みを絶やさず、ほのかにシダーウッドの香りをまとっていて、心を奪われるのは簡単だ。
「あなたは、美しい紫色の瞳をしていますね」
クレイグが、サーシャ嬢の瞳を覗きながらほう、と息を吐いた。彼女の瞳の色は、私の瞳の色とよく似ている。
「そんな、お褒めになるほどでは……、この地方では珍しい色なので、そう言っていただけますと嬉しいですわ」
彼女は、そのアメジストの瞳を誇りに思っているようだが、私と同じ色だということに気がついているのだろうか。終始クレイグにべったりとまとわりつく彼女を、ゼオ隊長も困り顔でみている。
私はクレイグがサーシャ嬢の瞳を見つめる様子を、少し高い階段の上から見てしまった。彼が見ているのは、私と同じ色の瞳。
見つめ合う二人を見ていると、胸の奥がむかむかとしてくる。声をかけようとして、でもクレイグの女性関係の邪魔をすることはできない、ということに今更ながら気がついた。
「そう、だよね……。クレイグが今後誰と付き合おうが、私は文句も何も言えない……よね」
かろうじて未だ婚約者ではあるが、こちらは婚約破棄を申し込んでいる身だ。いくらレーヴァンが行方不明とはいえ、だからといってクレイグをキープしていい訳がない。
頬を染めてクレイグを見つめるサーシャ嬢。基本的にクレイグの態度はどの女性に対しても同じで、優しい。クレイグがその気になれば、相手となる女性に困ることなどない。
クレイグがこのままサーシャ嬢に愛を囁く姿をふと想像してしまうけれど、——胸の奥がキュッとして、それはとても耐えられそうにない。
——でもこんな気持ち、もっていていい訳ない。
私はここにはいないレーヴァンを愛している。そして彼と心も身体も繋いだばかりだ。——でも、クレイグを独占していたい。そんな我儘な想いが自分の中にあることに幻滅して、でもどちらか一方を消し去ることもできなくて。
私はしばらく、二人を見ながらその場で動けなくなっていた。
「クローディア、そこにいたのか」
クレイグは私を見つけると、サーシャ嬢に「失礼」と言って私の方へ寄ってくる。私はハッと意識を戻し、仕事をするために頭を切り替えた。
「クレイグ、長旅お疲れ様」
少し震えた声で話しかけると、クレイグは私を見てホッとした表情をした。
「クローディア、君こそ無理をしていないか?」
私に親し気に話しかけてくるクレイグを見たサーシャ嬢が、驚いた顔をしている。どうやら私とクレイグの関係を知らないようだ。
「クレイグ、大丈夫よ。あと、いろいろと話したいのだけど……後で、部屋に来てくれる?」
「あぁ、わかった。まだ荷下ろしが終わっていないから、その後になるよ」
「まだ終わっていなかったの? じゃぁ、私も見に行くわ」
そうして二人で行こうとすると、私の動きを邪魔するかのようにサーシャ嬢が声をかけてくる。
「クローディア様、この砦をウロウロとされても困りますわ。クレイグ様はとても大切な物資を運んできてくださったのに、その邪魔をしないでくださらない?」
私とクレイグが二人でいるのが気に入らないのだろう、そのイラつきを抑えないで彼女は私に文句を言ってきたのだ。
「サーシャさん、紹介が遅れてごめんなさいね。私、クレイグの勤める商会の支部長も兼ねているの。こちらはクレイグ・アールベック、私のアドバイザーをしてくれています。この物資は、私からの寄付代わりですので、喜んでもらえて嬉しいですわ」
クレイグに教わった、何人にも侮られないように笑顔を顔に張り付ける。サーシャ嬢は、私が救援物資を持ってきたオーナーであることを理解し、その大きな目をこれでもか、というほどに大きくして驚いていた。
「えっ、えええっ……あなたが、商会の代表者……なの?」
ようやく私のことを理解した彼女は、言葉を失ってしまったようだ。
「サーシャさん、私は物資の確認がありますので、失礼しますね。クレイグ、では行きましょう」
私はその場に立ち尽くす彼女をそのままにして、運ばれてきた物資置き場に向かった。今は、感傷に浸っている時ではない。やるべきことを、しなくては。私の戦いは、今、目の前にあるのだ。
「アールベック殿、よく来てくださった。砦を代表して歓迎する」
今はゼオ隊長が砦を拠点とする辺境騎士団長を兼ねている。王都から移動する途中で、既に応援物資を提供することを伝えていたので、クレイグの訪問は問題なく歓迎された。
「あ、あの……、クレイグ様、私は領主の娘でサーシャ・ウィドウと申します。砦を案内致しますわ」
どこからかサーシャ嬢がクレイグの噂を聞きつけて、率先して案内をすると言う。クレイグはその美しい容姿のみならず、仕草は洗練されていて、屈強な騎士とは違った男の色気を放っている。細身で背筋の伸びた彼は常に微笑みを絶やさず、ほのかにシダーウッドの香りをまとっていて、心を奪われるのは簡単だ。
「あなたは、美しい紫色の瞳をしていますね」
クレイグが、サーシャ嬢の瞳を覗きながらほう、と息を吐いた。彼女の瞳の色は、私の瞳の色とよく似ている。
「そんな、お褒めになるほどでは……、この地方では珍しい色なので、そう言っていただけますと嬉しいですわ」
彼女は、そのアメジストの瞳を誇りに思っているようだが、私と同じ色だということに気がついているのだろうか。終始クレイグにべったりとまとわりつく彼女を、ゼオ隊長も困り顔でみている。
私はクレイグがサーシャ嬢の瞳を見つめる様子を、少し高い階段の上から見てしまった。彼が見ているのは、私と同じ色の瞳。
見つめ合う二人を見ていると、胸の奥がむかむかとしてくる。声をかけようとして、でもクレイグの女性関係の邪魔をすることはできない、ということに今更ながら気がついた。
「そう、だよね……。クレイグが今後誰と付き合おうが、私は文句も何も言えない……よね」
かろうじて未だ婚約者ではあるが、こちらは婚約破棄を申し込んでいる身だ。いくらレーヴァンが行方不明とはいえ、だからといってクレイグをキープしていい訳がない。
頬を染めてクレイグを見つめるサーシャ嬢。基本的にクレイグの態度はどの女性に対しても同じで、優しい。クレイグがその気になれば、相手となる女性に困ることなどない。
クレイグがこのままサーシャ嬢に愛を囁く姿をふと想像してしまうけれど、——胸の奥がキュッとして、それはとても耐えられそうにない。
——でもこんな気持ち、もっていていい訳ない。
私はここにはいないレーヴァンを愛している。そして彼と心も身体も繋いだばかりだ。——でも、クレイグを独占していたい。そんな我儘な想いが自分の中にあることに幻滅して、でもどちらか一方を消し去ることもできなくて。
私はしばらく、二人を見ながらその場で動けなくなっていた。
「クローディア、そこにいたのか」
クレイグは私を見つけると、サーシャ嬢に「失礼」と言って私の方へ寄ってくる。私はハッと意識を戻し、仕事をするために頭を切り替えた。
「クレイグ、長旅お疲れ様」
少し震えた声で話しかけると、クレイグは私を見てホッとした表情をした。
「クローディア、君こそ無理をしていないか?」
私に親し気に話しかけてくるクレイグを見たサーシャ嬢が、驚いた顔をしている。どうやら私とクレイグの関係を知らないようだ。
「クレイグ、大丈夫よ。あと、いろいろと話したいのだけど……後で、部屋に来てくれる?」
「あぁ、わかった。まだ荷下ろしが終わっていないから、その後になるよ」
「まだ終わっていなかったの? じゃぁ、私も見に行くわ」
そうして二人で行こうとすると、私の動きを邪魔するかのようにサーシャ嬢が声をかけてくる。
「クローディア様、この砦をウロウロとされても困りますわ。クレイグ様はとても大切な物資を運んできてくださったのに、その邪魔をしないでくださらない?」
私とクレイグが二人でいるのが気に入らないのだろう、そのイラつきを抑えないで彼女は私に文句を言ってきたのだ。
「サーシャさん、紹介が遅れてごめんなさいね。私、クレイグの勤める商会の支部長も兼ねているの。こちらはクレイグ・アールベック、私のアドバイザーをしてくれています。この物資は、私からの寄付代わりですので、喜んでもらえて嬉しいですわ」
クレイグに教わった、何人にも侮られないように笑顔を顔に張り付ける。サーシャ嬢は、私が救援物資を持ってきたオーナーであることを理解し、その大きな目をこれでもか、というほどに大きくして驚いていた。
「えっ、えええっ……あなたが、商会の代表者……なの?」
ようやく私のことを理解した彼女は、言葉を失ってしまったようだ。
「サーシャさん、私は物資の確認がありますので、失礼しますね。クレイグ、では行きましょう」
私はその場に立ち尽くす彼女をそのままにして、運ばれてきた物資置き場に向かった。今は、感傷に浸っている時ではない。やるべきことを、しなくては。私の戦いは、今、目の前にあるのだ。
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