55 / 88
第四章
4-3
しおりを挟む
「レオン、この箱はこっちでいいの?」
「あぁ、そこに置いて。後、細かなことはサーシャ嬢に聞いてくれ」
レオンは念のため、クレイグと会ってから返事をくれることになった。私の言葉だけでは頼りなく感じるのであろう、でもそれは仕方のないことだ。つい先日までは同級生として一緒に学んでいた仲間なのだ。いきなり雇用主になると言っても、割り切れないものがあるだろう。
本当はすぐにでもレーヴァンを探しに行きたいが、敵地に何の準備もなく行くことはできない。まずは運んできた物資を配ることになった。
「サーシャ嬢って、領主の娘の?」
通常、家族が王都に避難しないで前線の砦に残ることは少ない。だが、話を聞くとサーシャ嬢は自ら救護所の看護役を願い出たようだ。
「あぁ、彼女が物資と救護所の担当をしている。慣れたもんだよ、看護の知識もあるし、美人だからマドンナって呼ばれているんだ」
「そうなの、お嬢さまなのに凄いわね」
「それを言えばクローディア、お前なんか高位貴族、それも公爵令嬢がこんなところにいていいのか?」
「お父様の許可を頂いているわ、大丈夫よ」
私は単純にサーシャ嬢に感心したのだ。レオンと話していると、それらしい女性を見つけてレオンが声をかけた。
「あっ、サーシャ嬢、追加物資はこちらでいいですか?」
「まぁ、レオンさん。ありがとう、ところでもう怪我は大丈夫ですか?」
簡易なドレスにエプロンをあてた彼女は、とても可愛らしい容姿をした女性だ。
「あぁ、俺は大丈夫です。あ、サーシャ様、こちらは俺の同級生で」
「クローディアです、レオンと同じ騎士科にいたので、こんな格好をしていますが女性ですよ」
初対面、それも同年代の女性なので私は優し気に微笑んで彼女を見たが、サーシャ嬢はレオンに向けていた微笑みをスッと消した。
「騎士科にいたクローディア様って……あの、もしかしてレーヴァン様の」
「サーシャ様はご存じでしたか、彼女はレーヴァン隊長の婚約者です」
「レオン、それは……」
彼が行方不明の今、周囲にあまり気を遣ってもらいたくない私は、レオンを睨むと彼もしまった、といった顔をしている。
サーシャ嬢は、なぜか表情を消したまま私の顔をジッと見つめている。
「レーヴァン様の婚約者ですか。貴方が……」
初対面のはずが、彼女は私のことを試すように見つめた後、「それでは」と言ってその場を離れた。人当たりのいい、と聞いていた彼女であったが、私に接する態度は温かいものではなかった。同年齢の女性同士であっても、私たちは全く打ち解けることはなかった。彼女は、私を徹底的に無視してきたからだ。
「もうっ、なにあの女。私のことバカにしてっ!」
誰にも言えない憤りを枕にぶつける。サーシャ嬢は、徹底的に無視するだけでなく、あからさまに私を邪魔者扱いしてきた。
確かに、この砦にとって今の私は騎士でも何でもない、面倒な客人扱いだ。だがそれも、クレイグと彼が運んでくる物資を待っているのであって、邪魔をしたいわけではない。
サーシャ嬢を忌々しく思いつつも、彼女の献身がなければこの救護所が成り立たないのも事実だ。砦全体の騎士からマドンナと崇められている彼女の影響力は強い。明日からは、もっと過ごしにくくなるだろう。
一体、私の何が気に入らなくて意地悪をしてくるのかわからないが、これまでも意味のわからない嫉妬や妬みから来る悪戯や無視など、日常茶飯事だった。
イライラする気持ちを一旦口に出すと、すっと眠りが近づいてくる。
「明日からは、少し遠くまで探しに行こう」
レオンと共に、渓谷の辺りにレーヴァンを捜索に行く許可も出た。明日からは忙しくなるだろう。ふわぁ、と欠伸をして、枕を抱きしめる。彼の面影が残るこの部屋で、結局私は滞在させてもらっている。隊長でも何でもない私が特別待遇なのは、私が公爵令嬢という身分でもあるからだ。
——私は、私の戦い方で戦う。
そう決めたのは私。二つの公爵の名を持ち、巨大な商会の後継ぎである私にしか出来ない戦い。それを具体的に考えながらも、思い浮かぶのは彼のことだ。
今、レーヴァンはどこで、何をしているのだろうか。どうか、生きていて欲しい。そう願いながら今夜もレーヴァンの使っていたベッドに身体を横たえた。
「あぁ、そこに置いて。後、細かなことはサーシャ嬢に聞いてくれ」
レオンは念のため、クレイグと会ってから返事をくれることになった。私の言葉だけでは頼りなく感じるのであろう、でもそれは仕方のないことだ。つい先日までは同級生として一緒に学んでいた仲間なのだ。いきなり雇用主になると言っても、割り切れないものがあるだろう。
本当はすぐにでもレーヴァンを探しに行きたいが、敵地に何の準備もなく行くことはできない。まずは運んできた物資を配ることになった。
「サーシャ嬢って、領主の娘の?」
通常、家族が王都に避難しないで前線の砦に残ることは少ない。だが、話を聞くとサーシャ嬢は自ら救護所の看護役を願い出たようだ。
「あぁ、彼女が物資と救護所の担当をしている。慣れたもんだよ、看護の知識もあるし、美人だからマドンナって呼ばれているんだ」
「そうなの、お嬢さまなのに凄いわね」
「それを言えばクローディア、お前なんか高位貴族、それも公爵令嬢がこんなところにいていいのか?」
「お父様の許可を頂いているわ、大丈夫よ」
私は単純にサーシャ嬢に感心したのだ。レオンと話していると、それらしい女性を見つけてレオンが声をかけた。
「あっ、サーシャ嬢、追加物資はこちらでいいですか?」
「まぁ、レオンさん。ありがとう、ところでもう怪我は大丈夫ですか?」
簡易なドレスにエプロンをあてた彼女は、とても可愛らしい容姿をした女性だ。
「あぁ、俺は大丈夫です。あ、サーシャ様、こちらは俺の同級生で」
「クローディアです、レオンと同じ騎士科にいたので、こんな格好をしていますが女性ですよ」
初対面、それも同年代の女性なので私は優し気に微笑んで彼女を見たが、サーシャ嬢はレオンに向けていた微笑みをスッと消した。
「騎士科にいたクローディア様って……あの、もしかしてレーヴァン様の」
「サーシャ様はご存じでしたか、彼女はレーヴァン隊長の婚約者です」
「レオン、それは……」
彼が行方不明の今、周囲にあまり気を遣ってもらいたくない私は、レオンを睨むと彼もしまった、といった顔をしている。
サーシャ嬢は、なぜか表情を消したまま私の顔をジッと見つめている。
「レーヴァン様の婚約者ですか。貴方が……」
初対面のはずが、彼女は私のことを試すように見つめた後、「それでは」と言ってその場を離れた。人当たりのいい、と聞いていた彼女であったが、私に接する態度は温かいものではなかった。同年齢の女性同士であっても、私たちは全く打ち解けることはなかった。彼女は、私を徹底的に無視してきたからだ。
「もうっ、なにあの女。私のことバカにしてっ!」
誰にも言えない憤りを枕にぶつける。サーシャ嬢は、徹底的に無視するだけでなく、あからさまに私を邪魔者扱いしてきた。
確かに、この砦にとって今の私は騎士でも何でもない、面倒な客人扱いだ。だがそれも、クレイグと彼が運んでくる物資を待っているのであって、邪魔をしたいわけではない。
サーシャ嬢を忌々しく思いつつも、彼女の献身がなければこの救護所が成り立たないのも事実だ。砦全体の騎士からマドンナと崇められている彼女の影響力は強い。明日からは、もっと過ごしにくくなるだろう。
一体、私の何が気に入らなくて意地悪をしてくるのかわからないが、これまでも意味のわからない嫉妬や妬みから来る悪戯や無視など、日常茶飯事だった。
イライラする気持ちを一旦口に出すと、すっと眠りが近づいてくる。
「明日からは、少し遠くまで探しに行こう」
レオンと共に、渓谷の辺りにレーヴァンを捜索に行く許可も出た。明日からは忙しくなるだろう。ふわぁ、と欠伸をして、枕を抱きしめる。彼の面影が残るこの部屋で、結局私は滞在させてもらっている。隊長でも何でもない私が特別待遇なのは、私が公爵令嬢という身分でもあるからだ。
——私は、私の戦い方で戦う。
そう決めたのは私。二つの公爵の名を持ち、巨大な商会の後継ぎである私にしか出来ない戦い。それを具体的に考えながらも、思い浮かぶのは彼のことだ。
今、レーヴァンはどこで、何をしているのだろうか。どうか、生きていて欲しい。そう願いながら今夜もレーヴァンの使っていたベッドに身体を横たえた。
7
お気に入りに追加
217
あなたにおすすめの小説
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる