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第三章
3-18
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「お父様、レーヴァンが、レーヴァンの部隊の情報が届いたと聞きました」
ノックをするのも忘れ、私は急ぎ父の執務室の扉を開けた私は、すぐに父に問いかけた。
「クローディア。残念ながらレーヴァンが今、行方不明とのことだ」
そう言って父は椅子に腰かけながら、片方の手で瞼を抑える。父も、レーヴァンのことを心配しているのだ。
「そんなっ、お父様……、行方不明だなんて」
戦地で、それも前線での行方不明ということは、すなわち遺体を確保できなかったということに等しい。私はギリっと唇を噛みしめる。もっと、彼を止めていればよかった、でも、彼は止まらなかっただろう……でも。
「ほ、他に情報は……」
「彼の部隊にいた約半数が負傷、そのうち十名が重症だそうだ。行方不明者は三名、その一人がレーヴァンだ」
父は報告書の数字を淡々と読み上げた。近いうちに、重傷者の家族が現地に向かう手続きを行うという。
「クローディア、お前も現地に行ってみるか。この、重傷者の家族と一緒であれば、行きやすいであろう」
「お父様、それが可能であれば行きます」
私は迷うことなく決断する。行方不明とは、どういった状況で不明となったのかわからない。遺体回収が難しいだけなのか、まだ生存している可能性があるのか。とにかく、王都にいては情報が細切れでよくわからない。
「わかった、では手配しておこう」
父の落ち着いた声を聞いても、どこか上の空になる。レーヴァンが、彼が行方不明だなんて信じられない。何かの間違いで、現地に行けば元気な顔を見ることが出来る。私はそう信じることで自分を奮い立たせることにした。
「クローディア、君は大丈夫か、レーヴァンのことを聞いたよ」
「クレイグ。そうなの、彼が行方不明になったって。で、申し訳ないのだけど……しばらく休暇をとりたい」
そう言って彼を見ると、クレイグは不思議そうな顔をしている。
「ディア、君は今、商人の卵だということをわかっているのか?」
「え、ええ。そうね」
「商人はいつでも、ビジネスチャンスを探すものだ。それにそもそも、君の目標を思い出せ。君なりの方法で戦うのだろう、これは現地に行くいい機会だと思えばいい」
クレイグはそう言って、私の頭をぽん、ぽんと撫でた。
「気持ち的には追いつかないかもしれないが、どんな時でも自分を見失うな。今、辺境地で必要なものは何だと思う? 何があれば喜ばれる?」
「クレイグ……それは戦地だから、医薬品とか日用品とか。生活に必要な物は何でも、喜ばれると思うわ」
「そうだな。そこで君が、商会の支部長が行き物資を行きわたらせる。それは戦地で戦士や、それを支える人たちの活力となり、勝利を得る一つの重要な要素となる。そうだろう?」
「ええ、ええ、そうね……、私、自分のことばっかりで……忘れていたわ」
「よし、では私に次に命じることは何だ?」
「クレイグ……、急いで物資と輸送手段を手配して。私が行くときに間に合わなくても、後からでも届くようにして。今回は無償で配布して、まずは商会の存在をアピールしてくるわ」
クレイグは、それが正解だ、とでもいうように頷いてくれる。私はレーヴァンのことで悲しんでばかりはいられない。まだ戦争は終わっていないし、私の戦いはまだ始まってもいない。
クレイグは一つ一つ、それを確実にするための方法を教えてくれた。中には私には思いつきもしない方法であった。彼から教わることは多い。何よりも、私を時に叱り、時に励まし、褒めてくれる。絶妙なバランスで教えてくれる彼のことを、私は再度見直した。
「クレイグが、こんなに教えるのが上手だなんて、思わなかったわ」
「君は私のことをどれだけを知っているつもりなのか。まぁ、今まではあまり誠実ではなかったから、仕方がないか」
そう言いながらも、次々と的確に次に行うべきことを教えてくれる。物資も、あればいいというわけではない。配布することを考慮して、小分けにする必要もある。そうしたことを考えていると、忙しくて目が回るようだ。
けれど、その忙しさは私にとって、時にレーヴァンのことを心配しすぎる私にとって、ちょうどいい安定剤になっていた。クレイグはそれを意図的に私に課していたのかわからない。けれど、その忙しさに救われたのは事実だ。
明日から辺境地に向けて出発、という日の夜。私は自室に置いてあるスーレル王太子殿下からのカフスと、もう一つ。三つの小瓶と針のセットが入っている箱を棚から取り出した。この小瓶の中身は劇薬だ。私は身体を毒慣れさせたので、ある程度の毒を扱うことができる。
だが、この小瓶の中身をそのまま触ることは出来ない。即効性に遅効性、解毒剤と中身は違っている。
「これは……役立つかどうか、わからないけれど。万一ってこともあるし、うん、やっぱり持っていこう」
既に荷物は大方カバンに入れて積み込んである。私はこの二つを慎重に自分の手持ちカバンに入れて、深く息を吸って、そしてはいた。
——私の戦いは、これからだ。
ノックをするのも忘れ、私は急ぎ父の執務室の扉を開けた私は、すぐに父に問いかけた。
「クローディア。残念ながらレーヴァンが今、行方不明とのことだ」
そう言って父は椅子に腰かけながら、片方の手で瞼を抑える。父も、レーヴァンのことを心配しているのだ。
「そんなっ、お父様……、行方不明だなんて」
戦地で、それも前線での行方不明ということは、すなわち遺体を確保できなかったということに等しい。私はギリっと唇を噛みしめる。もっと、彼を止めていればよかった、でも、彼は止まらなかっただろう……でも。
「ほ、他に情報は……」
「彼の部隊にいた約半数が負傷、そのうち十名が重症だそうだ。行方不明者は三名、その一人がレーヴァンだ」
父は報告書の数字を淡々と読み上げた。近いうちに、重傷者の家族が現地に向かう手続きを行うという。
「クローディア、お前も現地に行ってみるか。この、重傷者の家族と一緒であれば、行きやすいであろう」
「お父様、それが可能であれば行きます」
私は迷うことなく決断する。行方不明とは、どういった状況で不明となったのかわからない。遺体回収が難しいだけなのか、まだ生存している可能性があるのか。とにかく、王都にいては情報が細切れでよくわからない。
「わかった、では手配しておこう」
父の落ち着いた声を聞いても、どこか上の空になる。レーヴァンが、彼が行方不明だなんて信じられない。何かの間違いで、現地に行けば元気な顔を見ることが出来る。私はそう信じることで自分を奮い立たせることにした。
「クローディア、君は大丈夫か、レーヴァンのことを聞いたよ」
「クレイグ。そうなの、彼が行方不明になったって。で、申し訳ないのだけど……しばらく休暇をとりたい」
そう言って彼を見ると、クレイグは不思議そうな顔をしている。
「ディア、君は今、商人の卵だということをわかっているのか?」
「え、ええ。そうね」
「商人はいつでも、ビジネスチャンスを探すものだ。それにそもそも、君の目標を思い出せ。君なりの方法で戦うのだろう、これは現地に行くいい機会だと思えばいい」
クレイグはそう言って、私の頭をぽん、ぽんと撫でた。
「気持ち的には追いつかないかもしれないが、どんな時でも自分を見失うな。今、辺境地で必要なものは何だと思う? 何があれば喜ばれる?」
「クレイグ……それは戦地だから、医薬品とか日用品とか。生活に必要な物は何でも、喜ばれると思うわ」
「そうだな。そこで君が、商会の支部長が行き物資を行きわたらせる。それは戦地で戦士や、それを支える人たちの活力となり、勝利を得る一つの重要な要素となる。そうだろう?」
「ええ、ええ、そうね……、私、自分のことばっかりで……忘れていたわ」
「よし、では私に次に命じることは何だ?」
「クレイグ……、急いで物資と輸送手段を手配して。私が行くときに間に合わなくても、後からでも届くようにして。今回は無償で配布して、まずは商会の存在をアピールしてくるわ」
クレイグは、それが正解だ、とでもいうように頷いてくれる。私はレーヴァンのことで悲しんでばかりはいられない。まだ戦争は終わっていないし、私の戦いはまだ始まってもいない。
クレイグは一つ一つ、それを確実にするための方法を教えてくれた。中には私には思いつきもしない方法であった。彼から教わることは多い。何よりも、私を時に叱り、時に励まし、褒めてくれる。絶妙なバランスで教えてくれる彼のことを、私は再度見直した。
「クレイグが、こんなに教えるのが上手だなんて、思わなかったわ」
「君は私のことをどれだけを知っているつもりなのか。まぁ、今まではあまり誠実ではなかったから、仕方がないか」
そう言いながらも、次々と的確に次に行うべきことを教えてくれる。物資も、あればいいというわけではない。配布することを考慮して、小分けにする必要もある。そうしたことを考えていると、忙しくて目が回るようだ。
けれど、その忙しさは私にとって、時にレーヴァンのことを心配しすぎる私にとって、ちょうどいい安定剤になっていた。クレイグはそれを意図的に私に課していたのかわからない。けれど、その忙しさに救われたのは事実だ。
明日から辺境地に向けて出発、という日の夜。私は自室に置いてあるスーレル王太子殿下からのカフスと、もう一つ。三つの小瓶と針のセットが入っている箱を棚から取り出した。この小瓶の中身は劇薬だ。私は身体を毒慣れさせたので、ある程度の毒を扱うことができる。
だが、この小瓶の中身をそのまま触ることは出来ない。即効性に遅効性、解毒剤と中身は違っている。
「これは……役立つかどうか、わからないけれど。万一ってこともあるし、うん、やっぱり持っていこう」
既に荷物は大方カバンに入れて積み込んである。私はこの二つを慎重に自分の手持ちカバンに入れて、深く息を吸って、そしてはいた。
——私の戦いは、これからだ。
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