51 / 88
第三章
3-17
しおりを挟むブリス王国にいる私は、騎士を辞めると決めてから男装することを止めた。同時に男言葉も止めて可愛い子猫ちゃん達に別れを告げた。レーヴァンから愛された私はもう、彼女達のアイドルはできそうにない。
「クッ、クローディアお姉さまぁぁ……」
「ごめんね。私、もう騎士にはならないから。騎士服は着ていないの」
これまで夜会に出席する時は、騎士科の正装で参加していた。だが、ドレスを着た私はれっきとしたお嬢さま姿だ。暗器は仕込んでいるけれど。
これまで私の子猫ちゃん筆頭であったルフィナ嬢は、あの誘拐事件の後、ご両親が学園を退学させていた。私に向ける顔がない、ということで既にどこかの貴族のところに嫁入りさせられたと聞く。
それでも残っていた私のファンである子猫ちゃん達も、そろそろ婚期が近い娘が多い。私にばかり夢中になっていて良い時ではない、と皆わかっているのだ。私が男装を止めたのと同時に、私はただの公爵令嬢として夜会に出席するようになった。
ただ、私をエスコートしてくれる男性がレーヴァンからクレイグに変わったことは、少なからず周囲に衝撃を与えている。長年の婚約者が戦地にいるのに、それを見限って他の男の手を取るとは、と。
「クレイグ、やっぱり私、しばらく夜会に出るのは止めた方がいいと思うのだけど……」
このままでは私の評判を下げてしまうのではないか。ひいては私が代表を務める商会の評判を下げてしまうのではないか、と思うけれどクレイグは違うと言う。
「今は却って、商会が知られるチャンスなんだよ。君は騎士となることを辞めて商会を始めた。それはいい意味でも悪い意味でも、人の噂になっている。そうやって人に知られることが大切なんだ」
そう言って彼は積極的に貴族の所へ私を伴って挨拶に行く。はじめの頃は視線が痛かったが、クレイグは私の仕事の上でのアドバイザーであることを説明すると、皆納得したのかそれからはビジネスの話になることが多い。
クレイグは相手が高位貴族であろうが、そうでなかろうが、分け隔てなく話をしていく。彼に言わせると、どこの誰が何を知っているのか、それは身分に関係ないと言う。
同時に彼は、私には上司として節度ある対応をしてくれるようになった。一定の距離を保って私に接するクレイグの態度は私を安心させてくれる。
けれど皮肉なことに、その距離によって私はクレイグの愛を強く感じるようになった。クレイグは、私を本当に大切にしてくれている。私の意思を尊重しているから、距離をとってくれる。
それはホッとする一方で、少しもどかしい気持ちになってしまう。あれだけの想いをもってレーヴァンと愛し合う行為を行ったのに、気を緩めるとクレイグという大河に流されてしまうような、もどかしい想い。
——しっかりしなくては。レーヴァンが帰って来たら、私は彼と結婚する。
クレイグの大きな愛を身近に感じながらも、私はレーヴァンの帰りをいまか、いまかと待っていたのに。
時に運命とやらは残酷なもので、レーヴァンの部隊についての情報が王都に届いた。彼の率いた部隊が戦闘となり、半数以上が怪我を負ったこと。そして何人かの行方不明者が出て、その一人がレーヴァンであることが報告されたのだった。
「そんなっ、レーヴァンが!」
彼が辺境に行ってから一か月も過ぎたころ、彼が行方不明となった。
その第一報を屋敷で聞いた私は、目の前が真っ暗となる。父から急ぎの伝令が届いたと聞き、手紙の中を開けるとそこには彼の所在が不明となった、ということが短く書かれているだけだった。
「嘘……嘘よ、行方不明だなんて……嘘」
サーっと体中の血が引いていく。私は今、顔を青白くさせているのだろう。近くにいるメイドが「お水をお持ちします」と言い急いで持って来るが、その水の入ったコップさえ持つことが出来ない。
体中が、震えている。
「大丈夫、大丈夫よ……まだ死亡通知が届いたわけではないわ」
両腕で肩を抱きしめる。彼が、レーヴァンが愛してくれた身体。残念なことにこの前月の物が来たので、彼の子どもを孕むことはなかった。けれど、何度も何度も私を愛してくれた彼の声も、吐息も、肌の感触も覚えている。
「ううっ、……うっ」
震えは次第に、私の涙腺を崩す。知らず知らず私の頬に涙が伝うが、今は泣く時ではない。
「馬を、用意して。父のところに行くわ」
私は急いで着替えると、馬を駆けて父の所へ向かった。頬はまだ時折濡れてしまうが、それ以上に確実な情報が欲しい。逸る心のままに、私は馬を走らせた。
5
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる