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第三章

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 ブリス王国にいる私は、騎士を辞めると決めてから男装することを止めた。同時に男言葉も止めて可愛い子猫ちゃん達に別れを告げた。レーヴァンから愛された私はもう、彼女達のアイドルはできそうにない。

「クッ、クローディアお姉さまぁぁ……」

「ごめんね。私、もう騎士にはならないから。騎士服は着ていないの」

 これまで夜会に出席する時は、騎士科の正装で参加していた。だが、ドレスを着た私はれっきとしたお嬢さま姿だ。暗器は仕込んでいるけれど。

 これまで私の子猫ちゃん筆頭であったルフィナ嬢は、あの誘拐事件の後、ご両親が学園を退学させていた。私に向ける顔がない、ということで既にどこかの貴族のところに嫁入りさせられたと聞く。

 それでも残っていた私のファンである子猫ちゃん達も、そろそろ婚期が近い娘が多い。私にばかり夢中になっていて良い時ではない、と皆わかっているのだ。私が男装を止めたのと同時に、私はただの公爵令嬢として夜会に出席するようになった。

 ただ、私をエスコートしてくれる男性がレーヴァンからクレイグに変わったことは、少なからず周囲に衝撃を与えている。長年の婚約者が戦地にいるのに、それを見限って他の男の手を取るとは、と。

「クレイグ、やっぱり私、しばらく夜会に出るのは止めた方がいいと思うのだけど……」

 このままでは私の評判を下げてしまうのではないか。ひいては私が代表を務める商会の評判を下げてしまうのではないか、と思うけれどクレイグは違うと言う。

「今は却って、商会が知られるチャンスなんだよ。君は騎士となることを辞めて商会を始めた。それはいい意味でも悪い意味でも、人の噂になっている。そうやって人に知られることが大切なんだ」

 そう言って彼は積極的に貴族の所へ私を伴って挨拶に行く。はじめの頃は視線が痛かったが、クレイグは私の仕事の上でのアドバイザーであることを説明すると、皆納得したのかそれからはビジネスの話になることが多い。

 クレイグは相手が高位貴族であろうが、そうでなかろうが、分け隔てなく話をしていく。彼に言わせると、どこの誰が何を知っているのか、それは身分に関係ないと言う。

 同時に彼は、私には上司として節度ある対応をしてくれるようになった。一定の距離を保って私に接するクレイグの態度は私を安心させてくれる。

 けれど皮肉なことに、その距離によって私はクレイグの愛を強く感じるようになった。クレイグは、私を本当に大切にしてくれている。私の意思を尊重しているから、距離をとってくれる。

 それはホッとする一方で、少しもどかしい気持ちになってしまう。あれだけの想いをもってレーヴァンと愛し合う行為を行ったのに、気を緩めるとクレイグという大河に流されてしまうような、もどかしい想い。

——しっかりしなくては。レーヴァンが帰って来たら、私は彼と結婚する。

 クレイグの大きな愛を身近に感じながらも、私はレーヴァンの帰りをいまか、いまかと待っていたのに。

 時に運命とやらは残酷なもので、レーヴァンの部隊についての情報が王都に届いた。彼の率いた部隊が戦闘となり、半数以上が怪我を負ったこと。そして何人かの行方不明者が出て、その一人がレーヴァンであることが報告されたのだった。





「そんなっ、レーヴァンが!」

 彼が辺境に行ってから一か月も過ぎたころ、彼が行方不明となった。

その第一報を屋敷で聞いた私は、目の前が真っ暗となる。父から急ぎの伝令が届いたと聞き、手紙の中を開けるとそこには彼の所在が不明となった、ということが短く書かれているだけだった。

「嘘……嘘よ、行方不明だなんて……嘘」

 サーっと体中の血が引いていく。私は今、顔を青白くさせているのだろう。近くにいるメイドが「お水をお持ちします」と言い急いで持って来るが、その水の入ったコップさえ持つことが出来ない。

 体中が、震えている。

「大丈夫、大丈夫よ……まだ死亡通知が届いたわけではないわ」

 両腕で肩を抱きしめる。彼が、レーヴァンが愛してくれた身体。残念なことにこの前月の物が来たので、彼の子どもを孕むことはなかった。けれど、何度も何度も私を愛してくれた彼の声も、吐息も、肌の感触も覚えている。

「ううっ、……うっ」

 震えは次第に、私の涙腺を崩す。知らず知らず私の頬に涙が伝うが、今は泣く時ではない。

「馬を、用意して。父のところに行くわ」

 私は急いで着替えると、馬を駆けて父の所へ向かった。頬はまだ時折濡れてしまうが、それ以上に確実な情報が欲しい。逸る心のままに、私は馬を走らせた。


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