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第三章

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「どうしてクレイグが来るのよ」

「どうして? とは? 君の教育係として、経験と知識のある、最もふさわしい者だと思うけれど?」

 母に泣きの手紙を出して一週間。急遽派遣されてやってきた人物はなんとクレイグであった。彼は商会の統括をしていて、普段から忙しいはずの彼が、なぜ……。

「おかしいでしょ、貴方みたいな人がこんな地方の支店の、アドバイザーだなんて」

 支店長は私のまま、彼はアドバイザーという立場での派遣である。もちろん彼以上に知識も経験も、そして私を良く知っている人物はいない。

「それに、お母様には手紙を書いたはずよ……。お父様からも、正式に婚約破棄についての書簡を送ったと聞いているわ」

 そう、私はレーヴァンを選んだ。その決定を父に話したところ、母へはクレイグを婚約者から外してほしいとの書簡を送ったと聞いていた。

「ははっ、確かに君の父上であるルートザシャ公爵からの書簡を読んだよ。でも、ひどいじゃないかクローディア。私たちの関係を、あんな手紙一つで終わらせるとでもいうのかい?」

 にこり、と笑ったクレイグの後ろには何か黒いものが見えるようだ。わかる、彼をすごく怒らせているのはわかる。

「それに、タチアナ様も私も同じ意見だけどね。レーヴァンは今戦地に行っているそうじゃないか。ルートザシャ公爵の力でもっても前線に送られたということは、彼の意思なのだろう?」

「そうね、レーヴァンが行くのを止めたけど……、彼は自分の意思で行ったわ」

 今でも、今すぐに戻ってきて欲しいのに。彼はクレイグをライバル視して戦地に行ってしまった。

 クレイグは私の流している髪を、耳にかけながら囁くように私に言った。

「ディア……君は、女になったね。」

 ビクッと思わず身体が震える。クレイグには何もかも、お見通しということなのだろうか。

 スッとその黄緑色の瞳を冷たくさせたクレイグは、私の左の耳についたままのピアスを触った。それは、彼の瞳の色だ。

「私を選べと言っただろう、ディア。君の初めてをあの男に盗られたのは悔しいけれど、まぁいい。どの道、君が選ぶのは私だ。誰が君と結婚するかは、彼が戦地から帰って来てからだ」

 クレイグがそう言うのもわかる。今レーヴァンがいるのは戦地の中でも前線だ。それも、王都から戦いに不慣れな隊員を率いている。無事に帰ってくることができるかどうか、誰にもわからない。

「クレイグ……、貴方のことは大切に思っているけど、今はレーヴァンを愛しているの。ようやくそのことに気がついたの。だから、あなたを無暗に私に縛り付けていたくないわ」

「クローディア。君の意思は尊重するけれど、話はそれほど単純ではない、とだけ言っておくよ。まぁ、とりあえず彼が帰ってくるまでのことだ。戦況もブリス王国が本気を出せば、なんてことはない。近いうちに勝敗がつくだろう」

「そうなの? レーヴァンが帰ってくる日は、そんなに遠くじゃないのね?」

「私はそう思うけどね。で、まずは君のアドバイザーとして言いたいことがある。まずは仕事をはじめよう」

 クレイグは母のタチアナが復帰したから、商会は何とかなっていると教えてくれた。母は私の決心を快く思っていないのだろう。クレイグを私のところに送り、その本心を探れとでも命じたのだろうか。

 レーヴァンを選んだということは、クレイグと婚約破棄しなければいけない。それは単純なことではないと思っていたけれど、まさかこんな形でクレイグが近くに来るとは思っていなかった。

 クレイグはブリス支部の近くのホテルに長期滞在して、私のアドバイザーとして実質支部の立ち上げを行うことになった。

 彼はいつものように紫のネクタイを締めている。私は彼に見えないようにしてため息を吐いた。


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