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第三章
3-15
しおりを挟む「クローディア、閣下にも結婚の許しを頂いたよ。この戦争が終わったら、結婚しよう、な」
まだ夜明け前の静寂な時が広がる中、隣で私を抱きしめるようにして寝ていたレーヴァンがそっと囁いた。
一週間の休暇期間中、彼はいつも私の部屋で休み私と熱を分かち合った。
「うん、待っているから。貴方の妻にして、そして私の夫になって」
今日、レーヴァンはまた辺境へ旅立つ。夜明けと共に出立する予定だから、もう、起きなくてはいけない。昨夜は、いや、つい先ほどまで彼は私の中に打ち付けてその子種を植え付けるようにこすり付けた。
「あぁ、クローディア。お前は俺の唯一で、俺の半身だ」
額にあたるのは、彼の温かい唇だ。この温もりを、覚えておきたい。
私も喘ぎすぎて喉が痛い。それでも彼を笑顔で送り出したいから、もう、起きなくてはと思うのに、身体に力が入らない。
いつの間にか頬をつたう涙の存在を、その時初めて感じる。この前は嬉しくて泣いた私なのに、今は悲しみの涙になっている。
「レーヴァン、行かないで……」
本音を小さな声で漏らすと、彼は少し困った顔をしてこちらを見る。困らせたいわけではない、けれど、行かないで欲しい。そのため息とともにこぼれた本音に、私もレーヴァンも何も言えなくなる。
「クローディア、大丈夫だ、必ず戻るよ。……愛している、君を」
沈黙の後にそっと、絞るように声を出す彼は少し震えている。レーヴァンもわかっている、彼が帰ることができるかは、今やとても低い確率なのだ。
それでも、騎士の矜持をもって行こうとする彼を、私は断腸の思いで送り出すことに決めた。
「私も、愛している。だから、戻ってきて。私のところに」
外では騎士団の人たちが待っている。もう、これ以上時間をかけることはできない。引き裂かれるような思いをしながら、私はレーヴァンが旅立つ後ろ姿を見送った。
最後に振り返ったレーヴァンは、笑顔になって私に叫んだ。
「クローディア、次に会った時は結婚式だ!」
一緒に辺境へ旅立つ騎士団の人たちにも聞こえるように、大きな声で宣言した彼をみて、私も震える心に鞭を打って応えた。
「ええ! レーヴァン、待っているから! 貴方を愛しているから!」
最後に私は上手に笑うことができていただろうか。馬上で手を振りながら去っていく彼が見た私は、笑顔だっただろうか。
今は、聞くことが出来ない。その後しばらくして届いた便りは私を一気に地獄へと突き落としたからだ。
——私は私の戦い方で戦う
そう、レーヴァンに勇ましく告げたはいいのだけど。私は今、目の前の状況に頭を抱えている。
彼が辺境の前線に旅立ってから、私は母の商会のブリス支部で働き始めた。それも、支部長として。
母が私に与えた権限は新人としては破格すぎて、そう、全くの新人がトップに立つと起こってしまう惨劇を見事に起こしている。
「で? 支部長はどうされるのですか? 早く決めてください」
「支部長の決裁待ちが、これだけありますよ。時間がかかると商売のチャンスが逃げますよ」
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さすがに母が人選しているだけあって、ブリス支部のスタッフは優秀だ。私がオタオタしている間に必要最低限のことは進めている。
私も背に腹は代えられない。自分の至らない所を反省して母に伝令を飛ばす。誰か、経験豊富で私の教育係として相応しい者を送って欲しいと。私を指導してくれる者と共に商売を広げていきたい、私は純粋にそう思っていたのであって。
——まさか、母が彼を送ってくるとは思いもしなかった。
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