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第三章
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しおりを挟むレーヴァンのいない学園は、まるで香りのない紅茶のようなものだった。飲むことは出来るけれど満足できない。
「クローディア、それで卒業後はどこに行くのか決まったのか?」
「レオン! そうね、あなたはどう? 辺境騎士団からの内定は出たの?」
「あぁ、問題ない。レーヴァン指導官も指揮官になったみたいだから、俺はその部隊を希望するぜ!」
意気揚々と話すレオンは、目を輝かせながら辺境地に行くことを楽しみにしている。学園で、卒業のために必要な単位をほぼ取得できた私たちは、目前に迫る卒業後の進路について、情報交換をしている。
やはり、庶民出身の騎士は何人も辺境騎士団を志願したようだ。彼らにとって、実際の戦闘で何かしらの戦歴を上げることができれば、貴族で占められている宮廷騎士団に転属も可能だ。
「私、しばらく母の方のエール王国に行くことにしたわ。まだ勉強することがあって」
私は落ち着いて考えた結果、卒業後はエール王国に行くことにした。将来、私は二つの国の公爵地という広大な領地の管理を行う必要がある。そして母の設立した商会もある。特にこれまでは騎士として身を立てることを学んできたが、今後はもう少し商会の仕事を覚えたい。
「そうか、卒業後はやっぱりバラバラになるな。でもまぁ、俺はレーヴァン指導官についていくから、また会うこともあるかもしれないな」
「そうね。行き先がなくなったら連絡ちょうだいね。レオンなら私の下でいくらでも使ってあげるわ」
「はははっ、それはありがてぇ。騎士を廃業するようなことになったら、真っ先に連絡するさ」
彼と何気なく交わした会話が、その後の私たちを形作ることになるとは、この時は思ってもいなかった。忍び寄る戦争の足音は、私たちの関係を変える力を持っていた。
そして私はレーヴァンのいない学園を卒業した。父には「しばらくエール王国に行く」と告げ、期限を決めずに出発した。
プロポーズの返事はまだ出来ない。私がエール王国に到着したその日、とうとうフェイルズ国が挙兵してブリス王国の辺境地を攻めた。
——レーヴァンは、その戦地の只中にいたからだ。
エール王国にいると、ブリス王国とフェイルズ国の戦況についての情報はなかなか入ってこない。もう二か月も経つが、時折発行されている新聞などを読んでも人々の噂以上のものは書かれていなかった。
「クローディア、また間違えているわよ」
「あっ、本当。ごめんなさい、お母様」
母は私を後継者として本格的に育てようと思ったようだ。毎日の指導は厳しいが、実りもある。随分と商会の仕組みについて理解が深まった。
正直に言えば、騎士よりも商人の方がしっくりくる。元々、騎士の訓練を受けていた時から如何にして人を出し抜くか、卑怯な手を使ってでも勝つためなら手段を選ばないところが私にはあった。
騎士の世界では認められないが、商売の世界では正当な手段となる。私は母の知識と経験を直接学びながらも、頭の片隅ではいつもレーヴァンのことを考えていた。
戦況はどうなっているのだろう。彼は、無事だろうか。
いくらレーヴァンが強いと言っても、戦場では何が起きるかわからない。まだ小康状態で激しい戦闘は起こっていないと聞くけど、それも時間の問題だろう。
私は不安になるといつも、右耳についているサーモンピンクのピアスを触っていた。それに気がつかない母ではない。
「クローディア、そんなに気になるようなら一度ブリス王国に戻りなさい。まだ、クレイグを選ぶ決心がつかないのでしょう。頭を整理してきなさい。ついでに仕事もあげるわ」
母には二人からプロポーズを受けたことを伝えてある。その上で、レーヴァンが戦争から戻ってくるまでは決めることをしたくない、と話してある。
エール王国にいるが、クレイグと会うことも控えている。レーヴァンが戦地にいる今、私だけがクレイグの手を取ることに、言葉にできない嫌悪感があった。
そうした私の感情をクレイグも理解しているのか、不思議と会える日は少なかった。
「わかりました、お母様。それに、お父様にも話してきます。騎士ではなく、商会の仕事をすることを」
まだ婚約者を決めることは出来ないが、私は騎士にならない決心をした。このまま、母の後継者として生きていきたい。どのみち、ブリス王国の騎士団に所属しても与えられる仕事は王族警護であろう。戦場に行くことのできない騎士であるよりは、商人として自由に生きてみたい。
それを父に伝えるのは酷なことだ。武を尊ぶルートザシャ公爵家を守ることを誇りとしてきた人だから、この私の決断を許してくれないかもしれない。
けれど、戦場に立って戦うことだけが戦闘ではない。騎士として戦場に立てないのであれば、商人として戦場に行き戦うことも出来るのではないか。
そんな思いを抱き始めていた私は、母の勧める通り一旦、ブリス王国へ帰国することを決めた。
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