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第一章
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しおりを挟むホールに戻ると私の姿を探していたクレイグが待っていた。
同じようにレーヴァンのことを探していた騎士団の方もいて、レーヴァンは名残惜しそうに私に囁く。
「クローディア、俺はもう戻らないといけないけれど、また連絡する」
そう言ってレーヴァンはクレイグの方を一瞬見た後、まるで見せつけるかのように私の頬に唇をつけて別れの挨拶をした。
「じゃ、クローディア、また」
赤くなる頬を両手で挟んでいると、そんな私を冷ややかな目で見つめているクレイグがそこにいた。
「ディア、少し話をしようか」
薄っすらと微笑みを張り付けているクレイグの表情からは、何を考えているのかわからない。
でも、ちょっと不機嫌そうな気がする。
そんなクレイグに連れられて、私たちはバルコニーに立ち外を何気なくみる。すると、そこからは私とレーヴァンが先ほど二人でいた、噴水の辺りの様子がよく見えた。
「クレイグ、もしかして、ここにいて見ていたの?」
顔を引きつらせながらクレイグを見ると、彼はニコリと笑って顔を縦に振った。
「よく見えたよ、何を言っているかまではわからなかったけどね。でも、まぁ、想像は出来るけど」
ということは。さっきレーヴァンが私に跪いて騎士の誓いのポーズを取り、プロポーズしたことを知っているのだろうか。
「あの、レーヴァンが私に」
「あぁ、プロポーズしていたんだろ?」
うっ、と一瞬息が止まる。レーヴァンが私に愛を囁いた瞬間を、こともあろうにクレイグに見られていたとは。ショックで顔から表情の抜けた私に、クレイグは交渉をするように提案してきた。
「クローディア、私を選べ」
そして手を差し出す彼は、私とまるで商談をするように握手を求めた。
「君が選ぶんだ。私と結婚することを。ディア、後悔などさせない。私の全力で君を愛すると誓うよ」
甘く、騎士の誓いの如くプロポーズしてくれたレーヴァンと違い、クレイグは冷静に私と結婚しようと言う。
「現実的に考えてごらん、あの脳筋男にエール王国にある商会と、広大なシュテファーニエ公爵領を治めることができると思うか? この国の、ルートザシャ公爵領でさえ手一杯だろう。私なら二つの公爵領のみならず、商会を更に大きくすることもできる。それだけの経験と頭脳はあるつもりだ」
確かに人を使うことを知っているクレイグなら可能だろう。剣を扱うことは長けていても、領地管理などはこれから習うレーヴァンと比べると雲泥の差がある。
更に、クレイグは落ち着いた瞳をして私を諭す。
「結婚は契約でもある。だが、そこに愛がなければ人生は豊かなものにはならない。クローディア、私は君と一緒に幸せになりたいと願う、ただの男だ。情熱的に愛を囁くこともできるが、今は敢えて君に選択を委ねることにしたよ。これも君を愛していることの表れだということは、知っていて欲しい」
クレイグは、差し出していた手を一旦戻してバルコニーに手を置いた。
「クレイグ、私、今すぐにあなたの手をとることはできない。レーヴァンにも言ったのだけど、返事はまだ待って欲しい」
絞るような声で答えると、クレイグは「それはわかっている」と庭園を見ながらつぶやいた。
「ははっ、私もあの男にあてられたのかな。ディアを困らせるようなことはしたくなかったし、待つつもりでいたけれど。彼が君にプロポーズしているのを見て、私がしないのはフェアじゃないからね」
くすっと笑った彼は、そっと近づいてくると私の額に顔を近づけてキスを落とした。
「唇にすると、その赤が落ちてしまうから今夜はこの辺りで我慢しておくよ」
イエローグリーンの瞳が私のブルーラベンダーの瞳の近くで怪しげに光る。けれど、その瞳を彼はスッと離した。
「あぁ、そうだ。クローディア、明日はスーレル殿下が王都を案内して欲しいと言っていたよ。私は別件があるから同伴できないがよろしく頼む。殿下の我儘に少し付き合ってあげてくれ」
普段の顔に戻ったクレイグは、私に殿下の案内を頼んできた。
「えっ、クレイグ。どこに連れて行けばいいの?」
急に話の内容が変わったので、慌てた私はつい、クレイグに助けを求めてしまう。
「ディア、この王都のことは君の方が詳しいだろう。殿下もお忍びで見たいらしいから、そうだな。市場とか流行りの店がいいんじゃないか? 後で側近と話しておくといい。護衛は必要だからな」
「わ、わかった。なるべく安全なところで、殿下の気が済むようなところ、ね。もうっ、もうちょっと早く言ってくれれば……」
「予定が急に空いたのだ、仕方がない。まぁ、これも役目の一つだと思ってくれ」
そう話してくれるクレイグは、すっかりいつも通りの彼だ。私は二人からプロポーズを受けたことを、一旦頭から外すことにした。そうしなければ王太子殿下の相手など出来そうにない。
はぁ、と一つ息を吐いて私はクレイグと一緒にホールに戻る。明日のことで殿下の側近の方と打ち合わせをしなければいけない。
ドレスを華麗に着て颯爽と歩く私の姿を、その夜ずっと見つめる目があったことに、私は迂闊にも気がつかなかった。彼女はその瞳を曇らせながらも、ずっと私の姿を追っていたのだ。そして、口を悔しそうに噛みながら呟いていた。
「お姉さま、何故……! お姉さまが奪われてしまうなんて、我慢できないわ!」
この呟きをきちんと聞くことができていれば、あの事件を防ぐことができたのに。私は自分のことに精一杯で、周囲の人の声を聴く余裕など全くなかった。
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