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第一章

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 宮廷騎士団の正装をしたレーヴァンが、少し息を切らして近寄ってきた。その腰には剣を帯びている。普段は何もしていない髪を、今夜は後ろに流している。きちんと襟までボタンを締めた彼は、私を探していたようだった。

 普段と違い豪華なドレス姿の私を見て、一瞬驚いたように目を開く。けれどすぐに私の隣に親しそうに立つ、これまた正装姿のクレイグを見て問いかけた。

「で? クローディア。君の隣にいる人は誰?」

 眉を寄せて不機嫌な顔を隠さないレーヴァンは、その長身を生かして私の隣に立つクレイグを睨んでいる。

「ディア……、彼が君の言っていた人?」

 いつものように薄っすらと微笑みを顔に乗せたクレイグは、低い声をさらに潜めて親し気に私の耳元で囁いた。まるで、長身の彼に私たちの親しさを見せつけるように。

「あっ、あの、私! 喉が渇いてきちゃったかも」

 なぜレーヴァンがここにいるのだろう? 騎士服を着ているということは、警備のために呼ばれたのだろうか? とにかく、こんなところで二人の婚約者に挟まれた私は焦りに焦った。

 そう、二人の美丈夫を侍らせた私は、自然と注目を集めている。二人とも私の婚約者であることは知られていない。けれど、クレイグが私と親しい関係にあることは一目でわかるし、レーヴァンが私の婚約者であることは周知されている。

 こ、これって、絶体絶命? どうしたらいいの?

「えっと、私、どうしよう……」

 呟いてもいいよね。二人は私を挟んで軽くにらみ合い、異様な雰囲気を醸し出しているのだ。

「ディア、さっきのスパークリング・ワインでいいかな?」

 クレイグが優しく微笑みながら私に聞く。それも私の耳元に口を近づけて、さらには腰に手をまわし始めた。

「失礼ですが、彼女は私の婚約者です。その手を離してください」

 レーヴァンが少し怒気を含んだ声でクレイグに伝える。言葉は丁寧だけれど、半分脅している。

「困ったな、ね、ディア。私も彼女の婚約者なのだけど」

 レーヴァンだけに聞こえる声で答えたクレイグ。その言葉を聞いて、レーヴァンが顔を固まらせて驚いている。

「な……! 何を言って!」

 大声を出さないでいるが、レーヴァンは動揺していることがわかる。そして私に親しく寄り添うように立っているクレイグのことが気に入らないのは、丸わかりだ。

「二人とも、ちょっと、落ち着いて」

 私もオロオロとしてしまうが、二人とも引くどころか一歩も譲らないで相手を睨んでいる。

 慌てた私は思わずここで二人とも眠らせることを考える。今、私は髪飾りの中とドレスの下に毒針を仕込んでいる。クレイグには髪飾りの針を腰に回っている腕に刺して、その後ドレスをまくり上げてレーヴァンを怯ませる。その隙に、と思うけれどレーヴァンは強敵だ。うまくいくかどうか……五分五分か!

「クローディア、何か卑怯なことを考えているな」

 レーヴァンが私の顔を見て冷たく言い放つ。

「な、なんでっ!」

「お前の考えることならお見通しだ。大抵この飾りの中に毒針でも仕込んでいるんだろ」

「な、何故わかるのっ?」

「はぁ、クローディア。お前と何年の付き合いだと思っている。いい加減にしろ。こんな人目のあるところで毒針でも使ってみろ、暗殺の容疑ですぐに収監されるぞ」

 困ったやつだ、という顔をして私を見るレーヴァン。そしてクレイグはその彼を見て何故か笑い出した。

「ははっ、クローディア。もしかして君、今私たちを攻撃して逃げようとしたのかい? 全く、予想外のことをいろいろとしてくれるね。面白いよ」

 はははっ、と笑うクレイグは私の腰から手を離して、レーヴァンに握手の手を差し出した。

「からかってすまない、私はクレイグ・アールベックだ。クローディアの母親の商会を手伝っている。今回は使節団の一員として来た」

 そう言うと、レーヴァンも握手するために手を出した。

「レーヴァン・グランストレームだ」

 二人が握手しているが、何故だろう、凄く強く握っていないかな。大丈夫かな、クレイグ。レーヴァンって握力強いからちょっと心配。

 二人とも笑顔だけれど目は笑っていない。流石にクレイグは余裕ある態度をとりながら、レーヴァンに話し始めた。

「私たちはどうやら込み入った関係と思うが、それはまたルートザシャ公爵を交えてお話しよう。今、レディの前でする話ではないからな。……失礼、王太子殿下に呼ばれたようです」

 どうやらスーレル殿下の使いから声をかけられたクレイグは、私に「また後で」と声をかけるとこの場を離れた。残っているのは超不機嫌な顔をしているレーヴァンだ。

「クローディア、少し外に出て話そう」

 そう言って、私の手を取るとバルコニーから外に続く庭園の方へ引っ張っていく。噴水の周囲は恋人たちが語り合う場所として有名だ。そんなところに二人で来たことなどなかったが、周囲に気づかれずに話をするにはうってつけだ。

「で。クローディア。説明は? あいつは誰なんだ?」

 噴水から流れる水の音を聞きながら、向き合って立つレーヴァンの瞳を覗き込む。あぁ、すっごい怒っている。

「あ、あのね。彼は母が決めたもう一人の婚約者で、アールベック伯爵の次男の方なの。あの、レーヴァンがこの国での婚約者で、彼はエール王国での婚約者なの」

「……」

「ええっと、父がレーヴァンを決めて、母がクレイグを決めたの。私は一人なんだけど」

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